クラシック音楽ファシリテーター飯田さんの「プレイバック! オーディオコンサート@ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2024」
デノンブログでお馴染みのクラシック音楽ファシリテーター飯田有抄さんが、5月の連休に開催されたクラシック音楽の祭典「ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2024」の「クラシック音楽のオリジンを巡るオーディオコンサート」にて講演。レコードプレーヤーとしてデノンのフラッグシップモデル「DP-3000NE」を使用したそのイベントでの素晴らしい選曲を、デノンオフィシャルブログでも再現してもらいました。
「オーディオで楽しむ国民楽派の音楽」、「オーディオで味わう自作自演の“オリジン”〜音楽×テクノロジー」の2つのオーディオコンサート
世界最大級のクラシック音楽の祭典「ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2024」がゴールデンウィークの3日間(2024年5月3日〜5日)、東京国際フォーラムおよび周辺エリアで開催されました。規模もコロナ禍以前の形に戻り、約20万人の来場者で賑わいました。
撮影:飯田有抄
Bowers & Wilkinsは2023年の音楽祭から、東京国際フォーラムのガラスにてスピーカー・コンサートを初開催。私は昨年に続き今年もセッションを担当させていただきました。
今年の音楽祭のテーマは「ORIGINES〜すべてはここからはじまった」。音楽の起源について思いを馳せたさまざまなコンサートが開かれる中、「オーディオで楽しむ国民楽派の音楽」そして「オーディオで味わう自作自演の“オリジン”〜音楽×テクノロジー」と題して2つのオーディオ・コンサートを行いました。
会場のG402にはピカピカの新製品、Bower & Wilkins 801 D4 Signatureが登場しました。あまりに素晴らしいその響きは、オーディオコンサートを大成功に導きました! お客様からたくさんの感動の声をいただきました。選曲も大好評をでしたので、当日お届けした音源と、お話した解説を振り返っていきましょう。
Session 1「オーディオで楽しむ国民楽派の音楽」(2024年5月3日 13:00〜13:45)
この回では、「国民楽派」の音楽を中心に、4曲お届けしました。国民楽派とは、19世紀の後半、おもに東欧・北欧・ロシアにおいて民族主義の思想に基づいて展開された音楽の潮流です。土着的なエネルギー、民謡的な抑揚、伝統的な舞踏の躍動を感じさせる作品から、オーディオで聴いて楽しい作品を選びました。
♪M1:マヌエル・デ・ファリャ(1876〜1946):バレエ音楽「三角帽子」
〜序曲、第一部 午後
エルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団
(レーベル:DECCA / Esoteric Mastering ESLD-10003)
ファリャはピアニストとしても活躍したスペインの作曲家です。故郷アンダルシア地方の民族音楽と、ヨーロッパの音楽様式を見事に掛け合わせ、新しいスペインの国民的音楽を生み出しました。「三角帽子」はスペインの舞踏音楽の要素をふんだんに取り入れたバレエ音楽です。スペインといえばフラメンコ。冒頭のカスタネットや掛け声が、大変魅力的に響き渡りました。
♪M2:ベラ・バルトーク(1881〜1945):ルーマニア民族舞曲集 Sz68/BB 76
ジョヴァンニ・アントニーニ指揮
イル・ジャルディーノ・アルモニコ(古楽器アンサンブル)
(レーベル:Alpha、ALPHA683)
バルトークはハンガリーを代表する作曲家です。彼が活躍したのは、オーストリア=ハンガリー帝国において民族独立の機運が高まっていた時代。ハンガリー独自の音楽文化の伝統を生かした創作にエネルギーを燃やしました。バルトークが打ち込んだのは、地域の民謡収集です。エジソンによって発明されたばかりの録音機「フォノグラフ」を用いて、積極的にハンガリーの農民たちの間で歌われる民謡を何千曲も収集しました。ハンガリー科学アカデミーでは、1万3000曲もの民謡を含む「ハンガリー民謡全集」にまとめています。
1915年に作曲された「ルーマニア民族舞曲」は5、6分程度の小曲集で、ハンガリー領だったルーマニア人たちの民謡が取り入れられています。イル・ジャルディーノ・アルモニコによる古楽器演奏は楽器から発せられる“ノイズ”も放ちますが、801 D4 Signatureが生き生きと音楽的に響かせました。
