AH-D7200スペシャルインタビュー レコーディングエンジニア浜田純伸氏
ジブリで有名な作曲家久石譲の作品をはじめ、長年数多くのレコーディングに携わってきたレコーディングエンジニア浜田純伸さんに、デノンヘッドホンのフラッグシップモデルAH-D7200をご試聴いただき、インタビューを行いました。
作曲家久石譲の作品をはじめ、長年数多くのレコーディングに携わってきたレコーディングエンジニア浜田純伸さんに、ヘッドホンのフラッグシップモデルAH-D7200をご試聴いただき、インタビューを行いました。
株式会社サウンドインスタジオ 事業部長
レコーディングエンジニア
浜田純伸氏
浜田純伸(はまだ・すみのぶ)
・1984年九州芸術工科大学(現、九州大学)芸術工学部音響設計学科卒業。専攻は空間音響。同年4月、株式会社にっかつスタジオセンター入社。主に映画音楽の録音にアシスタントとして参加。
・1985年作曲家 久石譲のもとで、株式会社ワンダーステーション設立に参加。以後、久石譲を始めとして、数多くのセッションに参加する。
・1996年“Kids Return”のメインテーマ曲録音において、日本プロ音楽録音賞受賞。
・1993年(社)日本音楽スタジオ協会理事を務めた後、日本ミキサー協会の設立に携わり理事となる。
・2007年スタジオのオーナー変更に伴い、メモリーテック株式会社スタジオ事業部へ移籍。
・2012年同社を退社。フリーとなる。ブッキングマネージメントは㈱クレイコーポレーションに委託。
・2014年7月株式会社サウンドインスタジオに所属。技術部長。現在、株式会社サウンドインスタジオ執行役員 音楽スタジオ部長、日本ミキサー協会監事,日本音響学会会員,専門学校HAL東京 非常勤講師。
手がけたアーティスト
久石譲/大野克夫/千住明/Sound Horizon/サキタハジメ/コトリンゴ/上田正樹/奥田瑛二/Ali-Project/清水靖晃/純名里沙/永作博美/平原綾香/中西俊博/KIRITO/浜田省吾/ほか多数
手がけた映画作品
チャイナシャドー/タスマニア物語/水の旅人-侍kids/となりのトトロ/魔女の宅急便/紅の豚/あの夏いちばん静かな海/ソナチネ/キッズリターン菊次郎の夏/BROTHER/千と千尋の神隠し/この世界の片隅に、ほか多数
今回試聴したヘッドホン
AH-D7200
オープン価格
詳しい製品情報はこちらをご覧ください。
●浜田さんは久石譲作品のレコーディングエンジニアを数多くされていらっしゃいますが、久石さんとは長いお付き合いなのでしょうか。
浜田:僕がこの業界に入って1年半ぐらいのとき、久石さんから「スタジオを作るから来ない?」と言われて、それからもう30年以上ずっと、という長いお付き合いになっています。
●ジブリ作品などでは久石さんとは最初からずっとコンビでやられていたということでしょうか。
浜田:ほぼ、そうなりますね。とはいえいまだに分かっていないことのほうが多いんですけどね。
たまにちょっと偉そうなこと言うと「お前は何も分かってない」と久石さんに言われます。30年たってもいまだに分からないことだらけです。
●とはいえ30年もいっしょに仕事をしていると、お互いに変化、というか進化もしますよね。
浜田:それはもちろんあります。お互いに好みも変わってくるし。
だから、その中でまた理解を深めていかなければならないんです。
世の中にたくさんいるエンジニアの中では、久石さんのことを分かっているほうだと思ってもらえているから仕事が来ていると感じているので、それを裏切らないようにしたいと思っています。
●久石さんの音楽はジブリ映画などで大変人気がありますが、現代音楽の作品もありますよね。
浜田:久石さんはもともと現代音楽をやっていた方で、今でも現代音楽の要素を随所に取り込んだ作品を多く作られています。
現代音楽はある意味で社会から離れて勝手に進化したものですが、それが一般の領域でも使えることを示そうとしているのではないかと思います。
たとえば、久石さんの作品で福山雅治が出ているダンロップのCMがあって、これがめちゃくちゃ不思議なCMなんですよ。
