素顔の音楽家たち第8回 ドビュッシーは女の敵だった?
音楽の歴史に名を残している偉大な作曲家や演奏家、そんな天才たちのエピソードをご紹介する「素顔の音楽家たち」。今回は、自由な音の響きを重視した印象派を代表する作曲家、ドビュッシーをご紹介します。
《月の光》や《亜麻色の髪の乙女》など、美しいピアノ曲で知られる、ドビュッシー。
特に、女性の間では人気の高い作曲家のひとりでしょう。
その麗しい曲調から、作曲者のドビュッシーをロマンチックで素敵な男性だと連想する人も少なくありません。
しかしながら、実際のドビュッシーは、クラシック音楽の歴史の中でも、かなーり評判の悪い男でした。
ここまで評判が悪い作曲家は、ドビュッシーのほかには、あのワーグナーぐらいではないでしょうか(彼の悪評も、近々ご紹介しましょう)。
まずはドビュッシーの生い立ちに簡単に触れておきましょう。
彼は、1862年、パリ近郊に生まれました。
幼い頃から音楽の才能を発揮し、10歳にしてパリ国立音楽院に入学。
音楽院では優秀な成績を収め、1884年、作曲家の登竜門であったローマ大賞を22歳の年に受賞しています。
しかし、若いうちから存在を知られ、1894年初演の《牧神の午後への前奏曲》で成功を手にしたにもかかわらず、生涯、フランス音楽界の要職に就くことができず、才能の割にはいまひとつパッとしない人生を送りました。
彼が仕事に恵まれなかった理由は、冒頭でふれた"悪評"の影響です。
ドビュッシーの悪い評判は、音楽院時代からありました。
教師たちの間で、「才能はあるかもしれないが、態度が悪い」と言われていたのです。
フランス音楽界の巨匠で音楽院の教授だったフランクにも、ピアノのレッスン中に口答えしたと伝えられています。
まわりの友人や知人たちからも、「愛想がなく、無口」「気難しくて、冷徹」「神経質」「短気」など、さんざんな言われよう。
基本的に人付き合いが嫌いで、シャム猫を飼い、人といるより猫といることを好んだそうです。
いつもおしゃれないい服を着て、部屋にはお気に入りの絵や版画、花などを飾って暮らしていましたが、そうした贅沢な暮らしを守るために友人からお金を借りては往々にして返さなかったとか。
このあたりの身勝手な感じも、"究極のオレ様男"だったワーグナーと似ています。
そんなドビュッシーの悪評の最たるものは、"女ぐせの悪さ"です。
彼は、若い頃からいろいろな女性たちと関係がありましたが、特筆すべき相手は3人います。
1人めが、売れない時代の彼を支えたギャビーと呼ばれた女性で、彼女とドビュッシーは数年にわたって同棲していました。
2人めが、ロザリー・テクシエという女性です。
ドビュッシーがロザリーに気を移したことで、ギャビーとの関係は崩壊し、その後、間もなくしてドビュッシーはロザリーと正式に結婚しています。
しかし、すぐに彼はほかの女たちに目移りし始め、ロザリーを泣かせていたようです。
そんな浮気相手のひとりが、3人めとなるエンマ・バルダック夫人でした。
当時、裕福な銀行家の妻で、プロ並みに歌が上手く、当時のフランス音楽界の中心的人物だったフォーレの愛人でもあった女性です。
結局ドビュッシーは、ロザリーと別れて、銀行家と離婚したエンマと再婚し、最愛の娘も生まれてようやく落ち着きます。
こうして書くと、「なんだ、それぐらいの男なら、世の中にいっぱいいるだろう」と思われるでしょう。
しかし、問題は、ドビュッシーが単に女性をとっかえひっかえしていたことではありません。
実は、ギャビーもロザリーも、ドビュッシーともめた時にピストル自殺(!)を図っているのです。
幸い、ふたりとも命はとりとめましたが、どちらの事件もマスコミを騒がせました。
男女のことですから、真相は当人たちにしかわかりません。
しかし、ふたりも自殺未遂を起こしていることを考えると、ドビュッシーの女性への対応がいつも相当にヒドイものであったと推測せざるを得ないでしょう。
実際、関わりのあった女性の自殺未遂というスキャンダルは、ドビュッシーの社会的信用を大きく失墜させました。
その頃、フランス音楽界を牛耳っていたのはサン=サーンスでしたが、彼はドビュッシーの人間性を嫌って、ドビュッシーが音楽界の要職に推薦されると、ことごとく話を潰したといわれています。
そんなわけで、ドビュッシーは生涯、安定的な収入を得ることができず、55歳で亡くなるまでの間、金に苦労した人生を送りました。
人生、大事なのは、やっぱり、才能だけではないのですね……。
アーティスト名:冨田 勲
アルバム・タイトル:月の光
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(ライター 上原章江)
『クラシック・ゴシップ!』 ~いい男。ダメな男。 歴史を作った作曲家の素顔~
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上原章江 著 ヤマハミュージックメディア