クラシック音楽ファシリテーター飯田さんの 「初めてイマーシブオーディオでクラシックを聴いてみた」
デノンブログでお馴染みのクラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さん。最近はオーディオの専門家としてもテレビ出演や出版など大活躍中ですが実はホームシアターはほぼ未体験とのこと。そこで本社試聴室にお招きしてデノンの最新AVアンプ「AVC-X6800H」で最新のイマーシブオーディオをたっぷり体験してもらいました。今回はその体験記をお送りします。
「AVアンプ」って何ですか?
コロナ禍からオーディオにどっぷりハマり、愛好家としてはまだまだ日の浅い私ですが、急ピッチでアナログレコード再生からハイレゾファイル再生まであれこれ学び、楽しんでおります。
そうした中で、「AVアンプを試してみませんか」というお声がけをいただきました。
AVアンプというと、私のイメージでは「映像と音」に関する機材で、いわゆるホームシアターを構築して映画を楽しむためのもの。日頃、クラシック音楽鑑賞メインでオーディオと向き合っている自分とは、あまり関係のない世界かな?と思っていました。
ところが少し調べてみると、AVアンプとはどうやら、「サラウンド」だとか「空間オーディオ」だとか「イマーシブオーディオ」だとか「立体音響」だとか、今っぽいキーワードと関係のあるシロモノらしい……そういえば最近よく目にするこのあたりの用語ですが、3D的に音に包まれる体験ができるのだろうか。だとしたら、大編成のオーケストラを聴いたり、コンサートのライブ映像や、オペラ鑑賞などをしたりするのにもいいのかもしれない。AVアンプ=映画鑑賞だけ、と考えるのはどうやら違うらしい。
たくさんのスピーカーに囲まれる空間〜「7.2.4 ch」が示すもの
お邪魔したのは川崎にある試聴室。部屋の中央にセッティングされた試聴スポットの椅子の前には「AVC-X6800H」が置かれていました。初めて目にするAVアンプ。姿・形は普通の(?)プリメインアンプととくに変わりないように見えます。
ふと見回すと、この部屋はあちこちに立派なスピーカーが。その数なんと11台! さらに2つサブウーファーもあります。それらが全部、この「AVC-X6800H」と繋がっているというではありませんか。
この状況を、「7.2.4 ch」というらしい。最初の「7」とは、私の耳の高さに設置されたフロアスピーカーの数が7つありますよ、の意味なんだそうです。私の目の前にはLとRで2台のスピーカーがあり(これが普通のステレオ再生と同じ、いわゆる2チャンネルの状態)、その中央には「センタースピーカー」という独特の横長の形状のスピーカーが1台、そしてちょうど真横に左右に1台ずつ合計2、そして後方にも左右で1台ずつ合計2、全部で7台となります。
「7.2.4 ch」の「.2」とは、ウーファーの数を表すそうです。そういえば、「5.1チャンネル」などという数字もよく見聞きします。AVアンプと複数のスピーカーを使用した「サラウンド」構成としては、ながらく「5.1ch」というのが基本でした。「.1」はウーファーの存在を示していたんですね。
そして最後の「.4」。これが最新の技術に関わるところ。「5.1ch」の世界から考えると、一桁増えています! これは、自分の耳よりも上(たとえば天井など)に設置したスピーカーの数を表すとのこと。試聴室には、前方と後方の天井近くに左右2つずつ合計4つ、スピーカーが設置してありました。
耳よりも上!まずその概念に、オーディオ初心者の私は驚いてしまったのですが、もう物理的にリアルに、2次元から3次元を実現してしまう立体のシステムなんですね。いやぁ、まだ音も聴いていないのに、十分驚いてしまった。そしてこれらのスピーカーをたった1台のアンプですべて鳴らしてしまうなんて……。
繊細かつ自然! レイヤーのある多チャンネルのスゴさ
しかし、日頃は左右2チャンネルで鑑賞しているクラシック音楽を、こんなにたくさんのスピーカーで鳴らしたら、なんだか変にわざとらしかったり、違和感のある音空間になるんじゃないの……? そんな斜に構えた考えが、密かに私の中でムクムクと沸き起こってきました。仕事柄、コンサートホールで生演奏を聴く機会がとても多い私としては、オーディオでの音楽鑑賞があまりに不自然な響きになってしまうのはザンネン。
ちょっと不安になりながら、まずはブルーレイ・ディスクでコンサートのライブ映像を再生してもらいました。2017年のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートのライブです。指揮はグスタライブーボ・ドゥダメル。伝統あるウィーン楽友協会黄金のホールで演奏された『ラデツキー行進曲』です。
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見て聴いて…とてもビックリしました! 「わざとらしくなるのでは」という私の懸念はあっという間に吹き飛ばされ、むしろあまりに自然な臨場感に鳥肌が立ち、自分がウィーンのホールにいるのではないかと思えるくらいの没入感。こ…これが…かの立体音響?!
