【無人島CD】ギターと釣り竿と海と空とこの1枚
無人島に1枚だけCDを持って行けるとしたらどれを選ぶ? 唐突に突きつけられる究極の選択。名付けて「無人島CD」。今回、音楽ライターのシブヤモトマチさんは何を選んだのでしょうか?
こんにちは、ライターのシブヤモトマチです。
無人島CD。今回このお題をいただいて、まず私の頭に浮かんだのは、「CDをかけられて誰もいない島……それって最高じゃん!」という、まことに能天気な感想でした(笑)。
「ということは、何らかの電源があるのだろうから電話やインターネットも使えるのかな? それはヤだな、ネットは切っとこうかな」とか、「食糧確保のために釣り竿と仕掛けは必要だな。あと、絵筆とギターも持って行くかな」など、要らぬ妄想ばかりが広がります(完全に休暇モード、短期リゾート感覚です)。
さて、「無人島CD」とは、1枚だけ聴き続けるならどのアルバムを選ぶ? という企画ですが、そんなときにも私は、「でも聴く場所は無人島なんだよね?」と、条件をあれこれ考えてしまうのですね。
太平洋に浮かぶ絶海の孤島(いや、それはひょっとすると横須賀の猿島や和歌山の友ヶ島のような距離感かもしれませんが)、見渡す限りの海と空、浜辺に打ち寄せる波と、風になびく草木や鳥の鳴き声以外には音もなし。日が暮れるとさらに大自然のノイズがうるさいほどに聞こえてくる。そんな環境で聴く曲とは?
私にも生涯を通じて好きなアルバムはあります。ジャズ、ロック、ソウル、ファンク、南米、現代音楽など、各ジャンルに何枚も。しかし、「それ、無人島で聴き続けられる?」と自らに問うてみると、そうした名作の多くは街に暮らしているからこそ聴ける作品のような気がしてきました。ゴージャスな管弦アレンジやビッグバンドは都会の夜を思い出して切なくなりそうだし、先鋭的でノイジーなロックは、島ではまわりの景色とのギャップが激しすぎる。ソロピアノは孤独感が増幅されそうだし、複雑な構造の曲や創造性にあふれた意欲的な曲も、島で聴き続けるとなると何か違う気がします。
あと、ユーミンの「瞳を閉じて」とか(歌詞のまんまやん!)、井上陽水の「海へ来なさい」とか(すでに来てるし!)、外国ものでもダニー・ハサウェイの「Someday We’ll All Be Free」など、歌詞が刺さりすぎる曲も避けたいです(笑)。
だったら、(なぜか持参した)ギターを弾いて唄える外国の歌モノがいい。それならギターと歌の練習もできて一石二鳥じゃないですか。しかも、海と明るい太陽と波の音が似合う、少しだけ哀愁を感じられる曲であればベター。
ということで私が無人島にギターと釣り竿と一緒に持って行くなら、この一枚。
アーティスト名:ネッド・ドヒニー
アルバム・タイトル:ポストカーズ・フロム・ハリウッド
ネッド・ドヒニー(Ned Doheny)をご存じでしょうか。AORを代表する1人として今もなおコアな音楽ファンの間で評価の高いシンガーソングライターです(AORは、1970年代から80年代にかけて人気のあった、ブラック・ミュージックの影響を受けたポピュラー音楽ジャンルの呼称)。
ドヒニーは1948年アメリカ・カリフォルニア州生まれ。1973年に本人の名前をタイトルにしたアルバムでデビューしました。1976年には後に彼の代表作となるアルバム「HARD CANDY」をリリースし、1曲目の「恋は幻(Get It Up For Love)」がスマッシュヒット。80年代にはファンキーなリズムが印象的な「恋のハプニング(What Cha’ Gonna Do For Me)」がチャカ・カーンなどにカバーされるなど、ソングライターとして多くの実績を残しています。
このアルバムは1991年リリース、彼の通算6作目のアルバムです。日本盤CDのライナーノーツなどの資料によると、当時FM横浜(現FMヨコハマ)でドヒニーがDJしていた番組「ポストカーズ・フロム・ハリウッド」から生まれた企画盤とのこと。番組のギター弾き語りコーナーで本人が歌った録音から選ばれた、いわゆるセルフ・カバー集で、全体の長さは30分少々。タイトル曲の「Postcards From Hollywood」から始まり、「If You Should Fall」「Fine Line」「Get It Up For Love」「Whatcha Gonna Do For Me?」「Valentine (I Was Wrong About You)」「A Love Of Your Own」の全7曲がドヒニーのファルセットのきいた甘いボーカルと巧みなギタープレイによって奏でられ、ウエストコーストの空気感と彼の誠実さが漂う、まさに宝物のような作品に仕上がっています。
時にゆったりとしたギターストロークで、また時にはファンキーなギターカッティングに乗せて……元々はバンドアレンジの楽曲が彼の声とアコースティックギター1本で歌われると、なんとも言えないインティメートな感覚に包まれます。ギターの擦弦の音もリアルに響き、それはまるで、海辺の部屋で波の音をバックに彼と向き合いライブを聴いているかのような感覚です(うん、このアルバムさえあれば無人島でも寂しくないかも!)。
それにしても、捨て曲なしのアルバムですね。この作品全体に漂う、どこかゆったりと時間が流れるような雰囲気は、ドヒニーがサーフィンを好み、若い頃から余裕のあるライフスタイルを送っていたことと無縁ではないと思います。センスがいいのにガツガツしていない。切ない歌詞を唄ってもどこか穏やかで、未来を信じる楽観的な心持ちが伝わってくる。彼の育ちの良さと誠実さが音に全部出ているようで、そこが聴く者を安心させるのでしょうね。一度聴いてもらえれば、このアルバムを私が無人島CDに選んだ気持ちがきっとわかっていただけると思います。
しかし、1つ残念なことをお伝えしなくてはいけません。現時点では、このアルバム「ポストカーズ・フロム・ハリウッド」のCDは非常に入手しにくく、聴くには中古盤を探すしかない状況です(!)。主要な音楽ストリーミングサービスにも今のところ見当たりません。最後の最後にこんなオチでまことに恐縮です……。
(これを読まれたレコード会社の皆様、ぜひ再販売のご検討を!)
ただし、動画サイトでは、近年のネッド・ドヒニーが「恋は幻(Get It Up For Love)」を弾き語りで歌っている映像がありますのでご紹介します(2015年の映像。かなりの高齢になっても、往年の甘いボーカルとルックスは健在です)。他にも、若い頃のライブ映像などもいろいろあるので、ご興味を持たれた方はチェックしてみてください。また、ファーストアルバム「Ned Doheny」や「HARD CANDY」などのアルバムはCDやLPで再発されています。若きネッド・ドヒニーの巧みなギターと甘い歌声、そしてソングライティングの素晴らしさをぜひとも味わってください。
Ned Doheny – Get It Up For Love // Brownswood Basement Session(2015年)
私もいつか、どこかの島へ行って、ネッド・ドヒニーの名曲を浜辺でじっくり聴いてみたいと思います! 自分の無人島CDのチョイスが間違っていないことを確かめるためにも。
シブヤモトマチ プロフィール
コピーライターとして企業のプロモーション、広告制作業務に携わるかたわら、音楽や映画、展覧会など国内外のカルチャー全般に興味があり、執筆や個人的な制作活動も行っています。ジャズ、南米、ロックなど音楽は何でも聴きますが、とくに新譜に興味あり。音楽が好きな人と音楽の話をするとライフが少し回復します。