読む音楽ナイトフライ録音芸術の技法と鑑賞法 冨田恵一著
名盤の誉れ高いドナルド・フェイゲンのアルバム『ナイトフライ』を、冨田ラボの冨田恵一が徹底的に解析した一冊『ナイトフライ〜録音芸術の技法と鑑賞法』をご紹介します。
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スティーリー・ダンのメンバー、ドナルド・フェイゲンが1982年にリリースした初のソロアルバム『ナイトフライ』は、20世紀を代表するポップアルバムとして高く評価されています。
このアルバムを当代きってのポップ・マエストロである冨田ラボの冨田恵一が本一冊まるごと使って解析し、この名盤の真髄に迫った『ナイトフライ〜録音芸術の技法と鑑賞法』をご紹介します。
ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法
冨田 恵一 (著)
「無人島CD」の第一回で編集部I(私)が取り上げたアルバムでもあるドナルド・フェイゲンの名盤『ナイトフライ』。
このアルバムは、スティーリー・ダンの中心人物のドナルド・フェイゲンの初のソロアルバムということでリリース当初に話題を集めましたが、35年もの時を経ても、今なお楽曲のクオリティの高さ、演奏の素晴らしさ、卓越した録音技術で高い評価を得ているアルバムです。
録音の高さとサウンドのバランスの良さから、ミキシングエンジニアやPAのエンジニアが好んでリファレンス用のアルバムとして使用することでも有名で、コンサート会場でPAエンジニアが大音量でこのアルバムを再生しながら音質の調整を行っているシーンを何度も見かけたことがあります。
THE NIGHT FLY
ドナルド・フェイゲン
そんな名盤を徹底的に分析したのが、当代きってのポップスマエストロであり、おそらくドナルド・フェイゲンのフォロアーでもあるであろう、冨田ラボの冨田恵一さんです。
冨田恵一はギター、ベース、キーボードなどほとんどの楽器を一人でこなし、作曲、アレンジ、レコーディングも一人で行って非常に高い完成度の音楽を作りだしているアーティスト/プロデューサーで、今までに冨田ラボ名義で 5枚のアルバムを発表していますが、いずれの作品もクオリティが高いポップアルバムとして高い評価を得ています。
また冨田ラボは楽曲ごとにボーカリストを起用しているのも特筆すべき点ですが、その顔ぶれもすごいものがあります。
たとえば松任谷由実、キリンジ、高橋幸宏、大貫妙子、佐野元春、吉田美奈子、原由子、横山剣、椎名林檎など。
まさに豪華絢爛なラインアップです。
さて第一線のサウンドクリエーターは『ナイトフライ』をどう解析するのでしょうか。
SUPERFINE
冨田ラボ
上の写真の帯にある目次をご覧いただければわかるように、本書はまるで論文のように論理的な構造で精緻に組み上げられており、文体も非常にしっかりしています。(音楽家である冨田恵一がこんなに文章が上手いとは思いませんでした)。
内容としてはまず第1章、70年代のスティーリー・ダン作品との違いが述べられており、特にレコーディングのツールがデジタル変わりはじめた時期であるという背景が説明されます。実際『ナイトフライ』のレコーディングはデジタルレコーディングが導入されており、ドラムも比較的大きな比率で打ち込みのものが使われています。
そして第2章が圧巻です。アルバムの収録順に曲ごとの解説されているのですが、その詳細さは冨田恵一のようなトッププロの音楽制作者でなければ決してできないレベル。喩えて言えば伝説のシェフの料理を、現代の超一流シェフが解析するような趣です。
たとえば、普通の評論家が書く解説は、その曲の感想であったり、曲に込められたアーティストの気持ちを類推するものであったり、共演しているミュージシャンの説明などだと思いますが、冨田恵一は、素材レベルに分解して徹底的に解析しています。
たとえば1曲目の『I.G.Y』には2人のドラマーがクレジットされていますが、どの部分がどちらのドラマーなのか、あるいはその部分が打ち込みなのか。まるで考古学者のように緻密に小さな証拠を積み上げて解析していくのですが、実際にその部分を聞きながら読むと、まるで推理小説での犯人捜しのように面白いのです。
3曲目の『 Ruby Baby』のピアノソロですが、これは出だしの数小節がキンクスの『You really got me』を引用している、という分析も、そう言われて気づきましたが、全く歌い出しのメロディをそのままソロの頭で使っています。
また『New Frontier』という曲ではエイブラハム・ラボリエルという腕利きのベーシストを起用していますが、なぜこの曲で彼が起用されたのか、その特長は何なのか、それが曲のどのあたりで特徴的に聴き取れるのか、といったことまでも克明に分析しています。
これも実際に『New Frontier』を聞きながら読むと、まったくもってその通りだと感心します。
今までなんとなく聴いていた曲ですが、急に解像度が上がって、いろんな細かい部分にどんどん気がついていきます。
この感じを料理に例えてみますが、美味しい料理を食べたときに「これは旨い!」と感嘆するのはいわゆる普通のお客さまの感想です。
もちろんそれでも充分幸せですが、もっと解像度を上げて分析することで細部まで味わえるようになると、その料理はもっと深く重層的に味わえるようになるのではないでしょうか。
たとえばこの魚はどこで獲れたものなのか、この肉はどの部位のどんな肉なのか、どんな包丁でどんな風に切られたのか、どんな下味を付けたのか、どのような調理法で処理されたのか、どんな隠し味がどのタイミングで入ったのか。
こういう事が見えてくると、一皿の料理が立体的に味わえ、食事の楽しさが何倍にもなるのではないでしょうか。
おそらくは音楽にも同じことが言えて、メロディ、歌詞、ボーカルの声といった基本的な素材の要素から、アレンジメント、楽器構成、ソロや伴奏のそれぞれの楽器の演奏内容、そして録音、ミックス、マスタリングなど、さまざまプロセスがあります。
音楽的なクオリティが高い作品であれば、それぞれのプロセスでプロが腕を振るっているわけで、ましてやこの稀代の名盤『ナイトフライ』であれば、録音の匠、作曲のマエストロ、演奏のバーチェオーゾが腕によりをかけているわけですから、これはもう聞き手としてもとことん味わい尽くさないともったいないわけです。
ただ、そうした名作を隅々まで味わい尽くす知識と能力も、料理を味わう「舌」のように訓練して身につける必要があって、この本はそうした「耳」を鍛えるのには、うってつけの一冊だといえるでしょう。
ちなみに私自身、何百回も聴いたはずの曲ばかりですが、ある曲にスティーブ・カーンが弾くアコースティックギターが入っていることに気づきませんでした。
しかし一回気づくと、あのアコースティックギターのサウンドがこの曲で非常に大きな役割を果たしていることに気づきました。
まだまだ未熟な耳だなぁと反省しています。
それともう一つ、この本を読みながら『ナイトフライ』を聴くのなら、ぜひいいオーディオで楽しみたいですね。
絶妙のミックスバランスで録音されている音楽ですから、細部までよく聞こえる、解像度の高いオーディオシステムで聴くと、より高い制度で音楽が味わえます。
ちなみに私はAH-D7200で聴いてみたところ、いままで気づかなかった細部や音の陰翳までがよく聴き取れました。
みなさまもぜひ、この本を読みながらドナルド・フェイゲンの『ナイトフライ』を聴くことをオススメします。
音楽の深みがとことんわかります。
(Denon Official Blog 編集部 I)