楽器編成もとてもユニークなんです。聴いてもらえればすぐわかると思いますけど。そういうことも一般の領域で平気でやろうとしていて、すごく面白いと思っています。
●浜田さんは久石譲さんの作品として、宮崎駿監督作品や北野武監督作品など数多くの映画作品で録音を担当されていますが、その他にも多くの仕事をされていますよね。
浜田:映画では「名探偵コナン」や、最近ではアニメの「進撃の巨人」関係の録音に携わっています。
またとある録音では、ミュージシャンを集めて全部生で演奏して、そこに弦、金管、木管、パーカッションなどフルオーケストラの楽器を全部ダビングし、編集して全部ピターッと合わせる、といったプログレッシブ・ロックみたいなこともやっています。
エンジニアに大切な能力は「国語力」かもしれない。
●レコーディングエンジニアで大切な能力とはどんなモノでしょうか。
浜田:音楽家の頭にあるものを理解出来るコミュニケーション能力とそれを実現できる技術力でしょうかね。
●それは具体的にいうとどういうことでしょうか。
浜田:音楽家が何か言ったとき、こちらで選択肢を持っていて、実際に話しながら提案したり、創っていくことです。
エンジニアってある意味でトランスレーター(翻訳家)なんです。
だから、作家の頭の中にあるものを、「じゃあ、これですか」と具体的な音にトランスレートしてあげないといけない。
ですからそこはすごく大事ですね。見えないものを、具現化しないといけない。
そして答えがあるものではないから、『自分の解釈はこうです』と言えるのが大事で、それを受け止める側も、その多様さの中から選んでいければいいと思います。
●実際の現場ではどんな風に提案するのでしょうか。
浜田:たとえば「もうちょっと抜けをよくしたい」と言われたとします。同じ「抜けをよくしたい」でも人によって全然違うのです。
単純にハイエンドの 10kHz〜20kHzをイコライザーで上げれば抜けがよくなったって言う人がいれば、逆にそこを下げることによって抜けがよくなったと思う人もいます。
逆に中低域をいじることで納得される場合もあります。また、イコライザーの問題ではない時もあります。
もちろん自分がいじろうと思っている部分とかぶるような意見であれば、ある程度の想像はつくのですが、自分としては「十分抜けのいい音だ」と思っているときに「抜けをよくしたい」と言われると混乱しますよね。
でもその「抜け」という言葉は、僕が思っている「抜け」とは違う言葉である可能性があるんです。同じ単語でも、人によって使い方は大きく違う。
だから、この人が言っている言葉は何なのかとか、この人が求めているものが何なのかを理解するのは、最初の人の場合すごく時間がかかる。
そんなわけでエンジニアと作家って、割と同じコンビでやり続けることが多いのです。
●それは大変ですね。
浜田:とはいえ、結局僕らは、言葉にするしかないので、言葉を介して音や感情を伝え合います。
音楽は譜面にして表しますが、今、レコーディングでは、譜面以上の要素がすごく増えています。
譜面にしただけでは表せない部分を、僕らがサポートしているんです。
たとえば「クレッシェンド」と言っても、クレッシェンドの具合はどうなのか、直線的なのか、カーブなのか、いろいろあります。あるいはどのくらいまでのフォルテなのか。
そういうことは、今はレコーディングエンジニアがコントロールできるようになってきています。
●エンジニアは作曲家との共同作業者のようですね。
浜田:作曲家の頭の中で鳴っている音を、実現するためにエンジニアが必要になったんです。
久石さんが譜面を書いた、アレンジをした、オーケストレーションをやった時に、久石さんの頭の中で鳴っているものを、ある程度忖度(そんたく)し、考えて形にします。
それに対しての意見から、久石さんが本当に言いたいことを理解しなくてはいけない。
たとえば「レベルを上げて」って言われた時に、単純にレベルを上げるだけではなく、ほかのレベルを下げる、イコライザーをいじる、倍音を足す、リバーブを増やす、あるいは減らすなど「レベルを上げる」という言葉が示すものにはいろいろなパターンがあります。