♪M3:フレデリック・ショパン(1810〜1849):マズルカ 第1番op.6-1、第49番op.68-4
ヤノシュ・オレイニチャク(フォルテピアノ Erard 1849)
(レーベル:ショパン研究所 NIFCCD035-036)
ショパンは19世紀前半の音楽家で、通常は「国民楽派」として紹介されることはありません。しかし、二十歳で祖国ポーランドを離れてから、ロシアの圧政下にある祖国には二度と帰ることができなかった彼の音楽には、ポーランドへの想いが深く刻み込まれています。なかでも、彼が生涯にわたって書き続けた「マズルカ」には、望郷の念が色濃く感じられます。彼は58曲ものマズルカを書き残したと考えられており、ここでは番号付きのものから最初と最後の曲を選びました。ポーランドの巨匠、ヤノシュ・オレイニチャクさんが、1849年製のエラール(ショパン時代のフォルテピアノ)で弾く演奏です。彼はショパン国際コンクールの審査員でもあり、映画「戦場のピアニスト」で演奏と手の演技を務めてもいます。あまりにメランコリックで繊細な響きに、当日会場にいらした方から、「マズルカで初めて涙した」という感想をいただきました。
アナログレコードの再生にはデノンのDP-3000NEが使用されました
♪M4:ベドジフ・スメタナ(1824〜1884):連作交響詩「わが祖国」 第2曲「ヴルダヴァ(モルダウ)」
イルジー・ビエロフラーヴェク(指揮)、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
(レーベル:DECCA)
スメタナは今年生誕200年のボヘミア(現在のチェコ)の作曲家です。ハプスブルク家の統治下にあったチェコでは、人々は自国語を扱うことも阻まれていました。そうした中で、スメタナは、チェコ語のオペラ「売られた花嫁」を作曲し、チェコ国民楽派の創始者として名を残しています。「モルダウ」は、民俗復興の思いに基づき、チェコの自然や伝説を描いた連作交響詩《わが祖国》の中の第2曲。現在ではドイツ語の「モルダウ」を使うことを避け、チェコ語の「ヴルダヴァ」と表記されることもあります。雄大で圧巻のオーケストラサウンドが会場中に鳴り響きました。
Session 2「オーディオで味わう自作自演の“オリジン”〜音楽×テクノロジー」(2024年5月3日 15:00〜15:45)
音楽はいつの時代もテクノロジーと結びつきながら発展してきました。19世紀半ばまでは主に楽器制作面でのテクノロジーが発展してきましたが、20世紀からは主に録音や電子音響の面で飛躍的に進化を遂げてきました。この回では、作曲家たちの古き佳き自作自演の録音と、21世紀のエレクトロニクスと結びついた録音作品とを、ピアノ音楽を中心に、オーディオならではの楽しみと結びつけてご紹介します。
♪M1:クロード・ドビュッシー(1862〜1918):レントより遅く
作曲者による自作自演(ピアノロールの録音)
(レーベル:Perian )
聴いていただいたのは、「ピアノロール」に収められたドビュッシー自身の演奏です。ピアノロールとは、自動ピアノで演奏を再現させるための帯状の紙で、オルゴールの原理と同様にパンチ穴で演奏情報が記録されています。録音技術は1920年代から著しい発展を見せますが、それ以前の作曲家たちは自身の演奏をピアノロールに記録していました。このセッションで聴いていただいた音源は、SPレコードに収録された音の復刻などではなく、ピアノロールによる演奏再現を現代の技術でCD収録したものです。
「レント」とは音楽用語で「ゆったりと、ゆるやかに」といった意味。ドビュッシーの演奏は特段遅いテンポではありません(ピアノロールの再現であることも関係しているかもしれませんが)。独特の揺れはどこか官能的で、まるで目の前でドビュッシーが弾いてくれているかのように、Bowers & Wilkins の801 D4 Signature(スピーカー)が芳しい響きを奏でてくれました。
♪M2:セルゲイ・ラフマニノフ(1873〜1943):前奏曲 ト短調 Op.23-5
作曲者による自作自演(ピアノロールの録音)
(レーベル:DECCA)
こちらもピアノロールによる録音です。前奏曲集は1901〜03年に作曲されました。ラフマニノフ自身は手がとても大きいピアニストです。ゆったりと余裕のある和音の響きには程よい重みが感じられ、音数の多さが非常に効果的に感じられる演奏でした。自作自演を聴く意味を感じることができました。
