サウンドマスター山内セレクション デノン110周年記念アナログ編
大好評企画、デノンサウンドマスター山内がHi-Fiオーディオで味わってほしい音楽を紹介する「山内セレクション」。今回はデノン110周年モデルのプリメインアンプPMA-A110と専用ヘッドシェル付きMC型カートリッジ「DL-A110」を使って聴くアナログレコードのセレクションです。
GPD エンジニアリング デノン サウンドマスター 山内慎一
PMA-A110にはSX1 LIMITEDの技術とノウハウが投入された
●今日は久しぶりの山内セレクション、よろしくお願いします。前回は今年の2月、オーディオユニオンお茶の水店の「audio union DAY vol.10」での公開イベント以来ですから、随分期間が空いてしまいました。今回はその間に発売されたデノン110周年モデルのプリメインアンプ「PMA-A110」と専用ヘッドシェル付きMC型カートリッジ「DL-A110」で試聴させていただけるということで、楽しみです。ということは当然、アナログレコードのセレクションですよね。
山内:はい、今回はアナログ盤を選んでみました。なにぶんアナログレコードなので、現在入手できない音源が結構多く、興味を持たれた読者の方には、もしアナログ盤がなくても、CDやサブスクリプション、YouTubeなどで聴いてみていただければと思います。
●まずは新製品についてお話をきかせてください。プリメインアンプPMA-A110はどんな仕上がりですか。
山内:去年発売したデノンのフラッグシップのプリメインアンプ「PMA-SX1 LIMITED」が私としては1つの到達点でした。それは1つの区切りでもありました。そしてPMA-SX1 LIMITEDはそれ以降のモデル開発の指針でもあって、今回のPMA-A110にもPMA-SX1 LIMITEDのノウハウをふんだんに盛り込みました。PMA-A110のベースモデルはPMA-2500NEですが、そこからはかなり進化したモデルになりました。PMA-2500NEユーザーの方にも是非聴いてもらいたいと思っています。
デノン試聴室に設置されたPMA-A110
●今回はアナログ盤のセレクションですが、PMA-A110のフォノイコレイザーは特に力が入っていると聞きました。
山内:フォノイコライザーに関しては新井が以前のブログ記事で詳しくお話ししている通り、NF型フォノイコライザーを搭載していたPMA-2500NEとは全く違って、デノンでは上位機種にのみ搭載しているCR型のフォノイコライザー回路を搭載しています。フォノ入力に関しては上位のPMA-SX1 LIMITEDにならった回路構成で、音質の方向性も近いものとなります。
PMA-A110のリアパネル。左端最上段がフォノ入力端子
PMA-A110のフォノイコライザーについては、デノンオフィシャルブログの以下のエントリーをご覧ください。
50年以上前の復刻ながら、鮮度の高い音質を実現したDL-A110
●専用ヘッドシェル付きMC型カートリッジ「DL-A110」はどうでしょうか。カートリッジはデノンの超定番カートリッジDL-103ですし、専用ヘッドシェルも50年以上前の開発当時の復刻で、どれも50年前に開発されたものですが、これは現代の音にマッチするのでしょうか。
山内:DL-A110の面白さって、50年も前のものを復刻したが故に50年前の音がすると思いがちなんですけど、決してそうじゃないところです。
DL-103は超定番で安定感、安心感がある音ですが、ヘッドシェルがカートリッジにとってまったくニュートラルで、ヘッドシェルの存在感がいい意味で希薄なんです。そのため反応がよく、音が抑制されにくく詰まらないというか、粒立ちのいい鮮度の高い音が出ています。なので最新の音楽を鳴らしても非常に素直でクリアです。どちらかといえば現代のソースによくマッチすると思います。
●この専用ヘッドシェルはDL-103に対して透明というか、付加のない音ということでしょうか。
山内:そうです。カートリッジのトーンがダイレクトに出てきます。もともとオリジナルのDL-103の開発時もこのスタイルで開発されたので、このDL-103にはやはりこのヘッドシェルが最も適しているんだろうなと思います。
●逆に言うとヘッドシェルよる音色変化はけっこうあるということですか。
山内:そうですね。やはりアナログオーディオなので、どうしてもヘッドシェルの音の傾向が反映されるケースが多いですね。
