幻の音楽フェスの興奮がよみがえる! 映画「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」
デノンオフィシャルブログでは熱心な音楽ファンのデノンブログ編集部員Wが、1969年夏ニューヨーク・ハーレムで開催された音楽フェスティバルの多様なライブ映像をドキュメンタリーへと織り上げた映画「サマー・オブ・ソウル」をご紹介します。
編集部Wです。先日、久しぶりに屋外開催の音楽フェスに家族と行ってきました。1日のみの参加でしたが、郊外の森林の中にある会場で開放的な雰囲気のなかリラックスして音楽を楽しむことができました。じっくりと前方席で、またのんびりと後方の芝生席で、人それぞれのスタイルで音楽を満喫する休日。3年半にわたるコロナ禍の時期を経て「ああ、忘れかけていたかも、この感覚」と何かが戻ってきたような気持ちになりました。
さて、今年も音楽イベントは目白押し。今回のデノンオフィシャルブログでは、音楽フェスティバルのもつ魅力を探りつつ、50数年前に行われた伝説の音楽フェスティバルのドキュメンタリー映画をご紹介します。収録されたステージ映像はどれも貴重なものばかり。屋外フェスティバルならではの歓声や会場の熱気、その時限りの貴重なパフォーマンスを、ホームシアターやサウンドバーなどでぜひ体験してみてください。
「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2021 20th Century Studios. All rights reserved.
原題:Summer of Soul (…Or, When the Revolution Could Not Be Televised)
監督・制作総指揮:アミール “クエストラヴ” トンプソン
音楽監修:ランドール・ポスター
編集:ジョシュア・L・ピアソン
撮影監督:ショーン・ピータース
製作:ジョセフ・パテル, ロバート・フィヴォレント, デイヴィッド・ダイナースタイン
Summer of Soul (…Or, When the Revolution Could Not Be Televised) [DVD]
監督:アミール “クエストラヴ” トンプソン
(2023年5月現在、英語/スペイン語字幕のDVDのみですが、配信サービスでは日本語字幕版を見ることができます。
※配信サービスの視聴には会員登録と利用料が必要です)
配信(Amazonプライム・ビデオ)
半世紀を経て、60年代のハーレム&ソウルの“熱気”がリアルによみがえる
(注:本稿には映画本編に関する記述があります。事前に知りたくないとお思いの方は映画鑑賞後にお読みになることをおすすめします)
時は1969年夏。同年6月から8月にかけて計6回、ニューヨークのハーレムにあるマウント・モリス公園で「第3回ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」という野外フリーコンサートが開催されました。当時のニューヨーク市(ジョン・リンゼイ市長)が協力したこの街をあげてのビッグイベントは延べ30万人を超える観客を動員。ハーレムでこれほどまでに大きなイベントが行われたのは初めてのことでした。
このイベントには、当時ヒット・チャートを賑わせていた人気者からレジェンドまで、またソウル、ゴスペル、ブルース、ジャズ、ラテン音楽、アフリカ音楽などの幅広い音楽ジャンルから様々なアーティストが登場します。それは、多様性に富んだルーツを持つ住民が暮らすハーレムで開催されるフェスティバルにふさわしいラインアップでした。
しかし、この夢のような出演者が揃うステージの映像記録は一部を除き公開されずに、約50年もの間お蔵入りになります。この未完のテレビ番組の存在を知ったヒップホップ・グループ「ザ・ルーツ」のドラマーでプロデューサーの、“クエストラヴ”ことアミール・トンプソンは、その膨大な映像素材を発掘。ステージや観客の映像を中心に、当時のニュース映像や当日観客としてフェスに参加したハーレムに暮らす人々の証言、イベント関係者のインタビューなどを丁寧に編集し、ひとつの映画に仕上げました。それが「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」(2021年公開)です。
音楽ファンには、ひとときも目が離せないステージの連続
予告映像 Official Trailer (2021)(英語版)
※日本語字幕は、YouTubeの字幕機能、自動翻訳機能をオンにすると表示されます。
