ライター杉浦みな子さんが無人島に持ち込む究極の一枚とは?
無人島に1枚だけCDを持って行けるとしたらどれを選ぶ? と唐突に突きつけられる究極の選択、名付けて「無人島CD」。今回はデノンブログでも執筆するライター杉浦みな子さんの意外な1枚。このCDを選んだ理由はいったい?
こんにちは、ライターの杉浦です。デノンブログの名物企画「無人島に1枚だけCDを持っていくなら?」に参加できて嬉しいです。というわけで早速、私の選ぶ1枚ですが…
…いや、ちょっと待ってください。まず私は、「無人島に行く前にCDを選ぶ余裕がある」という点に着目しました。
つまり、自分でわかっていて無人島に行くということですよね。船が難破してたまたま流れついたとかではありません。自分以外に人がいない無人島にあえて行く…? それってどういう状況だろう…? と妄想を膨らませ、答えに辿り着きました。
そう、私は無人島型のリゾート地で、一週間ほど自由気ままなバカンスを楽しもうとしているのです。これは素晴らしい。元来、人見知りで1人が好きな私にとって、最上級に有意義な休暇の過ごし方です。CDが聴けるということは、人はいないけど電気は通ってるわけですし。
…いや、この企画の主旨そっちじゃないのよ…と言われてしまいそうですが、正直、自分が乗り込んだ船か何かでタイタニック的なことが起きたと想像するのは精神的にキツいし、普段から全く運動をしないアラフォーの我が体力では、無人島に流れついてすぐCDをかける前に死ぬ自信があります。楽しく1枚を選ぶためにも、今回はバカンスの設定でご容赦いただければ幸いです。
なので私は、バカンスが終わったら、普通に船とか飛行機で都内の自宅に帰ります。無人島だけど、ちゃんと定期便が来ているのです。「それ無人島って言う?」のツッコミは無しにしてください。
つまりは、「無人島でバカンスを楽しみ、一週間経ったら普通に帰ってくる」という前提で、今回の1枚を選びました。
そのCDとは… ずばり、平沢進「SIREN」(セイレーン)です。
https://susumuhirasawa.com/discography/item-6/
ちなみに本作、1996年に日本コロムビアから発売された平沢進のソロ6枚目のアルバムですが、2009年にデジタルリマスターされた上で、メモリーテックが開発した高音質音楽CD「HQCD(High Quality CD)」でも発売されています。せっかくなので、今回のバカンスにはHQCD版を持っていくとしましょう。宿泊先のコテージに置かれている普通のCDプレーヤーで問題なく再生できるはずですから。
ではなぜ、このCDを選んだのか。理由は大きく2つあります。
まず、人前で思いっきり再生するのを何となく躊躇するアーティストのCDだからです。いや、別に人前で再生しても良いと思うんですよ? 思うんですけど… ほんと何なんでしょうね、この「人前で平沢進はやめとこう感」は…。
個人的に好きなアーティストで言うと、中学生時代からずっと好きな大滝詠一とか、2024年夏現在めちゃめちゃハマっているThe Otalsというシューゲイザーグループとか、色々な候補があったんです。どちらも、バカンス地でゆったり聴くとすごく素敵な気持ちになりそうだし。
でも、大滝詠一もThe Otalsも特に躊躇なく人前で再生できるので、「せっかく誰もいない無人島に行くなら、思いっきり平沢進のCDかけたれ」と思ったわけです。開放的な場所で、大音量で再生しまくりたい。
そしてそんな平沢作品の中でも、今回選んだ「SIREN」というアルバムは、1人で過ごす無人島の夜にもってこいだと思うのです。これが本作を選んだもうひとつの理由。美しく穏やかで、どこか“母性的”な空気感のある本作の収録曲が、無人島の満点の星空の下に流れるBGMとして最高だと思ったからです。
