AH-D7200開発者インタビューVol.1
「秋のヘッドホン祭」で発表されて大きな話題を呼んだ、デノンのヘッドホンの新しいフラッグシップモデル、AH-D7200。その設計思想やサウンドの核心に迫るべく、開発者にインタビューを行いました。今回はそのPart1をお送りします。
「秋のヘッドホン祭」で発表されて大きな話題を呼んだ、デノンのヘッドホンの新しいフラッグシップモデル、AH-D7200。
その設計思想やサウンドの核心に迫るべく、開発者にインタビューを行いました。今回はそのPart1をお送りします。
デノンのヘッドホンの新たなフラッグシップモデルが登場しました。その名はAH-D7200。
デノンヘッドホン50周年に送る新たな時代のフラッグシップモデルであり、今なお銘機の誉れ高いAH-D7000の血統を継ぐモデルでもあります。
どんな点がAH-D7000譲りなのか、そしてどんな点が新しいのか。
さらにカタログやスペックでは表現できない設計思想などについて、開発を担当した設計者、成沢真弥にインタビューしました。
2016年10月22日、秋のヘッドホン祭会場で行われたAH-D7200の記者発表の様子はこちらのエントリーをご覧ください。
オーバーイヤーヘッドホン
AH-D7200
オープン価格
2017年1月中旬発売
GPDエンジニアリング
成沢真弥
●まずは開発の経緯から教えてください。
成沢:今なおレジェンド的な存在として、「AH-D7000」(2008年発売)というフラッグシップモデルのヘッドホンがあります。
このモデルはすでに生産完了となっていますが、このモデルを超えるヘッドホンを作ろう、というのがAH-D7200の開発コンセプトでした。
※AH-D7000についてはこちらをご覧ください。
●AH-D7000は具体的にどんな点が評価されたのでしょうか。
成沢:デノン独特の中低域の充実感と抜けの良さ、また音場の広がり感です。
さらに、それでいて長く聞いていても疲れない音造りです。
●AH-D7200では、それをより進化させるということですか。
成沢:音の方向やデザイン的な側面は継承しつつ、D7000の音の延長線上で、より解像度の高い音に進化させるというのが、今回のAH-D7200の開発のポイントです。
↑AH-D7000(左)、AH-D7200(右)両方とも天然木を採用している。
●具体的にはAH-D7000からどんなものを引き継いだのでしょうか。
成沢: AH-D7000のサウンドの要である「フリーエッジドライバー」はAH-D7200でも採用しました。
●フリーエッジとはどういう意味ですか。
成沢:振動板の周辺が柔らかくできているから「フリーエッジ」なんです。
まず普通の振動板を見てください(下の写真)。
この透明な板が振動板ですがエッジの部分がそのまま外枠にくっついています。
ですからコイルがある真ん中の部分はよく動きますが、エッジの方は固定されているため、だんだん振動が少なくなります。
↑通常の振動板
成沢:そしてこちら(下の写真)がAH-D7200で使っているフリーエッジです。
振動板がグレイに見える部分です。エッジ部分はダンパーといって白い別の素材ですが、ダンパーによってエッジが支持されています。
ですから振動板は中央からエッジまで自由に動けるようになっています。
これが「エッジがフリー」という意味です。
この構造なら振動板は全体が平行に動かせるんですね。
つまりは通常のスピーカーと同じ構造なんですが、多くのヘッドホンではコストや手間がかかるため、この方式を採っていません。
AH-D7200の50 mmフリーエッジ・ナノファイバー・ドライバー
●50mmという口径もAH-D7000と同じですか。
成沢: 同じです。ヘッドホンのドライバーは大きければいいというものではなく、軽く、かつ振動板が曲がらずに振幅する程度にしなくてはいけません。
そうしなければ、感度が低くなったり、周波数特性のバランスが大きく崩れたり、分割振動が低い周波数で始まり、音が濁ってしまいます。
●なるほど。ではAH-D7000のAH-D7200のドライバーはほとんど同じなのでしょうか。
成沢:素材の面で進化しています。振動板の素材が変わりました。
AH-D7000ではマイクロファイバーという素材を使っていました。
AH-D7200ではナノファイバーにかわっています。
どちらも繊維と紙を混合した素材ですがナノのほうがより細かい繊維が紙に梳き込まれています。
●AH-D7000のマイクロファイバーとAH-D7200のナノファイバーではどんな違いがあるのでしょうか。
成沢:優れた振動板の条件とは、硬くて、軽くて、内部損失が大きいことです。
