PMA-SX1の匠たち Part 3 プロダクトデザイン担当 鈴木丈二
デノンの新たなフラッグシップ・プリメインアンプ PMA-SX1。カタログでは語り尽くせないその本質を、開発に関わった4人の匠たちにインタビューしました。第3回はプロダクトデザインを担当した鈴木丈二が語ります。
デノンの新たなフラッグシップ・プリメインアンプ PMA-SX1。
「信号を増幅する」というアンプの本質をさらに追求し、
シンプル&ストレート化を徹底することで、従来モデルを凌駕する高音質を実現しています。
デノン公式ブログでは、PMA-SX1の開発に関わった4人の「匠たち」にインタビューし、
カタログやスペックなどでは語り尽くすことのできないPMA-SX1の本質に迫ります。
第3回はPMA-SX1のプロダクトデザインを担当した鈴木丈二が語ります。
PMA-SX1の匠たちシリーズ一覧はこちら。
Advanced UHC MOS シングルプッシュプル回路と
バランスアンプ回路を搭載した新世代のフラッグシップ・プリメインアンプ
プリメインアンプ
PMA-SX1 580,000 円(税抜価格)
CSBU デザインセンター
インダストリアルデザイン リーダー
鈴木丈二
●企画段階ではメーター付き、シャッター構造など様々なデザインを提案した。
■「PMA-SX1の匠シリーズ」3人目はプロダクトデザインを担当した鈴木さんにお話をうかがいます。
プロダクトデザインの作業は、製品の回路などが決まる前からはじまるのでしょうか。
鈴木:そうです。デザイナーはまだ製品のコンセプトを模索している段階から絵を描いていきます。
■製品企画当初は、設計セクションでいろんな方向性を模索したと聞きましたが、デザインもそうだったのですか。
鈴木:当初はいろんな案を考えました。
たとえばVUメーターを搭載したものなどを提案しています。
最近のHi-Fiオーディオのデザインには「アナログ回帰」の様な傾向があるのか、
他社でもVUメーターを使ったものが出てきています。
デノンにも以前はメーターを使ったデザインが結構ありましたので、そんな方向性も考えてみました。
■反応はいかがでしたか。
鈴木:NGでした(笑)。デノンのHi-Fiに見えないというのが理由でした。
もし変わるのなら、こういう方向性がいいのではないか、という思いはあったんですが……。
■そして次の提案は?
鈴木: 第一次提案の結果から、やはりデノンの伝統的なデザインの延長線上だろう、という方向性が明確になりました。
また、ディスカッションの中で、デノンのデザインはシンプルであるべき、という意見も多かったので、
第二次提案では、可能な限りシンプルなデザインを目指しました。
■具体的にはどんなデザインを提案したのですか。
鈴木: 本体のパネルに置くコントローラーを徹底的に絞り込み、
その他のコントローラーは下部のドアの中にしまうシャッター式を考えてみました。
※鈴木のスケッチより。左下が第一次提案のVUメーターを搭載したもの。
右中央は端子を覆うドアの構造を検討するためのスケッチ。
■提案した結果はいかがでしたか。
鈴木: これが大変不評でした(笑)。そういう方向性じゃないよ、ドアじゃないよと。
ただ「ここまでシンプルにしたのはいいね」と言われました。
この頃には設計の方針も固まりつつあり、回路自体もシンプルにしようということになり、
製品自体の「シンプル&ストレート」というコンセプトが見えてきました。
■プロダクトデザインが先行して「シンプル」というコンセプトを提示したということでしょうか。
鈴木:結果的にはそう言っていいかもしれません。実際にはいろんなものが同時進行でした。
回路設計の方は、歴代のフラッグシップ・プリメインアンプが培ってきた
UHCのシングルプッシュプルのフルバランスの方向性を突き詰めることになりました。
そしてデザインの方からはコントローラーを絞り込んだ極めてシンプルなデザインが出た。
そうしたら「これくらいシンプルでいきたいよね」と。
「とにかくアンプの素性で勝負しよう」ということになったわけです。
■そして次の提案となるわけですね。
鈴木:そうですね。ここまでは方向性を探って行く段階でした。
そしてここでPMA-SX1のコンセプトが明確になりましたので、それを基にして次の提案を行いました。
●ノブ2つだけ、というシンプルなデザインだからこそ、バランスが難しい。
■そして次のデザイン提案が最終となったのですか。
鈴木:そうです。
第二次提案までは拡散する方向でしたが、二案目でデザインも回路も
「シンプル化」というコンセプトが明確になったことで、最後はグッとまとまっていきました。
そして最終提案がツマミを極端に減らした、今の案に近いものです。
ただ最終のスケッチを描いている時でも、まだバランスコントロールなどはある前提でした。
でも結局最終のスケッチを見て、
「バランスコントロールもRECアウトもトーンコントロールもやめにして、ツマミは2個で行こう」と決断が下されました。
■そこからは、実際に細部を詰めていく作業ですね?