「SIREN」は全体を通して、平沢的毒っ気が少ないアルバムでもあります。東南アジアテイストのメロディアスなフレーズと、平沢氏の伸びやかなボーカルを軸にした、壮大なシンセサイザーポップで構成された1枚。BPMもゆっくりめで落ち着きのある楽曲が多く、歌詞の世界観も考えると、「穏やかな終末の絶望感」を醸していると言いましょうか。そこに絡む電子音も暴力的ノイズは控えめで、静かな不安と癒しが入り混じる作品です。ね、無人島バカンスにぴったりでしょ。
無人島で過ごす1人の夜、少し離れた隣の島に建つ灯台の明かりが、暗闇の中で静かに点滅するさまを眺めながら、どっぷり「SIREN」の絶望世界に浸りたい。ちなみに、この隣の島は有人です。私が無人島での魚釣りに飽きたら、この隣島から食事など運んでくれる設定です。
なお、本作の中でも特に珠玉の名曲だと思っているのが、2曲目の「サイレン *Siren*」。音楽ジャンルが広すぎて楽曲数が多すぎる平沢作品の中で、私が最も好きな曲かもしれません。
本曲における平沢ボーカルの主旋律は、歌謡曲的にメロディアスで超ポップですが、それが電子音とシンセストリングスを駆使した壮麗なバラードに仕上げられています。そんな美しいバラードが進行する中、遠く鳴り響く「サイレンの音」の物悲しさたるや…。ホラーコンテンツでは主に恐怖の要素として使われる「サイレンの音」を、こんなに切なく響かせる楽曲演出に脱帽です。どうしてこんなに胸が締め付けられるのか。
普段、カフェとかで適当にイヤホンで聴いてもグッとくる楽曲なので、無人島の満点の星空の下で聴いたら、あまりのエモさに私はマジで泣いてしまうでしょう。隣の島で何か悲しい事件が起こって、緊急事態を告げるサイレンが鳴り響いているけれど、無人島にいる自分には何もできずただ灯台の明かりを見守るだけ…みたいな妄想をしてしまいそう。しかし泣き顔を誰かに見られる恐れもないので、アウトロの「OH〜」のコーラスに合わせて「うおぉぉ〜」と思いっきり声を上げて号泣したいと思います。
ちなみに、平沢進のアルバムという括りでは、ソロ名義の14枚目「BEACON」(2021年)、核P-MODEL名義での3枚目「回=回」(2018年)など、もっと新しい作品もたくさんあります。トレンド感を考慮してその辺の新作にしておくべきかな…という気持ちも湧きましたが、ここは「無人島の夜に聴く」というスタイルを第一に、「SIREN」に決めました。
あ、ちなみに「BEACON」も「回=回」も無人島で聴くにはアレなだけで、作品としては超素晴らしいです。それぞれ初めて聴いた時、平沢節は時代が経っても衰えなさすぎて凄いな…と感嘆しました。
そんなわけで少々長くなりましたが、私が無人島バカンスに持っていくCD、平沢進「SIREN」をご紹介しました! しかし、一週間のバカンスが終わった時、ちゃんと迎えの船が来てくれると良いんですけど…。
な〜んて、穏やかさと憂いが入り混じった本作に感情移入すると、そんな一抹の不安も抱いてしまいますね。さすが平沢進の表現力。なんせ緊急事態を告げるサイレンが鳴ってますからね。あ、そういえば「セイレーン」てのも、船を遭難・難破させる海の女神・怪物の名称ですね。…あれ? なんか雲行きが怪しいな…。まあでも、万が一の話ですよ? いつまで経っても、永遠に誰も迎えに来なかったとしても、このCDがあれば穏やかにその運命を受け入れられる気がする。そんな名盤です。
杉浦みな子 プロフィール
1983年生まれ・たまに絵も描くライター。慶應義塾大学環境情報学部卒業。家電やオーディオ・ビジュアル専門サイトの編集/記者/ライター職を経て、2023年に独立。コンシューマーエレクトロニクスから月刊ムーまでを網羅し、各種媒体でAV機器・家電のレビューやオカルト映画のコラムを執筆中。読書と音楽&映画鑑賞が好きで、自称:事件ルポ評論家のオタク系ミーハー。