プレミアムヘッドホンAH-D9200開発者インタビュー
デノンのヘッドホンのフラッグシップモデルAH-D9200が発表されました。デノン初白河工場生産、リアルウッドシリーズということでハウジングに天然木が採用されていますが、今回は高知産の孟宗竹を使用。このプレミアムなヘッドホンについて、開発者にインタビューしました。
AH-D9200のスペシャルコンテンツもぜひご覧ください。
https://www.denon.jp/jp/premiumhp/flagship.html
株式会社ミロクテクノウッド 総務部次長 総合企画課課長 山本敦さん(写真左)
D&M GPD エンジニアリング デノンサウンドマネージャー 山内慎一(写真中央)
D&M GPD ライフスタイルエンジニアリング マネージャー 竹野勝義(写真右)
人気のAH-D7200を凌駕するフラッグシップモデルを!
本日はAH-D9200開発責任者の竹野、サウンドマネージャーの山内、そして孟宗竹ハウジングの生産を担当された株式会社ミロクテクノウッドの山本さんにもご足労いただきました。
まずこれまでのデノンヘッドホンのフラッグシップモデルであったAH-D7200の非常に人気が高い中、さらに上位機種としてAH-D9200が開発されたわけですが、開発の経緯について教えてください。
竹野:以前からデノンとしてAH-D7200の上位機種はあったほうがいいという意見がありました。またAH-D7200についても、もうちょっと上まで再生帯域を伸ばしたいという意見もあったので、それならAH-D7200を凌駕するモデルを作ろうということで開発がスタートしました。
具体的にはどうすれば高域が伸びるのでしょうか。
竹野:まずはドライバーですね。ドライバーにはAH-D7200と同じく、50mmのナノファイバー・フリーエッジドライバーを採用していますが、ドライバーのダイヤフラム素材のペーパーとナノファイバーの配合比率をAH-D9200用に見直してより広い帯域を再生できるようにしました。さらにダイヤフラムの断面形状も若干変更しています。
↑AH-D9200に採用されている50mmナノファイバー・フリーエッジ・ドライバー(EU特許取得済)
ダイヤフラムの断面形状を変えたというのは具体的にどういうことですか。
竹野:ダイヤフラムの真ん中に凸部分があります。これは強度を確保する上で必要なのですが、その高さを少し減らし、AH-D7200よりなだらかにしています。振動板の外周をロールエッジで支持するフリーエッジ構造とあいまって、今までよりもドライバーをさらにフラットで均一に駆動できるようになりました。
ドライバーを均一に駆動すると高域が伸びるのでしょうか。
竹野:はい。しかも当初狙った高域の伸びだけでなく、全体的に帯域が広がり、同時に歪みを最小限に抑えることができるようになりました。それによって低域の雑味もなくなってサウンドがすっきりし、原音に近いピュアなサウンドが再生できるようになりました。
「原音に近いピュアなサウンド」に関しては、今回採用した孟宗竹のハウジングの寄与も大きいのでしょうか。
竹野:はい。デノンはリアルウッドシリーズとして、AH-MM400とAH-D7200ではアメリカンウォールナットの天然木を、AH-D5200ではゼブラウッドの天然木をハウジング素材として使ってきましたが、今回は高知産の孟宗竹を採用しました。孟宗竹は剛性が高く、軽量で、しかも制振性が高いので音響特性に優れた素材なのです。AH-D7200の上位機種としては、孟宗竹しかないと思いました。
↑記者発表会場に展示されたAH-D9200の実物カットモデル
それにしてもハウジングが「竹」とは意外でした。
竹野:実は竹の音響特性が素晴らしいということは分かっていました。ただ竹は含水率が1本1本違うので工業製品として安定した品質を追求するとパーツとしても高価になるため、これまでは使ってきませんでした。
↑GPD グローバルディベロップメント ライフスタイルエンジニアリング マネージャー 竹野勝義
竹の中でも、なぜ高知産の孟宗竹なのでしょうか。