専用ヘッドシェル付きMC型カートリッジ「DL-A110」
セレクション1 スメタナ四重奏団「PCMによるハイドンセット2」
●それでは最初のアルバムをお願いします。
山内:最初は110周年ということで、デノンが世界に先駆けてデジタル録音を成功させた「デノンPCM録音」の最初期の作品、1975年の録音の作品で、スメタナ四重奏団のアルバムを聞きましょう。ハイドン・セットと言われているモーツアルトがハイドンに献呈した音楽です。その第2弾のアルバムです。
アーティスト名:スメタナ四重奏団 アルバム・タイトル:PCMによるハイドン・セット2
●(試聴が終わって)70年代中盤の録音とは思えないクリアさですね。これはデノンが世界で初めてデジタル録音した音源をアナログレコードにしたということでしょうか。
山内:これは最初期のデジタル録音です。やっぱりアナログ録音とはトーンがちょっと違うなという感じがしますね。低音弦の感じなんかも、アナログとはちょっと違う雰囲気というかクリアな感じがします。当時はすごく新しいなと感じたんだろうと思います。これは海外で録音したものですね。さぞかし録音が大変だったんでしょうね。
デノンによる世界初のデジタル録音、スメタナ四重奏団の録音については以下のエントリーをぜひご覧ください。
セレクション2 ドナルド・フェイゲン「Night Fly」
●では次のアルバムをお願いします。
山内:次はサウンドチェックの定番ですが、ドナルド・フェイゲンの「ナイトフライ」です。
●これは名盤中の名盤ですね。
山内:CDでもアナログ盤でも音がいい盤と言われていて、いくつかマスタリングの異なるバージョンなどもあるようです。、これは発売当時普通に入手した日本盤です。音は悪くないですね。
●山内さんも「ナイトフライ」は音決めのリファレンスとして使うのですか。
山内:サウンドにくせがなくバランスも優れているので、私も特にアナログではよく使います。
●「ナイトフライ」は名曲揃いのアルバムですが、よくチェックで使う曲はどんな曲ですか。
山内:よく使うのは「I.G.Y.」や「ニューフロンティア」、「RUBY BABY」、跳ねたビートの「雨に歩けば 」ですね。でも今日は「愛しのマキシン」を聞きましょう。これは個人的な話なんですけど、この曲ってすごく面白いなと思っていて、ジャズのイディオムとかテンションノートを駆使し巧みに構成されているんですが、とにかく都会的な洗練さを感じますね。そういう意味ではアルバム中ピカイチとも思います。またコード進行がとても複雑なうえ何ヶ所かで転調していたりとさらに深みと複雑感をもたらしています。出だしのAメロもよく聴くとサビにもなりそうで普通じゃないところも面白いです。いったいどういう発想でこの曲ができたのか、何度聞いてもよく分からないですが原曲になるべく自然なアレンジを施したというより、元になった曲やラインをばらしたりつなぎ直したりといったプロセスを経て練り上げて完成したんじゃないか、と私には思えます。
アーティスト名:ドナルド・フェイゲン
アルバム・タイトル:Night Fly
●(試聴が終わって)このアルバムは多くの人がリファレンスで聴くと思うんですけど、レコードとCDだと味わいはどう違うんですか。
山内:月並みな言い方ですけど、少し有機的な感じがアナログで、キレとかそういった部分はやはりCDなんかも負けないというか。そういえば最初かけたレコード同様これもデジタル録音ですね。
●ちょっと湿り気がある気がしました。CDとレコードを聴き比べてもきっと面白いですよね。
山内:そうですね。盤によってもいろいろでしょうし、曲によって印象は若干変わると思います。ハイレゾもありますのでメディアによる音の違いを聴き比べるのも興味深くていいんじゃないかと思います。
●PMA-A110で採用されたCR型フォノイコライザーは、一般的に使われているNF型フォノイコライザーとは味わいが違うのですか。
山内:欠落感がないというか、ある帯域を強調する、といった要素が少ないですね。フラットでナチュラルなので、ある意味でDL-103の持ち味と似たような方向性だと思いますね。
セレクション3 ミッシュ&ユセフ・デイズ「What Kinda Music」
●では次のアルバムをお願いします。
