飯田有抄の「カメラと写真と音楽と」vol.3 見えているもの いないもの
「オトナ女子のオーディオ入門」で熱くオーディオについて語っていただいたクラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さんはカメラも大好き。このたびデノンブログで写真と音楽について語る連載を書いていただくことになりました。第3回のテーマは「見えているもの いないもの」。超近接撮影ができるマクロレンズを手に入れた歓びに溢れるクローズアップの写真の数々とそれらにちなんだ素敵なクラシックのプレイリストをお楽しみください。
カメラと写真と音楽と vol.3
先日、ふと思い立って「マクロレンズ」なるものを買ってみたんですよ。撮りたいものにものすごく近寄って、小さなものも大きく写し出すことのできるレンズです。
日頃私は散歩中のスナップだとか、自分の日々の暮らしの一コマを撮っていて、ふつうに目に見えるもので瞬間的に「いいなぁ」と思うものを撮影しています。
でも、マクロレンズって、ちょっと違ってくるんですよね。自分の肉眼では見えないようなものを、レンズがくっきりしっかり絵にしてくれるので。
最初はファインダーを覗くのも楽しくて、子どものころに虫眼鏡でいろんなものを観察したときのことを思い出したりしました。
それで、まずはわかりやすく、こういうお花の写真なんかを撮ってみちゃったりするわけです。
(ハイ、マクロレンズで撮りました、的な。)
ところがですよ。くっきり拡大されて見えるレンズのはずが、何かの拍子に予想だにしない絵を出してきてしまったりするわけです。近いものにピントをしっかり合わせられるマクロレンズなのに、フワッとした写真。でもこのレンズだからこそ偶然撮れてしまった絵から、何か独特の世界を見出せるような気がしてきました。
(ISO感度やシャッタースピードを上げ忘れた「失敗」のから、幻想的な花が現れた)
マクロレンズとは単に「拡大して観察して楽しい写真」を撮るだけの代物なのではなく、「見えていなかった世界を見せてくれる」「感じられていなかったものを感じさせてくれる」という、何か根源的な働きかけをしてくれるレンズなのだと気付きます。
散歩中に公園の樹を撮影してみても、そこにはなにか、「厳しさ」と同時に「温かさ」を感じるような、アンビバレンスを感じます。
冷たいようでありながら、生命の息吹を感じさせる音楽といえば、20世紀フランスを代表する音楽家オリヴィエ・メシアンの「鳥のカタログ」を思い起こします。鳥が大好きすぎて、550種類以上もの鳥の声を聞き分けられると豪語した大天才メシアンが、まさに“カタログ”のように、鳥たちの声と、彼らを取り囲む自然、そして光の移ろいを音楽にしてしまった超大作のピアノ曲です。第2曲「キガシラコウライウグイス」をどうぞ。
さて、マクロレンズで、レコードの盤面も撮影してみました。さすがに顕微鏡のように音溝がよく見えるわけではありませんが、それでもどこか水面のように音楽の流れを感じさせてくれます。青いカラーレコードだから余計に美しく、陽に照らされたせせらぎみたい。音の情報とはこんなにも不規則で、揺らいでいて、不思議なんだなぁと、視覚的に受け取れる気がしました。
今回はピアノ曲で行こうかな。水にちなんで、やはりフランス近代の作曲家モーリス・ラヴェルの「水の戯れ」をどうぞ。
ピアノの中もマクロレンズで撮影してみましょう。ピアノという楽器は、極めて精巧に作られたメカニカルな工芸品です。その意味でカメラとの親和性も感じます。グランドピアノの高音域の弦はスッと細く並んでいて、緊張感のある静けさを湛えています。
あまりにデリケイトでフラジャイルなピアノ作品を最後に聴きましょう。ロシアの作曲家スクリャービンが14歳で作曲した1分程度の「前奏曲」op.2-2、そして左手のために書かれた「前奏曲」op.9-1をどうぞ。
(第3回おわり)
飯田有抄 プロフィール
東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。音楽専門雑誌、書籍、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジンなどの執筆・翻訳のほか、音楽イベントでの司会、演奏、プレトーク、セミナー講師の仕事に従事。NHKのTV番組「ららら♪クラシック」やNHK-FM「あなたの知らない作曲家たち」に出演。書籍に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」(共著、音楽之友社)、「ようこそ!トイピアノの世界へ〜世界のトイピアノ入門ガイドブック」(カワイ出版)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。