その中でどれを選ぶかが、一番難しいところです。何を意図して「レベルを上げて」と言っているのかを考える。
例えばメロディーラインが聴こえないからレベルを上げたいのか、ハーモニーのバランスを取りたいのか。いろんなケースがあります。エンジニアの仕事って、ほとんどがそういう部分だから、もしかしたら国語力のほうが大事かもしれないですね。
AH-D7200は広がり感を非常によく再現しています。
これならスピーカーに近いから仕事で使えるかもしれない。
●それではいよいよデノンのヘッドホンのフラッグシップモデルAH-D7200を試聴していただきたいと思います。お願いします。
浜田:(手にして)さすがに作りがいいですね。細かいところまで気を使っている。じゃあ、音源を聴いてみましょう。
(ミキシングコンソールから HPモニターアンプに繋いで) 困ったなー。よくできてる。嫌なヘッドホンだね。
全部聴こえる。中高域のコンプ感とか位相感とかが、すごくはっきり出るから、「あ、まずったな」と思いながら「ま、いっか」なんてやっていたところが、割とちゃんと出ちゃう。
もう少しバレないようにしてもらいたいです(笑)。特に広がり感は非常によく再現されていますね。これ、ヘッドホン的な広がり感じゃないですよね。まるでスピーカーで聴いているようです。
●よくそう言われます。密閉型ヘッドホンなので、みなさんサウンドステージについては期待しないんですが、聴くと「広がり感がある」と言っていただけます。
浜田:ハイレゾとそうじゃないものを聴いてみたんですけど、ハイレゾになった時の違いが非常によく見えます。
空気感がよく見えるんです。そのあたりの位相がすごくいいので、やっぱりバチッと広がったものに関しては、キチッと広がって聴こえます。
音場感が非常にスピーカーで聴いた感じに近いので、これだったらミキシングでも使えると思います。それにしても、やったままの音してる。まいったなあ。
●低音についてはいかがでしょうか。
浜田:お腹にくる低域感っていうのはないです。といっても足りないからって100Hzぐらいを上げちゃうと、パッと聴きは気持ちいいかもしれないけど位相の問題が出てくると思う。
でもアナログ盤だったらちゃんと低音がいる。だから、その下ですね。でも、今聴いていて思ったのは、そこだけ。逆に言うと、あとは素晴らしいと思います。
●アナログとデジタルでは低音が違うのですか。
浜田:昔のアナログ時代と今のデジタル録音の最大の違いは、アナログ時代にはアナログテープを通すことによって低域が適度に抑えられてダンピングされてくれるので、低音は出しっぱなしで何も処理しなくても、適当な低域感みたいなところに納まる。
テープコンプがよく効いているんです。あと、特性としてアナログってローエンドまで伸びない。
そういうことがあるから、普通に録って普通にVU0近辺を振らすと、低域が占めるエネルギーっていうのは、それ以上にはならないんです。
だからちょっと突っ込み気味でテープコンプをかけておくと、平均したいい感じの低域感が得られたんです。
ところがデジタルに変わってからはデシタルの中でも完全に足し算になっちゃうから、位相が合っちゃうと、低域がふくらんでしまいます。
ですから「低域をどうコントロールするか」が重要で、多分そこが一番難しいのだと思います。
●AH-D7200はレコーディングでも使えそうですか。
浜田:使えそうですね。例えばホール録音の時などでは特に使いやすいと思います。それとミックスした後にヘッドホンチェックをしますが、その時にも使えそうです。
●ヘッドホンチェックでは、どんな点をチェックするのでしょうか。
浜田:特に定位感ですね。端のパンの振り方や、パンによるバランスの違い。それとボーカルのシーンなど。そういうのはヘッドホンでチェックすると顕著に出るのでチェックします。
PCMのハイレゾは輪郭がハッキリ出て
DSDでは空気感や艶めかしさが表現できる。
●AH-D7200のレビューありがとうございました。最後に最近話題のハイレゾについておうかがいしたいと思います、音楽の作り手としてフォーマットが違うと、できることが変わってくるのでしょうか。
