PMA-SX1の匠たち Part 2 設計担当 新井 孝
デノンの新たなフラッグシップ・プリメインアンプ PMA-SX1。カタログでは語り尽くせないその本質を、開発に関わった4人の匠たちにインタビューしました。第2回は設計を担当した新井が語ります。
デノンの新たなフラッグシップ・プリメインアンプ PMA-SX1。
「信号を増幅する」というアンプの本質をさらに追求し、シンプル&ストレート化を徹底することで、従来モデルを凌駕する高音質を実現しています。
デノン公式ブログでは、PMA-SX1の開発に関わった4人の「匠たち」にインタビューし、
カタログやスペックなどでは語り尽くすことのできないPMA-SX1の本質に迫ります。
第2回はPMA-SX1の設計を担当した新井孝が語ります。
PMA-SX1の匠たちシリーズ一覧はこちら。
Advanced UHC MOS シングルプッシュプル回路と
バランスアンプ回路を搭載した新世代のフラッグシップ・プリメインアンプ
プリメインアンプ
PMA-SX1 580,000 円(税抜価格)
CSBUデザインセンター マネージャー
新井 孝
●コンプリメンタリーか、セミコンプリメンタリーか、それが問題だった。
■「PMA-SX1の匠シリーズ」、2人目はPMA-SX1の設計に携わった新井さんにお話をうかがいます。
ちなみに先代のフラッグシップモデルPMA-SX の時も設計を担当されたのですか。
新井:そうです。PMA-SXは2008年の発表でしたから、今回は6年ぶりのフラッグシップモデルの設計でした。
■6年前のPMA-SXと今回のPMA-SX1では、設計上どんな点が違いますか。
新井:PMA-SX1は結果的にAdvanced UHC-MOS シングルプッシュプル回路やバランスアンプ回路を搭載するなど、
PMA-SXの設計思想を踏襲したものになりましたが、開発の初期段階ではいろいろな方向性を模索しました。
その背景として大きかったのは、PMA-SXで使用していたディスクリート回路の半導体のほとんどが、
この6年の間に生産中止となり使えなくなってしまったことがあります。
■それはどうしてでしょうか。
新井:トランジスタは産業用の需要が多い部品なのですが、部品の集積化がどんどん進み、
昔ながらのいわゆる足が生えているような形状のトランジスタの需要がどんどんなくなっていることが理由です。
■半導体の調達が難しくなったことは米田さんにうかがいましたが、UHC-MOSだけでなかったのですね。
新井: 今回ほとんど全ての半導体が入れ替えとなりました。
PMA-SXと同じものが使えたのは出力段のカスコートブートストラップ回路のトランジスタぐらいです。
ほぼ総入れ替えとなりましたので、設計は非常に大変でした。
■特にアンプの心臓部ともいえるUHC-MOSが使えなくなったのは大きかったのではないでしょうか。
新井:そうなんです。
Sシリーズから一貫して使ってきたUHC-MOSでしたから技術が熟成していたのですが、
そのノウハウが使えなくなってしまいました。
これまで採用してきたのはコンプリメンタリー回路という方式でした。
それには回路上NチャンネルとPチャンネルという極性が相反する2つのFETが必要です。
しかしPチャンネルで使えるものがどうしても見つかりませんでした。
それで開発当初はセミコンプリメンタリー方式を採用することとし、回路検討を始めました。
ところが、これがほとんどモノにならなかった。とにかく動作が安定しなかったのです。
回路が発振してしまい、それを完全に止める術が見つけられなかった。
そのうち開発に使える時間もどんどん過ぎていき、この回路構成ではセミコンプリメンタリーは無理かもしれないと思い始めました。
そしてギリギリのタイミングで再度コンプリメンタリー回路で使えるMOS FETを探しました。
そしてなんとか見つけることができたんです。
■セミコンプリメンタリーで行けると思ったのに、できなかった。
設計の匠の新井さんでも、やってみないとわからない、ということがあるんですか。
新井:やはり半導体の回路設計は実際にやってみないとわからないのだと、思い知りました。
実際に回路を組む前にはシミュレーションプログラムで検証していましたから、
それほど苦労することなくセミコンプリメンタリーでいけるだろう、と予想していたんです。
ところが思った通りにはいきませんでした。
ここまで回路の安定度を出すのに苦労するとは思いませんでした。
●新たなUHC MOS が見つからなかったら、おそらく間に合わなかった。
■当初見つからなかったMOS FETはどうやって見つけたのですか。
新井:ネットで特性を入力して検索するのですが、おそらくほんのちょっとした入力の数字の違いだったのではないかと思います。
とにかく家でも会社でもずっと探していて、見つけたのは休日、家で検索していた時でした。
「あ、あった!」と。
最初のリサーチではなぜか網から漏れていました。
スペックを確認し、これならいけそうだ、と思ったのですぐに取り寄せてみました。
■それで音のテストをした?
