銘機探訪 POA-S1 PART1
歴代のデノン製品から、高い支持を受けたモデルを紹介する銘機探訪。今回は1993年に発表されたモノラルパワーアンプPOA-S1を取り上げます。
歴代のデノン製品から、高い支持を受けたモデルを紹介する銘機探訪。今回は1993年に発表されたモノラルパワーアンプPOA-S1を取り上げます。
(POS-S1カタログ)
POA-S1は、S1シリーズのモノラルパワーアンプです。モノラルですから、ステレオを再生するには2つのPOA-S1を並べて使うことになります。
ちなみに価格は1台あたり200万円(税別)と高額です。ステレオで再生するには2台使うので400万円(税別)かかります。
POA-S1で画期的だったのは、UHC-MOSという半導体素子が初めて使われたこと。UHCとはUltra High Current、つまり大電流型の意味です。
今回は、このUHC-MOSについてお話します。
●技術者が取り組んだのは、少ない素子で大電流を取り出すこと
そもそもパワーアンプとは、音源の小さな信号(プレーヤーやチューナーなど)を、スピーカーを鳴らせるだけの大きな信号に増幅する機械です。
そして増幅するためには、増幅素子と呼ばれるパーツが必要になります。
一般的には半導体(ソリッドステート)が使われますが、この増幅素子がとても重要な役割を果たします。
スピーカーを駆動するために必要な大電流を、この素子から取り出す必要があるからです。
ところがこの素子が、当時の技術者の頭を悩ませていたのでした。通常、大電流を取り出すには、数多くの半導体が必要でした。
なぜなら、ひとつの半導体から取り出せる電流は限られていたからです。
しかし多くの半導体を使うことで素子ごとのバラツキが生まれ、それが音を濁らせる要因になります。
「少ない半導体素子を使って、大電流を取り出すことはできないか?」
「少ない半導体素子でパワーアンプが作れたら、小さい音から大きな音まで、音色を損なうことなく、ひずみも抑えることができるのに」
かつてのデノンには、製品開発の他に、オーディオの基礎的な要素研究を行なう研究部というセクションがありました。
そこではアンプの理想形を求め、「少ない半導体素子で大電流を取り出す」追求を以前から続けていたのです。
そもそもS1シリーズは「設計者がその時点で具現化できる最高のモノをつくる」というコンセプトで、開発されたラインナップです。
このタイミングだったからこそ、無謀ともいえる挑戦ができたのかもしれません。
●解決の糸口は、オーディオ用ではなく、産業用の半導体にあった
といっても、デノンは半導体を自社で製造しているわけではありません。
オーディオ用で使われる半導体を、半導体メーカーに注文して作ってもらっていました。
オーディオ用で使われる半導体は特殊で、通常の産業用半導体素子とは別に設計され、製造されていました。
オーディオ用の半導体は「高S/N」、「低歪み」など、音楽再生を前提として作られていたからです。
そのためオーディオの世界では、「産業用半導体はオーディオ再生には適さない。
オーディオ機器にはオーディオ用の半導体しか使えない」という「常識」があったのです。
さらには、プッシュプルで回路を構成するために、逆特性でペア使用ができる半導体との組み合わせも必要でした。
しかしS1を開発するにあたり、デノンの開発陣は、その常識を覆しました。
オーディオ用の半導体には、そこまで大きい電流を流しきれるものが存在しなかったのです。
ですから藁をもすがる思いで、産業用半導体の検証にまで踏み込んだのです。
もちろん、ほとんどの産業用半導体はオーディオ機器には適しませんでしたが、大量の半導体を探し回った結果、光が見えてきたのです。
半導体メーカーは、オーディオ用だけを作っているわけではありませんでした。
オーディオ用の優れた性能を生み出す製造技術は産業用の製造にも影響を与え、いつのまにか産業用の性能が格段に進歩を遂げていたのです。
そうして数多くの半導体を検証した結果、ある製品に行き当たりました。
それは、製鉄工場などで巨大な設備の制御に利用されている半導体で、「大電流が取り出せる」「電気抵抗が低い」など、
実は我々が求めているパワーアンプの増幅素子として必要な条件を備えていたのです。
もちろんそのままではオーディオ用としては使えませんから、改良を加えることにしました。これがUHC-MOS誕生における最初の一歩でした。
(POS-S1カタログ中面より)
●見つけた半導体素子の、逆特性を持つ素子を探し出さなければならなかった
次の課題は、逆特性を持つ半導体素子を探すことです。
パワーアンプをプッシュプル動作させるためには、逆特性を持つ半導体素子をペアにして使う必要があります。
オーディオ用はあらかじめペアで逆特性の半導体が開発されますが、産業用は用途が限られるため、その必要がありません。
つまり、最初に見つけた半導体素子と逆特性を持つ、ペアでの使用が可能な半導体を探さなければならなかったのです。
こういう特性は、半導体のスペックシートだけを見てもわかりません。実際にアンプを作って検証してみることが必要です。そこで、また数多くの半導体から探すことになりました。
このような試行錯誤から、1個の半導体素子で大電流を取り出せるUHC-MOSをパワーアンプの増幅素子として組み込むことができるようになりました。
当時のカタログには次のような一文が書かれています。
「一般に使われているMOS-FETの35個分、またバイポーラ・トランジスタの3個分の電流リニアリティを素子1個で可能にします」
●「静寂を楽しむ」という音楽の魅力が味わえるようになった
UHC-MOSの採用によって、小さな音から大きな音まで、音色を変えずにストレートな音が再現できるようになりました。
デノンサウンドマネージャー米田晋は、以下のような評価をしています。
「UHC-MOSは音の世界を広げました。バラツキが少なく、レスポンスがよく、フォーカスのしっかりしたサウンドが再生できるようになったことで、
従来よりも安定した音場空間、音像が形作れるようになりました。UHC-MOSは、現在のデノンのアンプにも継承されているキーテクノロジーです。
音楽は静寂を楽しむものでもあります。UHC-MOSによって、大きな音も小さな音も、そして静寂も楽しめるようになりました」
しかし、増幅素子にUHC-MOSを採用しただけで、すぐにPOA-S1が完成したわけではありません。
やっとの思いで手に入れたUHC-MOSの性能を活かすには、その能力を支える周辺技術の開発も必要だったのです。
それについては次回、お話しします。
製品の詳細: DENON Museum POA-S1
(Denon Official Blog 編集部 O)