
クラシック音楽ファシリテーター飯田有抄の高音質完全ワイヤレス・イヤフォン「Denon PerLシリーズ」レビュー

デノンブログで、「カメラと写真と音楽と」を連載中のクラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さんによる、医療技術を応用したパーソナライズ機能を搭載した高音質完全ワイヤレス・イヤフォン「Denon PerLシリーズ」のレビュー。生のオーケストラサウンドをよく知る飯田さんの耳にPerLシリーズはどう聴こえたのでしょうか。


ワイヤレス・イヤフォンの技術はとんでもないところまできた!
いやはや、ワイヤレス・イヤフォンの技術はとんでもないところまできたものだ!
それが率直な感想です。発売されたばかりのDenon PerL Proを試聴させてもらい、とにかくビックリしています。
聴覚は人それぞれ異なるから、イヤフォンがその人の特性を自動判定してくれて、適切な音質で聴かせてくれる……まるで魔法のようだけれど、もはや現実となったのです。そして今私の耳には、リアルにそんなイヤフォンが装着されております!
(フィット感がよい。程よい重さはあるけれど疲れない。イヤリングに干渉しないのも密かに嬉しいポイント。私は耳介が小さく頭に沿っているので、わりと「聴こえ」的には不利な形状なのではないかと思っている。パーソナライズしてくれるなんてありがたい!)
最新テクノロジーの難しい仕組みはわからないけれど、PerL Proを装着し、iPhoneに入れた専用アプリに導かれるままじっとしていたら、聴覚検査のような音が一瞬聞こえて、あっという間に“パーソナライズ”が終わったみたい。
飯田さんの聴覚プロファイル
その後「ニュートラル」と、「パーソナライズ済」を切り替えて聴きくらべると、まったく違う。音場の広がりも、音の濃度も。これは楽しみだ!
いきなりオーケストラによる交響曲などを聴く前に、最近たまたま知ってハマっている寺尾紗穂さんの音源をさっそく聴いてみました。彼女の音楽は、息が多めの柔らかくも透明感のある声、そしてご自身が弾くピアノや、フルートやチェロなどのアコースティックな楽器群の音色が素敵で、日頃クラシック音楽を専門にしている私にも相性のいいポップスだ。
PerL Proで聴いてみると、もう本当に耳元で歌ってくれているみたいだし、ピアノのダンパーペダルの踏み替え時にボディが共振する音だとか、管楽器の伸びやかな響きだとか、涼やかに金属的な音色を効かせる打楽器の音なんかも、ものすごい解像度で届いて、くすぐったいやら、気持ちいいやら、美しいやらで、耳も心も忙しい。これが私個人の「聴こえ」の特性に沿った音なのか!
都内を走る電車の中でも再生してみたが、これまた自動で調整してくれるというアダプティブ・ノイズキャンセリングがかなり効いて、ボリュームを大きくしなくても心地よく音楽の世界に入れる。窓に流れる景色を目で追いながら、寺尾さんが歌う繊細な詩の内容に浸ってしまうのでした。
オーケストラの音楽にも期待が膨らむ。満を待して再生しよう。
ネマニャ・ラドゥロヴィチという、舌を噛みそうな名前のヴァイオリニストが独奏を務めるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を聴いた。ネマニャの語るような、歌うような、自由自在に奏でる一音一音の解像度が高く、クリアかつふくよかな音色で聴こえる。楽しい。そしてオーケストラもダイナミクスや、濃淡がはっきりと聞かれ、生き生きとした表現が伝わる。
うん。ここまでで、すでに最高。すばらしい音質。PerL Pro、買っちゃおう!
そう心に決めた私であった。
iPhoneでaptX Losslessの高音質を堪能する方法
決めた私であったが、ここで試聴の手を緩めてはならない。そう思った。
というのも、私がPerL Proを日常的に使う場合、iPhoneと接続して、Apple Musicのストリーミング音源を聴くことになる。ここにある種の“落とし穴”があるのです。
iPhoneでBluetooth接続の場合、通常ではAACというコーデック(圧縮方式)で伝送されます。高音質ではあるのだけれど、数値的には256kbpsというコンパクトな情報量。Apple Musicでは、すでに44.1kHz/16bitから最大196kHz/24bit、いわゆるハイレゾロスレスまで配信されているのに、AACだと圧縮して再生されてしまう。
BluetoothでもaptX Adaptiveというコーデックで接続すれば、CDクオリティ以上のハイレゾ音源を聴くことができるし、aptX Losslessで接続すれば、ロスレスで再生ができる。PerL Proは、このどちらのコーデックにも対応しているという力量を持っている(aptX Adaptiveの最大値96kHz/24bit、aptX Losslessの最大値 44.1kHz/16bit)。ワイヤレスなのに、ハイレゾもロスレスも聴ける!ならば、それを試さなきゃウソだよね、と。パーソナライズされた音質のAACでも十分だけれど、やはりハイレゾ音源とも掛け合わせてみたい。ただ、iPhoneはこれらのコーデックに対応していないのだよ〜(泣)!