新井:いや、音よりも先に、まずは回路の安定度を徹底的にチェックしました。
回路シミュレーターでは限界があるのがわかっていましたから、回路を組み、実機に組み込んで特性を取ってみました。
動作条件を含めていろいろ変えてみて、動作点を詰めていきましたが、
セミコンプリメンタリーよりはるかに安定度が出せそうだとわかったので、これでいこうと決めました。
■音のほうは、回路の安定度がとれてからですか。
新井:音決めはエンジニアによって違うので一概には言えませんが、
私の場合は、最初に音を出した時点でいけるかどうか、ほとんどわかります。
ある程度の回路で「この状態でここまで音が出ていれば、これはいける」という感覚があって、
今回は、音を出した瞬間に「これなら大丈夫」と確信しました。
■UHC-MOSが変わったことで、音決めもゼロから出直しですか。
新井:私の場合はデノンのアンプの設計を長年やっていますから、まったくゼロの振り出しに戻るということはありませんでした。
ただし心臓部のUHC-MOSのパフォーマンスは変わりますから、バランスをとるところには神経を使いました。
以前PMA2000の開発の時にやはりUHC-MOSの容量を増やしたことがあったのですが、
今回もそのときと似た手応えを感じたので、これはいける、と思いました。
■新しいUHC MOSは定格電流が30Aから60Aに、瞬時電流は120Aから240Aへと電流容量が倍増しました。
その結果、音はどう変わったのでしょうか。
新井:音質的な傾向としては、中低域が締まって、押し出しが良くなり、躍動感が高まる傾向がありました。
結果として「音楽が溌剌と聞こえる」と評価されています。
おそらくアンプの瞬発力が上がったのではないかと思っています。
実際にここまで大きな電流は使わないとしても、電流制御能力が高まったことで、
今まで以上に音楽信号に忠実に電流が流れるようになったのではないかと考えています。
いずれにしても、このUHC-MOSが見つかっていなかったら、PMA-SX1は予定通りには発売できていなかったでしょうね。
■その後、設計は順調に進んだのですか。
新井:ところがそうはいきませんでした(笑)。なんといっても半導体がほとんど入れ替えになりましたので。
半導体の素子にはバラつきがありますし、しかもタチが悪いことに半導体は温度で特性が大きく変わります。
もちろん素子のデータはメーカーから取り寄せてチェックしていますが、バラ付きまではわかりません。
しかも素子が増えれば、何百、何千とトラブルの可能性が増えます。
ですから台数が少ない初期の試作ではクリアできたことが、量産試作で問題となることがあります。
今回も技術的な試作の時には問題なかったのですが、量産試作では色々な問題が出てしまいました。
たとえばこのアンプの場合、動作保証を5℃から35℃としていますが、
デノンの品質保証上、もっと低温やもっと高温でも試験をします。
今回は0℃、あるいはマイナス10℃の低温環境で稼動した際に極端に音響特性が悪化しました。
それで部品を換えたり動作点を変えたりして、回路を温めたり冷やしたりしながら、丹念に問題を解決していきました。
■PMA-SX1では操作子が極端に削ぎ落とされました。それはどうしてでしょうか。
新井:回路構成が決まり、製品のコンセプトも「シンプル&ストレート」となった時点で、
プロダクトデザイナーが音のコンセプトを基にして製品のデザインを絵にするのですが、
デザイナーは「シンプル&ストレート」ということで、ツマミなどをギリギリまで全部外してくるんですよ(笑)。
それを見て、それなら実際に回路としても「シンプル&ストレート」を極め、可能な限りシンプルにしようということになりました。
ですから操作子は電源スイッチとボリューム、そして入力セレクタだけに絞りました。
●「こんなアンプにしたい」がカタチになるのがアンプ設計の醍醐味
■お話をうかがい、PMA-SX1の設計がいかに大変だったか、よくわかりました。
そんな中で新井さんにとってアンプを設計する醍醐味とはどんなところにあるのでしょうか。
新井:まずひとつは、今回のPMA-SX1もそうですが、自分が設計したアンプでここまでの音が出せた、という達成感があります。
でも私にとってのアンプ作りの本当の醍醐味は、計画段階の最初の方ですね。
私は電気が専門ですが機構も音質と密接に関わりますから、製品企画に全面的に参画しています。
今回はこんなアンプにしたい、という最初の思いが、実際にカタチになって世の中に出ていく。
そして最終的にオーディオファンの方々のラックに納まる。
そこがアンプ作りの一番面白い点だと感じています。
■設計では技術的な問題が必ず生じますよね。今回もかなりのピンチだったと思います。
新井:そうですね。ま、途中で思うようにいかなくて問題が発生するときは辛いです。
とはいえ、辛いとはいっても、物理現象なので解決できるとは思っているんですよ。
■さすがです。ところで最後の質問ですが、音決めで使った音源を何か一つ教えていただけますか。
新井:アンプの音決めではいろんな音源を使います。オーケストラではマーラーの交響曲を使いました。
それと、私はグレン・グールドなどのピアノの音源もよく使います。
ピアノは小学校の頃から生の音に触れる機会が多く、どういう音かよくわかっていますので、
生の音と再生音の違いがわかりやすいのではないかと思っています。
あとは女性ボーカルの音源で、リッキー・リー・ジョーンズの「POP POP」をよく聴きました。
■ありがとうございました。
アーティスト名:リッキー・リー・ジョーンズ
アルバム・タイトル:ポップ・ポップ
ユニバーサルミュージック
PMA-SX1の匠たち、第3回は製品デザインを担当した鈴木丈二のインタビューをお送りします。
ぜひお楽しみに。
(Denon Official Blog 編集部 I)