竹野:実際のところ、竹は日本中どこにでもあります。しかしAH-D9200に高知県産の孟宗竹を採用したのは2つの理由からです。高知県産の孟宗竹が適切な管理下で育てられているので材質の品質が高いことと、その素材を最高の状態に加工できる会社とめぐりあったことです。竹の経年変化による反りや狂いを抑える前加工を施した上で、工業製品の精度でハウジングを生産できるのは、高知にある株式会社ミロクテクノウッドさんだけでした。これらの出会いがなければ竹のハウジングは実現しませんでした。
孟宗竹を割って26枚積層してブロックを作り、ハウジングを削り出す。
ここからはミロクテクノウッドの山本さんにおうかがいします。音響機器を手掛けるのは初めてだったのでしょうか。
山本:はい。初めてでした。私どもミロクテクノウッドは、高知県にあるミロクグループというライフルやショットガンなどの猟銃を生産している会社の傘下で、ミロクグループには120年の歴史があります。銃の木の部分、銃床といいますが、その部分に胡桃材などの非常に硬い木材が使われていますが、それを作っているのが私たちミロクテクノウッドの前身となった会社です。その後トヨタの高級車向けに木製ハンドルを作ることになってミロクテクノウッドという別会社を立ち上げました。
↑株式会社ミロクテクノウッド 総務部次長 総合企画課課長 山本敦さん
竹でヘッドホンのハウジングを作るのは、正直言って大変じゃないですか。
山本:成型に関して言うと、すでに私たちは竹で自動車のハンドルを作っておりましたので、素材としては馴染みがありましたし、工業製品の部品として高い精度の成型が求められる点も、それをクリアできる技術を持っていました。ですから成型の面では心配していませんでした。
孟宗竹ハウジングはどうやって作るのですか。
山本:まず孟宗竹を2.2メートル程度の長さで切り出します。その竹を割って細く平らな板(ラミナ)を切り出し一定の含水率に乾燥させた上で、これを26枚積層してハウジング用のブロックを作ります(AH-D9200の場合)。そしてブロックからハウジングを削り出し、様々な加工をしていきます。2.2メートルの孟宗竹で、だいたいブロックとしては7〜8個、製品でいうとAH-D9200の4セット分ぐらいの材料がとれます。
↑記者発表時に展示された高知産孟宗竹の現物。
↑円形の孟宗竹から平らな短冊状の板材(ラミナ)が切り出され、それを積層してブロックが作られる。
↑積層された後でAH-D9200のハウジングの大きさにカットされた竹のブロック
竹は加工が難しいそうですが、加工上で特別なプロセスはあるのでしょうか。
山本:竹は含水率が一本一本かなり違いますから、含水率のバラツキを抑えるためにいったん竹を炭化寸前まで窯で乾燥させます。そのままだと加工後に割れが出てしまうので、その後に若干水分を戻します。それによって反りや狂いをなくすことができます。
これはミロクテクノウッドでないとできないことでしょうか。
山本:当社以外ではできないと思います。当社はトヨタの高級車向けに7年前から竹ハンドルを製造していますが、そのために非常に厳しい品質基準を設けており、それをクリアした材料だけを使用しています。今回のハウジングにも同じ材料を使用しています。他の地域ではおそらく竹で工業製品を作る、ということ自体をあまりやっていないのではないでしょうか。
竹野:実際に竹を扱う業者を探してみると、海外で同じような部品を作る所はありましたが、精度や品質面を考えるとミロクテクノウッドさんしかないと思いました。
↑AH-D9200の孟宗竹ハウジングの加工過程ブロックからハウジングが削り出され、様々な加工が行われる
孟宗竹ハウジングで苦労した点はどんなところでしたか。
山本:先ほども申し上げましたが、成型ではあまり苦労はありませんでした。むしろ仕上げで苦労しましたね。デノンさんは仕上げへのこだわりがすごかったです。外観色の色味の違い、さらの艶のあり/なしなどで、試作だけでも何種類も作りました。塗装に関しては竹のハウジングにデノンのロゴが金属で埋め込まれていますが、金属と木材を同じように塗装するのが難しく、その塗装では苦労しましたね。
竹野:仕上げで言うと、AH-D7200の2倍以上の価格のハイエンドヘッドホンということで、高級感を出すために我々も試行錯誤を繰り返しました。日本で竹というと竹細工のイメージがあって、なかなかプレミアムな品格を出すのが難しかったのです。そこでミロクテクノウッドさんにお願いして、木目が浮き出て上質な触感が味わえる「浮造り(うづくり)」という手法を取り入れました。
