銘機探訪 DP-3000 PART2
歴代のデノン製品から、高い支持を受けたモデルを紹介する銘機探訪。一世を風靡したダイレクト・ドライブ・サーボターンテーブル DP-3000(1972年発売)のPART2は、学生時代にアルバイトをしてDP-3000を購入したという社員Yに、購入した当時のエピソードを聞きました。
歴代のデノン製品から、高い支持を受けたモデルを紹介する銘機探訪。PART1はこちら。
DP-3000(1972年発売)のPART2は、学生時代にアルバイトをしてDP-3000を購入したという社員Yに、購入した当時のエピソードを聞きました。
●「DP-3000しかない」と思って、夏休みのアルバイトで買った
■ Yさんは学生の時にDP-3000を購入したそうですね。
Y:高校生の頃からオーディオには興味を持っていました。
DP-3000は私が高校の時にすでに発売(1972年)になっていて、ずっとほしいと思っていたターンテーブルでした。
私が買ったのは大学に入った年でしたから、1974年だったと思います。
大学に入学してまずアンプを買って(デノンのPMA-500)、
さて次はレコードプレーヤーだということで、夏休みにアルバイトをしてDP-3000を買いました。
発売時は43,000円でしたが、私が買う前に石油ショックがあって値上がりしたので、もう少し高かったと思います。
貧乏学生でしたから大変でした。でも他のターンテーブルは考えておらず、「DP-3000しかない」と思っていたので、必死にアルバイトをしました。
↑1974年カタログより
■ なぜ「DP-3000しかない」と思ったのですか。
Y:デノン、当時の日本コロムビアは、民生機のオーディオだけでなく、放送局用の機器も作っていました。
特にNHKを始め民放FM放送局で放送の送り出し用にレコードを再生するレコードプレーヤーはデノン製でした。
私が学生の頃、音楽が好きな人たちはみんな、新しい音楽の情報をFM放送から得ていました。
FM雑誌も「FMファン」「FMレコパル」「週刊FM」「FMステーション」と4誌も出版されていた時代です。
私はFM雑誌に載っている番組表とにらめっこし、自分が聴きたい曲がオンエアされる番組を見つけては
オープンデッキやカセットデッキでエアチェック(FMラジオの録音)して聴いていました。
当時は今よりはるかにレコードが高かったですから、気になる曲はまずはFMでエアチェックし、
何度も聴いて、本当に自分が気に入った曲をレコードで買う、という感じで音楽と付き合っていました。
そのくらい音楽ファンにとってFM放送は大事なものでしたし、
FM放送の送り出しに使われているレコードプレーヤーは、音楽ファンにとっては「憧れのオーディオ機器」だったのです。
ですから1970年に発売された放送局用のプレーヤー DN-302Fのメカニズム、
つまり磁気パルス制御によるACサーボ方式のダイレクト・ドライブを搭載したデノンのDP-3000は、
私にとって「これしかない」というものでした。
↑カタログより
●DP-3000を載せるキャビネットは自作
■ アルバイトをして、DP-3000をやっと手に入れた時はやっぱり嬉しかったですか。
Y:嬉しさ一杯で販売店から持ち帰りました。
但しDP-3000だけでは音は出ないんですね。これはターンテーブルで、単にレコードを回すモーターですから。
ほかにトーンアームやカートリッジ、そしてキャビネットがないとレコードプレーヤーにはなりません。
もちろんすべてそろった完成品も売られていましたが、
マニアとしてはトーンアームやカートリッジも自分にとって「これしかない」というものを使いたいので、完成品は買いませんでした。
そういうわけでトーンアームやカートリッジも自分が選び抜いたものを買うわけですが、
貧乏学生でしたから、キャビネットに回すお金がなかったのです。
それに何より自分がほしいと思うような気に入ったキャビネットが、当時はなかった。
それで自分で作ることにしたのです。
↑カタログより。DP-3000を搭載したレコードプレーヤーやDP-3000用のキャビネットがラインナップされている
■ ということは、DP-3000を買ってもすぐにはレコードが聴けなかったのですね。
Y:そうなんです。ですからDP-3000を購入後、すぐにキャビネットを作り始めました。
学生でしたので時間は存分にありましたから、一日中必死に、朝から晩まで汗だくになって作りました。
恐らく一週間ぐらいで完成させたんじゃないかな。
■ どんなキャビネットを作ったのですか。
Y:ラワン材の合板を買って来て、それを自分で積層にするんですが、その時に中に隙間を作り、その隙間に砂を詰めました。
砂は金タライに入れて綺麗にといで洗浄した後、サラサラになるまで炭火で炒って滅菌乾燥させておきました。
これをキャビネットの隙間に充填密閉したんです。
最後に色も塗りました。黒に近いダークブラウンで仕上げました。
■ なぜキャビネットに砂を入れたのですか。
Y:キャビネットの共振を少なくするためです。
レコードプレーヤーの場合、音を良くするためにはキャビネットはできるだけ振動させたくないんですね。
砂を入れることで板の持っている固有の振動を吸収することができるんです。
キャビネットを実際叩くと、カンカンという響きではなく、コンコンというすぐに減衰する音になりました。
↑Y自作のキャビネットは今も現役で活躍中
●好きな物に手間暇をかけるのは当たり前だし、楽しいこと
■ アルバイトをしてなんとかDP-3000を買って、さらにそこから一週間かけてキャビネットを作る。かなり大変だったのではないでしょうか。
Y:もちろん大変でした。でも楽しかったですよ。
自分が「これしかない」と思ったターンテーブルとトーンアームとカートリッジをそろえて、
それらを組んでオリジナルのシステムをまとめる為に、自分で考えて作るわけですから。
私だけでなく、当時のオーディオマニアはみんな自分でさまざまな工夫をしていました。
私はスピーカーも自作しましたが、好きなものには時間を惜しまずに手をかけるのは、当たり前のことだと思っていました。
■ そんな苦労の末に作ったレコードプレーヤーで、最初にかけたレコードはなんでしたか?
Y:たぶん小椋佳の「少しは私に愛をください~雨の中の青春~」だったと思います。曲の間にはナレーションが入っていました。
このアルバムは長らくCDになっていなかったのですが、最近やっとCD化されました。
アーティスト名:小椋 佳
アルバム・タイトル:少しは私に愛を下さい~雨の中の青春~
ユニバーサルミュージック
●DP-3000は、入社のきっかけの一つ
■ DP-3000を購入したことは、その後デノンに入社するきっかけになったのですか。
Y:全てではありませんが、きっかけの一つにはなったと思っています。
当時の日本コロムビアは、オーディオメーカーであり、業務用の放送機器も作っていて、しかも同時にレコード会社でもありました。
ハードもソフトも両方やっていた会社は他にありませんでしたから、ぜひここで働きたいと思いました。
■ その後DP-3000はいつ頃まで使っていたのでしょうか。
Y:数年前にターンテーブル自体は上位機種に換装しましたが、キャビネットは今でも使っています。
DP-3000を買ったのが1974年ですから、もう40年間使ってることになりますね。当時の砂もそのままです(笑)。
やっぱり自分でも気に入ってるんでしょうね。まだ全然ガタもきていません。
■ Yさん、DP-3000を巡るオーディオと音楽への愛情があふれるお話、ありがとうございました。
製品の詳細: DENON Museum DP-3000
(Denon Official Blog 編集部I)