デジタル処理されたカラー映像のため、出演者の華やかな衣装や舞台装飾だけでなく、おしゃれをして集ったアフリカ系オーディエンスのカラフルな服装が目に飛び込んできます。また、若き天才スティーヴィー・ワンダーの演奏シーンから、“ゴスペルの女王” マヘリア・ジャクスンや“ブルースの王様” B.B.キング、さらには公民権運動の活動家としても知られたジャズシンガー・ピアニスト ニーナ・シモンのステージなど、音楽ファンにとっては目の離せないシーンが満載の映画です。
豪華な出演者はこちら。
出演:スティーヴィー・ワンダー、チェンバース・ブラザーズ、B.B.キング、ハービー・マン、フィフス・ディメンション、ステイプル・シンガーズ、マヘリア・ジャクソン、デヴィッド・ラフィン、グラディス・ナイト&ザ・ピップス、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、モンゴ・サンタマリア、レイ・バレット、カル・ジェイダー、アビー・リンカーン、マックス・ローチ、ヒュー・マセケラ、ニーナ・シモン ほか
音楽フェスティバルならではの「旨みポイント」
さて、音楽フェスティバルの楽しみはいくつかありますが、フェスの「旨み」はいくつかのポイントに絞られると思います。
旨みポイント1:「旬」
単独公演ではチケットがなかなか取れない、今まさに旬の人気アーティストやグループのライブが観られる。
旨みポイント2:「サプライズ」
サプライズゲストや、出演者同士のその時限りの共演が観られる。
旨みポイント3:「刺激」
アーティストにとって、ふだんとは違う客層を前にするため、集中力の高いパフォーマンス(あるいは新しい試み)が観られる。また、新しい音楽との出会いがある。
この3つのポイントに沿って、この映画の中で筆者がとくに注目したステージをピックアップしてみましょう。
Point 1 「旬」
人気絶頂、天才スティーヴィー・ワンダーの熱演 「シュ・ビ・ドゥ・ビ・ドゥ・ダ・デイ」
映画の序盤、スティーヴィー・ワンダーの激しいドラム・ソロの映像にいきなり惹きつけられます。当時まだ19歳。モータウン・レコードのスターで、その人気の高さはステージ前に陣取った女性ファン達の表情や歓声からも読み取れます。
また、クラビネットを叩きつけるように弾きながら歌う「Shoo-Be-Doo-Be-Doo-Da-Day」も印象的です。この演奏が収録されたのは1969年7月20日、それはアポロ11号が月面に着陸した日でした。監督のクエストラヴは、この歴史的なニュースとともに、月に行く予算があれば貧困層を救えるはずだと口々に不満を語る当時のハーレムの人々の声をスティーヴィーの激しい演奏と組み合わせて、フェスを取り巻く時代状況をうまく伝えています。
このステージは、その後1970年代初頭に3部作と呼ばれる名盤を立て続けに発表し、アーティストとして才能を開花させていくスティーヴィーの転換期の姿をとらえた貴重な記録と言えるでしょう。
映画のものとは違いますが、同じ1969年のライブ音源をご参考までに。
Shoo-Be-Doo-Be-Doo-Da-Day (Live/1969)
Point 2 「サプライズ」
予期せぬデヴィッド・ラフィンの登場 「マイ・ガール」
サプライズゲストは誰か? これもフェスの楽しみの一つです。司会のトニー・ローレンスが、「背が高くて!」「(観客の歓声)」「ハンサムで!」「(観客の歓声)」「オシャレで!」「(観客の歓声)」と観客をじらすように紹介した後に登場するのは、長身にトレードマークの太いセルフレーム眼鏡をかけたシンガー デヴィッド・ラフィン。この少し前に人気ボーカルグループのテンプテーションズを脱退し、ソロ活動をスタートさせた時期のステージです。歌うのは、大ヒット曲「My Girl」。シングル・バージョンを大胆に崩した歌い方で、ロングトーンの超高音ファルセットを駆使して曲を自由に表現しています。ライブならではの遊びのあるパフォーマンスでファンを煽るところに、彼の「芸能人」としての資質の高さを感じます。
マヘリア・ジャクソンとステイプル・シンガーズのメイヴィス・ステイプルズによる「新旧ゴスペル名歌手の共演」も、この映画の最大の見どころの一つです。とくに年齢を感じさせない凄まじいシャウトを聴かせるマヘリアの魂の歌唱に心を動かされない人はいないでしょう。こうした予期せぬコラボレーションが観られるのもフェスティバルの楽しみですね。
Point 3 「刺激」
フィフス・ディメンション圧巻のステージ 「僕の呼ぶ声聞こえるかい」「輝く星座」
この映画の中で特に印象に残るのは、鮮やかなオレンジ色の衣装に弾けるような表情、ステージ上のマリリン・マックー(ボーカル)の容姿と歌声に釘付けになったと語る(当時は子供だった)証言者のキラキラとした表情です。