山本:「うづくり」とは木目の固い部分を残し、柔らかい部分をブラシで削ることで木目の凹凸を強調する技術で、木目を浮き上がらせることができます。また同時に木肌に傷が付きにくくする効果もあります。
↑ハウジングには木目の凹凸が強調される「↑浮造り(うづくり)」が施されている。
↑ハウジングは手触りを重視して艶の少ない塗装が選択された。
孟宗竹ハウジングの生産は、全部手作業なのでしょうか。
山本:製造の初期では精度の高いNCルーター(機械加工の方法のこと)を使いますが、途中からは全部熟練した職人による手作業で行っています。
竹野:デノンとしても、弊社マザー工場である、Hi-FiやAVアンプの高級機器を組み立てている白河オーディオワークスで、ヘッドホンとしては初めて組み立てを行っています。そこでは一人の熟練工がひとつひとつ丁寧に組み立て・検査・梱包までが行われています。
↑AH-D9200はデノンのマザー工場である白河オーディオワークスで組み立てられている。
Hi-Fi製品と同じ「Vivid & Spacious」をヘッドホンで実現する。
最後にサウンドマネージャー 山内さんにAH-D9200の音作りについておうかがします。AH-D9200ではどんな音を目指したのでしょうか。
山内:これまではヘッドホンとコンポーネントのスピーカーから出る音は、ある程度分けて考えていた面がありました。しかし私がサウンドマネージャーになって、だんだんデノンのHi-Fiの音を、そのままヘッドホンでも出せるのではないか、と思うようになりました。実際に多くのモデルを作りこんでいく中で、既成概念にとらわれず様々なカットアンドトライをしていく中でつかんだという感じですね。AH-D9200はその集大成のモデルと言えると思います。ですから実を言うと、今回はあえて他のヘッドホンをあまり意識せず、デノンのHi-Fiオーディオのイメージがより映し出されることをいつも考えていました。
これまでのヘッドホンの音作りとどんな点が違うのでしょうか。
山内:ヘッドホンの音作りで言うと、たとえば低音にちょっとしたピークを持たせることで「低音がよく出ている」といったようなイメージを、言い換えると、ある意味で個性を持たせることができます。でもAH-D9200ではあえてそういった手法を採らずに、あくまでも「フラットさ」と「解像度」を徹底的に追求しました。これはデノンの通常のHi-Fi製品の音作りと同じアプローチです。ヘッドホンもそれによって、音楽のダイナミズムが出てくるのです。
フラットな音でダイナミズムが出るのでしょうか。
山内:はい。本当に高域も低域もちゃんと出そうと思ったらフラットにしたほうがきれいに出ますし、自然な伸びがあり、音の厚みも出すことができます。その時こそ本来のダイナミズムが表現されると思います。
↑D&M GPD エンジニアリング デノンサウンドマネージャー 山内慎一
記者発表の時に試聴した方の中には「開放型のような広がりを感じる」とおっしゃった方もいました。
山内:AH-D9200は開放型と錯覚するぐらいの音場感や空間感、そしてクリアでナチュラルな音を味わっていただけると思います。このあたりは孟宗竹ハウジングの良さが出ている点だと思います。
孟宗竹ハウジングはやはり、音に大きく影響しているのでしょうか。
山内:はい。私が初めて竹のハウジングを聴いた時は、とてもオープンな音というか、欠落感のない音、水道の蛇口でいえば全開で出ている音だと感じました。孟宗竹ハウジングは不思議なくらいに音にクセがなく、クリアで、解像度が高い。その音響特性を生かした結果、繊細で、空間感のあるサウンドに仕上がったと思います。実際聴いていると、曲によってはスピーカーで再生していると錯覚してしまうかもしれません。
それはぜひ、たくさんの方に試聴していただきたいですね。本日はありがとうございました。読者のみなさんも、デノンのヘッドホンのフラッグシップモデル、AH-D9200をぜひお近くの専門店でご試聴ください。
↑AH-D9200にはサウンドマネージャー 山内のサインとシリアルナンバーが添えられている。
AH-D9200 スペシャルムービー
(編集部I)