読む音楽「ソングブック」ニック・ホーンビィ 著
久々の「読む音楽」のコーナー、今回は音楽ファンであるデノンブログ編集部員のWが、ロックの楽しさがギュッと凝縮されている一冊をご紹介します。「ハイ・フィデリティ」「アバウト・ア・ボーイ」など映画化されて大ヒットした代表作を持つ英国作家ニック・ホーンビィの「ソングブック」です。ぜひお楽しみください。
何かと気忙しい季節。そんな時にこそ、オフタイムにはゆったりとした気分でほんとうに好きな曲だけを集めたプレイリストでもかけながら楽しむのもいいですね。しかも、きちんとしたオーディオのいい音で。
今回の「読む音楽」で紹介するのは、「ハイ・フィデリティ」「アバウト・ア・ボーイ」などのヒット作品をもつ英国の人気作家ニック・ホーンビィ(Nick Hornby)の「ソングブック」(原題:31 Songs)。原題の通り、著者が31曲の“歌”に託して、小説の創作と音楽に向き合う自らの人生を率直に語ったエッセイ集です。“歌”を愛し、創作することを愛するからこそ、音楽それ自体を語りたい、書きたい。そんなホーンビィの誠実な気持ちが一篇一篇から伝わってきます。この一冊、とくに本と音楽を愛する皆さんにおすすめします(私はこの本を好きになりすぎるあまり、英書のペーパーバックまで入手してしまいました)。
ソングブック
ニック・ホーンビィ 著
森田 義信 訳
出版社:新潮社(新潮文庫)
目次には、この本に収録された31の曲のタイトルが並んでいます。
それらは例えば、「サンダーロード」(ブルース・スプリングスティーン)、「ハートブレイカー」(レッド・ツェッペリン)、「君に捧げるサンバ」(サンタナ)、「レイト・フォー・ザ・スカイ」(ジャクソン・ブラウン)、「レイン」(ザ・ビートルズ)といった有名な曲から、「ユー・ハド・タイム」(アーニー・ディフランコ)、「マイナー・インシデント」(バッドリー・ドローン・ボーイ。ホーンビィ原作の映画のサウンドトラックでは常連のシンガーソングライター)、「ボーン・フォー・ミー」(ポール・ウェスタバーグ)、「リーズンズ・トゥ・ビー・チアフル(パート3)」(イアン・デューリー&ザ・ブロックヘッズ)、その他O.V.ライトやJ・ガイルズ・バンドなどの渋いラインアップが続き、さらには私もちゃんと聴いたことのなかったバンドやアーティストの曲も並んでいます。彼の本国である英国と米国のロックとR&Bの曲が中心ですが、ときに無防備なほど率直に、またときに皮肉と英国風のユーモア交じりに、それぞれの曲と創作にまつわる彼の想いが熱く綴られていきます。
この「音楽短編集」とでも呼ぶべき本を書くに至った動機と彼の音楽に向き合う誠実な姿勢は、この本の序文ともいえる「ユア・ラヴ・イズ・ザ・プレイス・ホエア・アイ・カム・フロム」(ティーンエイジ・ファンクラブ)の曲の章のわずか6ページの間に記されています。少しだけ引用します。
これまで聞いてきたなかでいちばん好きなレコードを聞くと、コルシカでのハネムーンを思いだすとか、家で飼っていたチワワを思いだす、なんて言う人は、ほんとのところ、あまり音楽が好きな人ではないだろう。ぼくが書きたかったのは、いったいその歌のなかにある何がぼくをここまでとりこにしたのか、ということだ。ぼくがその歌にどんな付加価値をくっつけたのか、ということではない。
【引用】ニック・ホーンビィ著 森田義信訳(2004)『ソングブック』(新潮文庫)新潮社 15ページより
ソングス・フロム・ノーザン・ブリテン
ティーンエイジ・ファンクラブ
初めてこの一節を読んだとき(ずいぶん前になりますが)、脳天にパンチを受けたような衝撃を覚えました。世の中には、時代の空気を思いださせる曲があります。しかし、それは自分の人生のある特定の時期を彩るBGMであっても、自分の人生の歌ではない。
「ぼくは曲にまつわる思い出を語りたいのではなく、音楽そのものや創造する生き方について語りたいんだ。君はどうなの?」 この本を通して、そんな問いをホーンビィは31の曲とともに私に突きつけてきたように思えたのです。
さて、ホーンビィのように人生の中で絶えず聴き続ける曲が自分には何曲あるだろう? そう考えたときに、自分はほんとうに好きな音楽や曲(歌)をもっと大切にすべきだし、正面から向き合わなくてはいけないなと感じました。
誰でもない自分だけの人生の歌とは? ホーンビィがこの本の中で“歌”や創作について熱く語るように、きっと誰にでも自分がほんとうに大切にしている「何か」があるはずです。その愛する「何か」がどれほど自分の人生に歓びと力をもたらしてくれるのか?――ホーンビィの文章は、そのことに気づかせてくれます。こんなにも熱を込めて自分の大切な“歌”を語れるホーンビィのことをうらやましく思うと同時に、音楽や小説のことがもっと好きになる、そんな愛すべき一冊です。
明日なき暴走(REMASTER)
ブルース・スプリングスティーン
音楽ストリーミングサービスでは、この本に収録された曲を集めてプレイリストを作っている方もいるようです。そうした音源を聴きながら読むのも楽しそう! また、ニック・ホーンビィに興味をもった方には、彼の「ハイ・フィデリティ」や「アバウト・ア・ボーイ」などの他の作品もおすすめです。
(編集部W)