しかし、全国のiPhone ユーザーのみなさん、ご安心ください。
iPhoneから、Bluetooth aptX Adaptiveでの伝送する方法はあります。Bluetoothトランスミッターというデバイスを導入すれば、可能になるのであります。
現在入手しやすいBTトランスミッターを即攻入手して、使ってみました。
私が導入したのは、最大値48kHz/24bitまでの伝送能力のものです。Apple Music最大値192kHzやPerL Proの最大値96kHzには到達しませんが、それでも再生してみましたら、十分過ぎました。ちょっともう笑いが起こるくらい、ハイレゾ音源の再生でまた、PerL Proが化けたのです!
(iPhone13 ProMaxにUSB Type Cアダプターを噛ませ、Bluetooth トランスミッタ―装着した図。かっこよくはないけれど、音質は激変!)
生々しく臨場感あふれる音とは、まさにこのこと
再びネマニャの弾くヴァイオリン協奏曲を聴きました。比較的静かな冒頭から違います。ざわざわとしたオーケストラ特有の響き、そして独奏ヴァイオリンの旋律の音色のふくよかさ。明らかに情報量が多い! 音の厚み、空間性、低音の伸び、スピード感や余韻が顕著に変わりました。
私はコンサートの司会やナビゲーターのお仕事で、リアルにステージ上で目の前のオーケストラが奏でる音を聴く経験をしておりますが、その感覚が思い出されました。目の前でオーケストラを聴くと、何しろ低音が伸びやかで、体の芯に届いてくる感じがします。ハジけるような金管楽器の音、伸びやかな木管楽器の音、弦楽器群の厚みあるサウンドが、音楽ホールの広い空間にフワリと、かつ力強く放たれていく響きは何ともいえません。
PerL Proでハイレゾ再生すると、それに近い感覚が呼び覚まされました。空気振動を介して音楽を聴いているように感じるのも不思議。
独奏を奏でるネマニャの目の前に自分がいるようです。弓が弦を擦って発音する生々しさ。そして半円形に居並ぶオーケストラに囲まれているような迫力と奥行き。重低音が足先から振動で伝わる感覚までもが追体験されるようです(足の振動は錯覚のはず……人間の感覚記憶は恐ろしい)。
あまりに没入感がすごくて、気付けば第三楽章で激しくヘドバンしておりました。PerL Proは耳にとてもフィットするので、ヘドバンしても落ちる心配はありません(笑)。
これだけ生々しいサウンドともなると、音響芸術作品とも呼べるエレクトロニクスの楽曲も楽しみたくなります。
涼しげなサウンドが恋しくなって、夏になると何度もリピートして聴いているFrancesco Cavaliere & Tomoko Sauvage のアルバム「Viridescens」を聴きました。眩い光を感じさせるサウンド、不思議な音のたわみ、波の音など、気持ちよく楽しめます。こういう音響芸術のような作品こそ、PerL Proのようなイヤフォンで浸りきって聴くのがいいですね。
あまりに楽しくて聴き続けてしまいます。しかし、音の情報量がハンパなく多いので、知らず知らずのうちに聞き疲れしてしまうかも。意図的に休憩を取ったほうがいいですね。
ちなみに、PerL Proは賢くてペアリングも楽々。一度ペアリングした機材はすんなり繋がってしまいます。なので、BTトランスミッターと接続するには、確実にiPhone自体との接続を解除しなければなりません。BTトランスミッターからのハイレゾ音源を一度でも耳にすれば、AACとの違いは歴然なので、接続がうまくいっているかどうか、すぐに気付くことができます。
PerL Proはわかった、ベースモデルのPerLはどうか
さて、試聴機材として、“Pro”の付いていないPerLもお借りしました。こちらもパーソナライズしてくれるので、高音質で最適な響きを楽しめます。ただし、Bluetoothコーデックなどスペック的にはやはり“Pro”よりもライト。aptXに対応しているけれど、残念ながらiPhoneではAACの圧縮音源を聴くことになります。
じゃあ、単にウスッペラな音かというと、これが違う。“PerL Pro”の音はかなりエッジが立つのに対し、比較的柔らかというか、穏やかな音色にはなりますので、聴き比べると、むしろちょっとホッとする感じも得られる。「こちらの方が好き」という人はいるだろうし、気分や体調によっては「Proじゃないほう」が好ましい時もありそう。
ひとまずパーソナライズの力量を堪能するところから入りたい人、輪郭がやわらかな音質が好みの人は、こちらを選んでもよさそうです。
(左がPerL Pro(AH-C15PL)、右がPerL(AH-C10PL)。PerLのマットな質感の見た目は落ち着いており、PerL Proの周りのリングもおしゃれ)
飯田有抄 プロフィール
東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。音楽専門雑誌、書籍、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジンなどの執筆・翻訳のほか、音楽イベントでの司会、演奏、プレトーク、セミナー講師の仕事に従事。NHKのTV番組「ららら♪クラシック」やNHK-FM「あなたの知らない作曲家たち」に出演。書籍に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」(共著、音楽之友社)、「ようこそ!トイピアノの世界へ〜世界のトイピアノ入門ガイドブック」(カワイ出版)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。