浜田:フォーマットが変わればハコが変わるわけですから、できることも変わりますし、重視することも違ってきます。
●一般のオーディオファンの世界ではハイレゾのフォーマットに関しても「PCMとDSDではどちらがいいか?」などと論議していますが、そうではないということですか。
浜田:単純な比較はできないんです。フォーマットによって生きてくるところやできるところが違う、つまり目指す方向が違うんです。
●DSDとPCMではそんな点が違うのでしょうか。
浜田:例えば、PCMはものすごくカッチリしている。輪郭がはっきり出ます。サンプリングレートやビット数が上がるほどカッチリしてくる。
きれいにディテールがはっきり見えて、その美しさがあります。
一方、DSDはどこか濁っている。それはそぎ落とされていない何か、高周波部分のノイズだと思うんだけど、そのノイズが多いことによって、縁取りにふらつきが見えるんです。
これが逆に艶めかしいんですよ。それこそCGで描いた人じゃなくて、実写で映した人のようなイメージです。
つるっとした直線じゃなくて、よくよく見るとデコボコしているみたいな感じ。そういうところがDSDにはある。
楽器のディテールが微妙にフラフラして、それが逆に気持ちいいのです。
たとえばPCMで録ったものと、DSDで録ったものをミュージシャンに聴いてもらうと、ミュージシャンはほぼ100パーセントDSDがいいと言います。
それは多分、聴いているポイントがそういうところにあるんだと思います。音楽的にはいいのかもしれないけれど、甘いと言われれば甘い。
カッチリしていない。レコーディングエンジニアはPCMが好きな人が多いんです。はっきりしているから。
●なるほど、では好みや音楽の方向性でPCMやDSDのフォーマットを選ぶべきということでしょうか。
浜田:そう思います。たとえば大編成のロマン派のやつでガッとやりたいときは、PCMのほうが合うかもしれないし、古楽とかそういうものになると、絶対的にDSDのほうががいいと私個人は思います。
老舗スタジオサウンドインからの「産地直送」
ハイレゾ音源などを配信する「SOUND INN LABEL」。
●サウンドインスタジオではすばらしい楽曲たちを「産地直送」する、新しいレーベル「SOUND INN LABEL」をやられていますね。オーディオファンとしては気になるところですので、ぜひご紹介ください。
浜田:私が所属するサウンドインスタジオは1979年のオープン以来、日本でも有数の規模を持ち、様々なジャンルの音楽レコーディングを行ってきました。
サウンドインではその技術を生かして「SOUND INN LABEL」として高音質なハイレゾ音源を制作しています。
一貫して 高音質にこだわっており、2chステレオ音源だけでなく、5.1chサラウンド音源も同時に制作・配信しています。
●浜田さんから特におすすめの音源はありますか。
浜田:林正樹トリオの「Firmament」は、最初に制作したアルバムという意味もありますが、すべて一発録りで行い、ピュアDSDでやりたかったのでDSD版ではミックスすら行わず、撮ったそのままのバランスで出しています。
5.1chはPCMでミックスを行っていますが、それもできるだけ録った時の雰囲気を変えないように心がけました。
浜田:またharmonie ensembleというコーラスアンサンブルの作品もSOUND INN LABELから2枚出しているのですが、どちらのアルバムもコーラスという音楽に最も大切な「響き」にこだわりました。
その中でも「Lux Asterna」は、収録曲すべてが、音の空間性を意識して作曲された作品で、5.1chでの再生が嬉しいのですが、2chでもその拡がり感を感じてもらえるように作った作品です。
ぜひ聴いていただきたいと思います。
Lux Aeterna
—永遠の光—
harmonia ensemble
●今日はどうもありがとうございました。
(Denon Official Blog 編集部F)