♪M3:ジョージ・ガーシュウィン(1898〜1937):ラプソディー・イン・ブルー
(ピアノパートは作曲者によるピアノロールの録音)、
マイケル・ティルソン・トーマス指揮、コロンビア・ジャズ・バンド
(レーベル:SONNY CLLASICAL SRCR 9202)
ポール・ホワイトマンのジャズバンドのために、フェルデ・グローフェがオーケストレーションしたオリジナル版の録音です。グローフェは、ジャズバンドのメンバーにほぼ当て書きするようにして、スコアに奏者の名前を書き込んでいたそうです。
この録音のピアノパートは、ガーシュウィンがピアノロールに記録した演奏です。もともとはガーシュウィンがオーケストラパートも自分で演奏し、初期の“多重録音”のような試みがなされたピアノロールですが、この収録のために、オーケストラの穴を丹念に塞ぎ、ピアノの部分だけを自動演奏で再生したそうです。ジャズバンドらしいキビキビと小回りの効く演奏で、快速(というか、崩壊寸前のスピード!)で奏でられるスリリングな録音をお楽しみいただきました。
♪M4:ヴィキングル・オラフソン:プレリュード ト長調(3:55)
(レーベル:グラモフォン)
後半は一気に21世紀へと時代を移し、「録音作品」あるいは「音響作品」として完成された“自作自演”として、2つの録音をお届けしました。それらは“ポスト・クラシカル”と呼ばれる音楽です。ピアノや弦楽器など、比較的小編成による音楽で、楽器から発生するノイズ(ピアノのハンマーや鍵盤が戻る音など)、人の声(歌唱だけでなく話し声など)、環境音(自然音や生活音など)をも用い、さらにシンセサイザー等で電子的な処理を施し、一定の周波数帯域を極端に増幅・減衰させるといったエフェクトが加えられています。
新しいのに、どこか懐かしさを感じる。そんなポスト・クラシカルの録音(音響)作品こそは、優れたオーディオシステムで聴く意義があります。
まずはアイスランドのピアニスト、ヴィキングル・オラフソンによる録音作品です。オラフソンは伝統的なスタイルによるピアノ協奏曲の演奏や独奏リサイタルも行いますが、「リワークス」と呼ばれるエレクトロニクスを駆使した録音制作にも積極的です。ここではJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調のプレリュードをピアノ用に編曲した録音を聴きました。マイク位置やノイズの扱い方に特徴のある、メランコリックな音質の作品となっています。Bowers & Wilkinsの最新のフラッグシップスピーカー
801 D4 Signatureで奏でるオラフソンの世界は格別で、会場の誰もが新しい聴取体験をすることになりました。
♪M5:マイケル・リンド:Simple Interactions
(レーベル:INTENSE LAB)
おしまいは、スウェーデンの音楽家マイケル・リンドの録音作品です。彼はシンセサイザーやコンピューターを用いた音楽制作で知られ、現在はアーティスト活動と同時に、アイスランド芸術大学でエレクトロニック音楽の指導もしています。「Simple Interactions」は、透明感のあるピアノが広いサウンドステージで響き、やがて恐ろしいほどの重低音が鳴り響いてくる曲です。まるで人の可聴域に挑むかのようなこの録音作品が、最新のオーディオシステムでどう再現されるのか、私自身とても楽しみにしていました。解説をする私は、左側の801 D4 Signatureの真横に座っていましたが、それでも驚くほど広く深い低音が美しく鳴っているのがわかりました。地響きのような恐ろしい低音ではなく、深く柔らかく、温かい。そんな低音に包まれ、これまでに体験したことのない鑑賞体験ができました。
飯田有抄 プロフィール
東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。音楽専門雑誌、書籍、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジンなどの執筆・翻訳のほか、音楽イベントでの司会、演奏、プレトーク、セミナー講師の仕事に従事。NHKのTV番組「ららら♪クラシック」やNHK-FM「あなたの知らない作曲家たち」に出演。書籍に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」(共著、音楽之友社)、「ようこそ!トイピアノの世界へ〜世界のトイピアノ入門ガイドブック」(カワイ出版)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。