鈴木:もうここからは早かったです。
外観の要素は少なくしたい。
だが、ボリューム感、質感は出したい。
そこでまず、フロントパネルに無垢の分厚いアルミ材を使うことにしました。
パネルのボリューム感を強調するため、メインボリュームの周りを大きく削り、
パネル厚みをあえて見せる形状に仕上げています。
加えて大径のツマミを使用し、中央のメインボリューム周囲を造形的に強調しました。
さらにもう一つ、ボリュームにイルミネーションを入れて視覚的にも強調しました。
中央のボリューム周りを強調し、他の構成要素は控えめにしてバランスをとることで、
単純ながら、ボリューム感のある今のデザインができあがっていきました。
ちなみに苦労した点としては、リモコンの受光部をどう置くか、という点です。
受光部を別体とする案も考えまして、
自分としては結構手間も時間もかけていい案ができたのですが、却下(笑)。
結局小さい受光部でありながら広い角度でキャッチできる方法を開発しました。
※鈴木のスケッチより。一番上が最終に近いデザイン提案。
中段はボリュームノブのイルミネーションに関する構造を検討した際のスケッチ。
- ●イルミネーションは「いつかやりたい」と狙っていたアイディア。
■最大15mm厚のアルミ無垢のフロントパネルは迫力がありますね。
鈴木:アルミ無垢材は以前から使ってみたいと思っていた素材でした。
ただし非常にコストがかかるので、なかなか使えるチャンスがなかったのですが、
今回、フラッグシップモデルということで、やっと使えました。
アルミが一枚ものであることを造形的に強調したかったので、
ボリュームやセレクトダイアルの部分は彫りの深さを強調しました。
■厚いアルミ無垢材を使うことに関して、デザイン面での苦労はありましたか。
鈴木:デザインというよりは生産効率が気になっていました。
技術的に可能であることはわかっていたのですが、量産で実現できるかという点に関して、細心の注意を払って検証しました。
この厚いアルミの無垢材は、デザイン面だけのものでなく、
デノンの設計思想である「ダイレクト・メカニカル・グラウンド・コンストラクション」の一翼を担っています。
複数の部材で構成されている従来のフロントパネルよりも、ソリッドで重い1つの部材のほうが音質が向上します。
またボリュームノブにも同じことが言えて、
今回はノブ自体がアルミ無垢材の塊からの削り出しになっており、非常に重いものになっています。
この重さが、ボリュームノブやシャフトの防振性を高めており、これも音質に貢献しています。
■ボリュームのイルミネーションがとても美しいですね。
イルミネーションという手法は他のモデルでも使っているのでしょうか。
鈴木:素材感を活かしたイルミネーションという意味では、おそらく初めてではないかと思います。
実はこれ、私が以前からやりたいと思って狙っていたアイディアだったのです。
実際10年ぐらい前に別のモデルでも提案したのですが、その時には却下されたんです。
今回は素材感を活かしつつ、アナログ的な暖かみを出すこともできたので、このモデルで採用されて良かったと思っています。
■ノブはどうやって光らせているのでしょうか。
鈴木:ノブの奥に発光体が放射状に入っています。これがムラ無く、ちょうどいい明るさになるように調整するのは大変でした。
■暗い部屋で見ると、特に美しさが際立ちます。
鈴木:アンプの内部が光っているようにしたかったんです。
情緒的な言い方をすれば、 内燃機関の窓のように、内側の熱が漏れているようなイメージにしたかった。
設計の新井にも無理を言って、電源投入時にはまるで真空管のように、
少しずつゆっくり明るくなるような工夫をしてほしい、とお願いしました。
でも逆に新井から依頼されてトップパネルの穴のデザインもやりました。
■トップパネルの穴、ですか?
鈴木:トップパネルとはアンプの天井の板ですが、その板には内部の熱を逃がすために穴が空いています。
その穴のデザインです。
今回は設計の新井からこの穴について特別にデザインの依頼がありました。
新井からのオーダーは「同じサイズの穴が連続しないように、非対称のものにしてほしい」ということだけ。
規則正しい穴だと、固有の振動数を持ってしまい共振を起こして音質が劣化する要因となるからです。
それでこのような不均等な穴をデザインしました。
お客さまからは見えにくい、目立ちにくい点ですが、このあたりの細部も音質向上のための工夫です。
■今回のインタビューで、プロダクトデザインがいかに大変なのかよくわかりました。
最後に、今回特に苦労した点を教えてください。
鈴木:Hi-Fiオーディオのプロダクトデザインでは、とにかくたくさん絵を描くんですよ。
それでほとんどはボツ。無駄になってしまいます。
しかもフラッグシップモデルともなると、誰もが必ず何か言いますからね。
しかたないことと割り切っていますが、今回はちょっと多かったです。
PMA-SX1は、今回は自分としては、「夢のような仕事に近かった」と思っています。
プロダクトデザインはいつも非常に制約が多く、なかなか思うようにはいかないのですが、
今回はコンセプトが「シンプルでいく」と決まってからは、設計とデザインが同じ方向を見ていい仕事ができました。
それに個人的には「無垢の分厚いアルミフロントパネル」と「イルミネーション」という、
ずっとやってみたかった2つができました。
それも良かったと思っています。
そういえば今回イルミネーションの案を提案したとき、上司が苦笑いしてましたよ。「お前、こういうの好きだよね」って。
- ●ありがとうございました。
PMA-SX1の匠たち、第4回(最終回)は製造を担当した
生産本部生産部の増子敏美、君島直樹のインタビューをお送りします。
ぜひお楽しみに。
(Denon Official Blog 編集部 I)