読む音楽 マイルス・デイビス自叙伝
音楽やオーディオに関する本をご紹介する「読む音楽」。第一回はマイルス・デイビス自叙伝をご紹介します。マイルス・デイビス自身の話だけでなく、チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピー、コルトレーンなどのジャズの巨匠たちのエピソードが満載です。
音楽やオーディオに関する本のご紹介する「読む音楽」。第一回はマイルス・デイビス自叙伝をご紹介します。
マイルス・デイビス自叙伝〈1〉(宝島社文庫)
マイルス・デイビス自叙伝〈2〉 (宝島社文庫)
マイルス デイビス (著)、クインシー トループ (著) 、中山 康樹 (翻訳)
これは編集部員Iの私物のマイルス・デイビス自叙伝ですが、すでに何度も読んでいるので、すっかりヨレヨレになってしまいました。
でも読むたびに新たな発見があり、音楽ファンなら何度も楽しめる、本当に面白い本です。
この本の魅力の一つは、誰かが書いた評伝ではなく、マイルス・デイビス本人が実際に語っているということでしょう。
本人に記憶違いなどもあるようで、ジャズ史としては必ずしも真実ではないかもしれませんが、
やはりジャズの帝王と称されるマイルス本人の発言には深みがあります。
そしてもう一つの理由は長年ジャズを牽引し続けたマイルス・デイビスだけに、
自叙伝に登場する人物たちが、とてもゴージャスで、そのままジャズの紳士録となるくらいのオールスターキャストだからです。
たとえばマイルスが最初にニューヨークに出てきた頃の描写では、
ビバップの生みの親であるチャーリー・パーカー、そしてディジー・ガレスピー、セロニアス・モンクなどが登場します。
彼らが互いに切磋琢磨しながら、もの凄いスピードで進化しつつ音楽を深め合っていき、
ビバップができあがっていく過程の熱気がありありと描かれています。
マイルス・デイビスによれば、ビバップの精神はまさにチャーリー・パーカーであり、
彼の全く斬新なアドリブのアプローチと圧倒的な演奏技量は、
マイルスをして「いまだにパーカーより上手く吹けるヤツはいない」と言わしめるほどでした。
マイルス・デイビスはそのパーカーのグループのトランペッターとしてジャズミュージシャンのキャリアをスタートさせています。
マイルスはやがてジャズシーンで話題となり、パーカーのグループの後は終生自らのリーダーバンドを率いて演奏しますが、
マイルスバンドの歴代のメンバーはみんな素晴らしく、その後のジャズ史を背負って立つような優れたミュージシャンを数多く輩出したため、
「マイルス・スクール」とも呼ばれました。
マイルス・スクール出身者といえば、たとえばジョン・コルトレーン、ウェイン・ショーター、レッド・ガーランド、ビル・エヴァンス、
ハービー・ハンコック、キース・ジャレット、チック・コリア、ポール・チェンバース、
マーカス・ミラー、トニー・ウィリアムスなどなど枚挙にいとまがありません。
彼らのほとんどは無名時代にマイルスに誘われ、マイルスバンドに入ってから才能を開花させたケースが多く、
マイルスの才能を見抜く鋭い目、そして才能を伸ばす力には恐れ入るばかりです。
マイルスだけでも、ジャズを何度も生まれ変わらせて進化させたわけですが、
その門下生であるマイルス・スクール出身者たちがさらにジャズ、音楽に大きな影響を与えています。
そう思うとマイルスはポピュラーミュージックにどれだけ貢献したのかわかりません。
晩年はプリンスとも音楽的な親交があったようです。
自叙伝の内容も、中盤以降はマイルスとマイルスバンドのメンバーとのやりとりが面白いんですが、
たとえば弱冠18歳でマイルスグループのドラマーとなった天才トニー・ウィリアムスは
歴代メンバーで唯一マイルスに面と向かって「もっと練習するべきだ」と言ってのけたとか。
(しかしマイルスが最も才能を買っていたドラマーがフィリー・ジョー・ジョーンズとトニー・ウィリアムスだったとも言っています)。
また、マイルス・スクールを出てすぐ、マイルスと並ぶ程の巨人となったジョン・コルトレーンは、
マイルスバンド在籍時からもの凄いプレイを繰り広げていたのですが、コルトレーンのサウンドの秘訣が彼の歯にあると、
マイルスは勝手に思い込んでいました。
ある日コルトレーンが「歯の調子が悪いので歯医者を予約した」というとマイルスは急に青ざめて、
わざわざその歯医者にいく予定の日時にリハーサルを変更したりしてコルトレーンをなんとか歯医者に行かせまいとします。
しかしコルトレーンは、冷静に「歯医者に行くんだから、リハーサルには行けない」と言い放ち、マイルスは愕然とします。
そしてコルトレーンが歯医者に行った直後のステージで、コルトレーンがにっこり笑ってキレイになった歯を見せた時、
マイルスは「ヤツはもう、今までのようにハードにサックスは吹けない」と嘆き、ほとんど涙ぐんだとか。
しかしステージが始まり、コルトレーンのソロが始まると、何事もなかったかのように、いつもと同じような壮絶なプレイを展開。
マイルスはコルトレーンの横で間抜け面をして、呆然と突っ立っていた、と自分で書いています。
このあたりはジャズの帝王らしからぬ可愛げがあって、つい声を出して笑ってしまいました。
ほかにも、モードという新しいジャズを作るべく、クラシックの素養があったビル・エヴァンスと二人で
ストラヴィンスキーやドビュッシーなどのスコアを図書館で借りてきて徹底的に和声や旋律を研究した話や、
サイケデリックロックが華やかなりし60年代に、当時の恋人が聴いていた
ジミ・ヘンドリックスやスライ&ザ・ファミリーストーンのロックやファンクに影響を受けてエレクトリックジャズに向かっていく話など。
とにかくジャズファンのみならず、ポピュラーミュージックファンでも見逃せないエピソードが満載です。
ジャズには様々な方法論や音楽理論があり、その魅力を十分に味わうには聴き手側にも知識が必要な面もありますが、
ジャズの名曲がどんな経緯で生まれたのか、そしてそれはどんなものがヒントになっているのか、
ということが分かると、俄然分かりやすく、しかも面白くなります。
このマイルス・デイビス自叙伝には、ビバップ、クールジャズ、モードジャズ、エレクトリックジャズなど、
マイルス・デイビスが切り拓いてきたジャズが、どういう経緯で生まれてきたのかが克明に描かれており、
楽しくエピソードを読んでいるうちに、いつのまにかそれらの音楽の理解も深まっていきます。
だから何度読んでも飽きないのかもしれません。
というわけで、ジャズの初心者にも、マニアの方にも楽しめる一冊。
ぜひマイルス・デイビスの音楽をかけっぱなしにしながら、読んでいただきたいと思います。
(Denon Official Blog 編集部I)