マイクロファイバーという素材は軽くて硬い素材でしたが、ナノファイバーはさらに硬くて軽くなっています。
軽くなれば反応が俊敏になりますので、音の急峻な立ち上がりへの追従や緻密な音の再生能力が高まりますし、なにより30kHz以上といった高周波再生も可能になります。
また曲がりにくいので、理想的なピストンモーションができる帯域も増えます。
●ナノファイバーはAH-D7200のために開発されたのですか。
成沢:そうです。ナノファイバーは7200のために特別に開発されました。
ファイバーの混合の比率などはいろいろ試行錯誤して最良のものを選びました。
●継承といえば、AH-D7000は天然木のウッドハウジングも大きな特徴ですね。
成沢:AH-D7000の最大の特長はリアルウッドのハウジングでしたので、AH-D7200でもそこは継承しました。
ただこれも単なる継承ではないんです。
AH-D7200では天然木の素材を変えました。
AH-D7000はマホガニーでしたが、AH-D7200ではアメリカン・ウォールナットを採用しました。
↑ハウジングにアメリカン・ウォールナットの天然木を採用したAH-D7200。
●ハウジングの木材の違いで音は変わるのでしょうか。
成沢:結構違いますよ。振動板の後ろ側を覆うのがハウジングなんですが、実際にはかなり振動しているので音に影響するのです。
たとえばAH-D7000で使っていたマホガニーは鳴りやすい、鳴きやすい、振動しやすいという特徴があります。響く素材なんです。
一方AH-D7200で採用したアメリカン・ウォールナットは、非常に鳴きが少ないです。
●鳴きが少ないとは?
成沢:固有の振動数が少ないということです。
響きがいいマホガニーを選ばず、なぜアメリカン・ウォールナットを選んだのかというと、そこは「時代性」という視点です。
ハイレゾなどの高精度の音源が増えている中、ヘッドホンにもクリアで緻密な再生能力が要求されていると考えました。
アメリカン・ウォールナットは定位が明瞭でタイトな音、引き締まった現代的な音を出すことができます。
それが先ほど述べたD7000からの進化ポイントでもあります。
木の温かみは出しつつも鳴かせすぎずディティールも聞ける音にしています。
設計時には、ハウジングの振動をレーザーで測定し、ベストな形状や制振の方法を探りました。
赤-緑の色で示される、各周波数ごとの振動測定結果。
ドイツで行われる、レーザーで測定中のハウジング。
●アメリカン・ウォールナットに行き着くまでに、ハウジングの素材選びでは苦労があったのでしょうか。
成沢:木の種類で響き方がかなり変わってくるので、いろいろ試してみました。
白樺、かりん、椿、シダー、黒檀。胡桃、マホガニーなど、さまざまな木材を検討して試作しています。
ちなみにこちらが検討した木材のサンプルです。
↑AH-D7200のハウジングの素材として検討した木材のサンプル。
●かなりいろんな木材を試したのですね。天然木ということで設計上の苦労はありましたか。
↑AH-D7200のハウジングの裏側。天然木であることがよくわかる。
●木目もいろいろありますよね。
成沢:そこもアメリカン・ウォールナットの魅力で、この素材は特に木目が出やすいんです。
ですから同じ木目の製品はありません。
世界にひとつだけの木目をもったヘッドホンになるんです。
このあたりが、「持つ歓び」を感じていただけるポイントではないかと思っています。
「自分だけのヘッドホン」という感覚を味わうことができます。
↑天然木のため一つ一つ木目が異なるAH-D7200のハウジング。
●このハウジングはとても手触りがいいですね。
成沢:AH-D7000は艶のあるグロッシーな塗装でしたが、AH-D7200のハウジングは木目が出て、しかも手触りのいいマット加工にするなど、塗装にも気を配りました。
塗面をできるだけ薄く仕上げることで温もりを感じさせるようにしています。
ただ薄い塗装は剥がれやすいので難易度が高く、かなり手間がかかります。
塗装に関してはかなり苦労しましたね。試行錯誤をしてやっとこの感じで仕上げられるようになりました。
●ほかに苦労した点はありますか。
成沢:なんといっても装着性ですね。しっかりと耳にフィットするか、着け心地は快適か。
実はヘッドホンにおいて、音質と装着性の重要度って50対50ぐらいではないかと私は思っているんですよ。
●えっ! ヘッドホンって、音と同じぐらい装着性が大事なんですか!知りませんでした。
次回そのあたりを詳しくお聞かせください。
Part2へ続く。
(Denon Official Blog 編集部 I)