フィフス・ディメンションは、「輝く星座(Aquarius / Let the Sunshine In)」や「ビートでジャンプ(Up, Up And Away)」など60年代後半から70年代前半にかけて多くのヒット曲を持ち、大きな成功を収めたボーカルグループです。筆者は彼らを、美しいコーラスが特徴的な洗練されたポップグループだと認識していましたが、実際に当時の彼らは白人寄りの音楽をやるグループだと見なされていたといいます。しかし、このフェスティバルでのフィフス・ディメンションは、完全にソウルミュージックのグループでした。1969年の大ヒット曲「輝く星座」もゴスペル風のボーカルアレンジがされて、アップテンポでグルーヴィー。彼らの熱い魂が音からも伝わってきます。
「同胞(黒人コミュニティー)に私たちをちゃんと知ってほしかった。受け入れてほしかった」と、現在のマリリン・マックーが涙で目を潤ませながら当時を回顧します。このフェスティバルのステージは、彼らにとっては、観客の多くを占めるアフリカ系の人々に向けたスペシャルなものでした。その熱演に観客も応えて、最後には熱狂的な拍手と歓声で彼らを見送ります。バンド、とくに歌全体を力強く推進するエレキベースとホーンセクションの演奏も見どころです。
新しいスタイルを示したスライ&ザ・ファミリー・ストーン「シング・ア・シンプル・ソング」「エヴリデイ・ピープル」
Sly & The Family Stone – Sing a Simple Song (Live at the 1969 Harlem Cultural Festival)
フィフス・ディメンションと同じく西海岸から登場し、白人の若者やロックファンからも大きな支持を受けていたのがスライ&ザ・ファミリー・ストーンです。彼らがハーレム・カルチュラル・フェスティバルのステージに登場した1969年6月は彼らの人気の絶頂期。ヒット曲が多く収録された4枚目のアルバム「Stand!」が発売されてまもなくのタイミングでした。バンドの名前がアナウンスされて彼らが登場した時の観客の反応(ステージに押し寄せる人の波!)は、まさに当時の彼らの人気ぶりを証明しています。
リーダーのスライ・ストーンをはじめ、彼らの放つオーラは明らかに他のアーティストと違い、新しい時代の騎手としての輝きがあります。人種も男女も混成のグループ(サックス奏者とドラマーがヨーロッパ系、トランペットとキーボードは女性)をこのときに初めて見たと語る観客もいて、当時の彼らが新しいスタイルや価値観を提示する存在だったことがわかります。“みんな一人ひとり違うけど、一緒にやっていこうじゃないか、誰もが日々の暮らしを送る普通の人間なんだから” と歌う「エヴリデイ・ピープル(Everyday People)」は、人種間、民族間で激しいぶつかり合いが起きていた当時の人々の心に響いたことでしょう。そして、それはまた今の時代を生きる私たちにも響くメッセージでもあります。
Everyday People (Summer of Soul Soundtrack – Live at the 1969 Harlem Cultural Festival)
(アンプからプラグが抜けた耳障りなノイズも含めてカッコいい録音です)
以上、ポイント別に注目ステージをピックアップしましたが、当時人気急上昇中のグラディス・ナイト&ザ・ヒップスのステージも見逃せません。会場の沸き立つような雰囲気、グラディスの抜群の歌唱力、バックのピップス3名のキレのあるステップにも注目です。
さらに、黒人女性の威厳を歌とピアノで示したニーナ・シモン、ハーレム育ちのプエルトリコ系ニューヨーカー、レイ・バレット率いるバンドのラテンとジャズロックが融合した演奏など、他にも見どころ多数。いつか、このフェスティバルの完全収録版が出ないだろうかと期待してしまいます。
そこにしかない感動を、永遠に
そして、映画の最終章。フェスティバル閉幕後に舞台や装置が撤去され、ゴミが風に舞う閑散としたマウント・モリス公園の映像が心に残ります。あれほど多くの観客がいた場所に静けさが戻り、まるで何もなかったようにただ殺伐とした風景がある。それは何かの心象風景のようにも思えます。実際に、この歴史的イベントは一部のニュース以外にはとくに取り上げられることもなく、何もなかったかのように、黙殺に近い扱いを受けたといいます。その映像は忘れ去られ、クエストラヴが映画にするまで50年もの間忘れ去られました。
その間に、マヘリア・ジャクソン、ニーナ・シモン、デヴィッド・ラフィン、B.B.キング、マックス・ローチ、その他多くの出演者が他界し、また、往年のカリスマをすっかり失ってしまった人もいます。しかし、このとき彼らが集い、歌い、演奏し、共演し、放った音楽の輝きは永遠です。この1960年代最後の輝きを、そして時代の空気をパッケージして未来へ伝えてくれるこの映画を、ぜひいい音で体験してください。
(編集部W)