とても自然だと感じられたのは、自分がまさに「客席」にいるような音空間を味わえたからです。変に、後ろからとか真横からオーケストラの楽器の音が聞こえてくるのではなく、むしろきちんと正面から響いてきます。ただし驚いたのは、金管楽器の音が右斜上から飛んできたこと! そう、オーケストラは雛壇状に高低差のあるステージに並んでいます。客席にいれば、弦楽器よりも木管楽器や金管楽器、打楽器などは「奥」で「少し高い」位置から聞こえてくるのですが、その高低差が明らかに、家で左右のスピーカーで聴くよりも明確に感じられたのです。これはすごい。物理的にスピーカーに高低差がつけられていることの効果を、めちゃくちゃリアルに感じました。単に左右・前後というだけでなく、高低差のレイヤーが加わった音の世界。こんなスゴいことが可能になっていたなんて。
こうした高さ方向のレイヤーが加わったマルチチャンネルによる再生は、現在「空間オーディオ」、「イマーシブオーディオ」、「立体音響」など、さまざまな言葉で呼ばれている状況なのだそうです。
「アップミックス」機能で多チャンネルに自然な振り分け
マルチチャンネルの再生を可能にするAVアンプは、デノンが現在世界一のシェアを誇るとのこと。そんな最新技術の粋が詰まったAVアンプ「AVC-X6800H」を、徹底的に調整された試聴室で聴く体験は、やはり特別です。ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートのブルーレイの試聴に続き、今度は日頃私が愛聴しているストリーミング・サービス「ステージプラス」(ドイツ・グラモフォン)のコンサート映像も試聴してみました。
「ステージプラス」https://www.stage-plus.com/ja
ユジャ・ワンのピアノ独奏、ドゥダメル指揮ロサンゼルス・フィルの演奏で、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番です。こちらの録音方式は、マルチチャンネル用ではありません。通常のステレオ録音です。でも、「AVC-X6800H」は、LとRの2チャンネル用に作られた音源を、「アップミックス」という機能によってサラウンド再生できるよう、自動的に振り分ける機能があるとのこと!
そのアップミックス機能で再生してみたところ、これまたわざとらしさは皆無。2チャンネル再生と聴き比べをしてみたのですが、サラウンドにした時のほうが、バチっと聴き手である自分の位置が定まったように感じました。ステージに近い最前列くらいの席で、ピアノが非常に近く、頭上で響くような感じ。もしも生演奏でそのような席で鑑賞すると、オーケストラの音は上空をかすめるように飛んでいってしまいがちですが、そうはならず、奥のほうからでもしっかり聞こえるのはややシュール。砂かぶり席的でありながら、余す所なく楽器の音を堪能できるという、面白い体験ができました。
次に、ヤニック・ネゼ=セガン指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団によるブラームスの交響曲第2番も、アップミックスによるサラウンド体験で聴きました。木管楽器や金管楽器の縦の空間配置を感じられ、上下の広がりが効果的に再生されていました。アップミックス、優秀です!
ドゥダメル指揮、ロサンゼルス・フィルによるマーラーの交響曲第8番「千人の交響曲」では、圧巻のオルガンと合唱のサウンドで開始しますが、音圧が塊として飛び出してくるのではなく、高低のレイヤーでむしろ響きはスッキリとクリアになり、まるでスコアを目にしているかのように明快な演奏として届けられました。なおかつ生々しさもあるので、鳥肌が立ちます。オーケストラの音源を家庭で聴く限界を、軽々と突破してくるシステムですね。
音楽ホールの反響・残響を繊細に表現
なお、「ステージプラス」には音声のみのストリーミング・コンテンツがあり、音声フォーマットが「Dolby Atmos」対応、つまりマルチチャンネルで再生可能なフォーマットで配信されているということを知りました。
私の大好きなピアニスト、ヴィキングル・オラフソンの弾く「ゴルトベルク変奏曲」もDolby Atmos対応です。「AVC-X6800H」で7.2.4 chで聴いてみました。ピアノ独奏のマルチチャンネル……あまり想像がつかなかったのですが、これがまた非常に自然で生々しい音空間が広がって感動でした。
ピアノという楽器は、特に録音で使用されるフルコンサート・グランドのような巨大なピアノは、部屋中に音が広がり、当然壁からも天井からも反響音がしているわけです。設置された左右や後方、天井のスピーカーから再生される音というのは、あくまでもそうした自然な反響音を、繊細に再現していることがよくわかりました。楽器の直接音に近い音は、前方に設置されたL・R・センタースピーカーが中心に再生し、それ以外のスピーカーは、計算され尽くした音楽ホールの反響音や残響音(間接音)を表現しているのです。そりゃあ、生々しく感じられるわけだ! 録音技術も素晴らしいですね。
クラシック音楽の鑑賞にも最適解!
まさか、ここまで繊細で自然な試聴体験ができるとは……想像をはるかに上回る感動体験です。「7.2.4 ch」はハードルが高くても、「5.1.2 ch」あたりは家庭用としても現実的な入り口かもしれませんね。
「マルチチャンネル=ホームシアター=映画鑑賞のためだけのもの」なんていうイメージは、今は昔! 本格的なクラシック音楽鑑賞にこそ、大活躍してくれるシステムだと実感しました。自宅のオーディオ環境の夢がさらに広がりました。
飯田有抄 プロフィール
東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。音楽専門雑誌、書籍、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジンなどの執筆・翻訳のほか、音楽イベントでの司会、演奏、プレトーク、セミナー講師の仕事に従事。NHKのTV番組「ららら♪クラシック」やNHK-FM「あなたの知らない作曲家たち」に出演。書籍に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」(共著、音楽之友社)、「ようこそ!トイピアノの世界へ〜世界のトイピアノ入門ガイドブック」(カワイ出版)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。