山内:次は、トム・ミッシュとユセフ・デイズが競演した最新盤で、今年の4月ぐらいに出たアルバムです。実は前回記事化したディスクユニオンでのイベントの時に、トム・ミッシュを先にかけて、その直ぐ後にユセフ・デイズの曲をかけたんです。あれが2月でした。そしたらその2カ月後ぐらいにこの2人が一緒にやったアルバムが出ましたね(笑)。こちらはCDとアナログ両方を買いました。
●ではお願いします。
アーティスト名:トム・ミッシュ&ユセフ・デイズ
アルバム・タイトル:What Kinda Music (Standard Vinyl) [12 inch Analog]
●(試聴して)今までの2枚と違って、最新の録音によるアナログレコードですが、 ほとんどノイズがないのでCDみたいですね。これをCDで聴くとまた違うんですか。
山内:正直、これはあまりCDとアナログで音の印象は変わらない感じがします。もともとトム・ミッシュのCDはアナログっぽい感じがあるので。いま聞いたのは4曲目の「リフトオフ」という曲なんですけど、前のアルバムとはかなり演奏スタイルや雰囲気を変えて演奏しているところなど興味深いですね。ドラマーであるユセフ・デイズの個性にインスパイアされ反応した結果とも思います。
セレクション4 ポール・ヘイグ「Heaven Sent」
●次、お願いします。
山内:ポール・ヘイグという80年代のイギリスのアーティストで、ベルギーのクレプスキュールレーベルから出ているものです。これはもはや、流通しているものはほとんどないかもしれません。
●イギリスの80年代ネオアコでしょうか。これは当時のものを山内さんがリアルタイムで買われたものですか。
山内:そうです。当時はLPアルバムだけでなく、12インチシングルで発売される曲も多かったんです。当時は今みたいにAmazonがなかったので(笑)輸入レコードショップに行って買うのですが、レコード屋さんに行くといっぱい新着の12インチシングルがあって選ぶのが楽しみでした。12インチシングルは45回転が多く33回転のLPと比べて音がとてもクリアです。
●ではお願いします。
アーティスト名:ポール・ヘイグ
アルバム・タイトル:Heaven Sent
●(試聴して)確かに12インチシングルは音がいいですね。
山内:そうですね。今聞いたのはスライ&ザ・ファミリー・ストーンの名盤『暴動』に入っている「ランニング・アウェイ」という曲のカバーで、ちょっとテイストは違うアレンジなんですが原曲はちゃんと残していていいと思います。聴きどころはリズム感の良さと抜けの良さとかですかね。今聴いてもクリアな音です。
●すごくサウンドが生々しい感じがしました。これは45回転ということもあるんですか。
山内:おそらくそうですね。それとこのレーベルでいうとアンテナとかこのレコードをはじめ、ミニマムでシンプルな曲想も当時新しかった要素でした。あまり楽器をたくさん使わないので 音像が整理された印象になりクリアに聴こえます。その辺もあると思います。当時これを聴いたときは、これからの時代の音だな、と思いました。ある意味アナログ臭さがないと言うんですかね。
セレクション5 マイルス・デイビス「デコイ」
●では次のアルバムをお願いします。
山内:今度は趣を変えて、ジャズ。マイルス・デイビスの『Decoy』を聞きましょう。
●これは80年代マイルスの作品ですね。
山内:83年ぐらいです。この後に「タイム・アフター・タイム」や「ヒューマン・ネイチャー」といった当時のヒット曲のカバーを入れたアルバムを作ります。では聴いてみましょう。
●(試聴して)ダリル・ジョーンズのベースがかっこいいですね。やっぱりアナログ独特なんでしょうか。グッと低音が腹に沁みるというか。それとシンセが結構強烈に来ますね。
山内:曲の作り方が重層的というか、バックとインプロヴァイザーがあり、そこにシンセサイザーでひねった和音を突っ込んでくる感じで。それがバンドのポイントになっていると感じます。当時、復帰後のマイルスはシンセサイザーを取り入れ始めサウンドを変化させていましたが、このアルバムではロバート・アービングが演奏や曲作りも参加しています。ここではシンセが別の層となりますが、時としてソリストとバックの両サイドに自由に行き来している感じでしょうか。それと音が全体に分厚くないというか、透明感みたいなものを感じます。だんご的に固まった音が次々と繰り出されるというよりは、音に隙間を感じます。
●すごく音がいいと思いました。
山内:そうですね。時代的にもデジタルの始まりと、一方でアナログのスタジオ技術やレコーディング技術が頂点を迎えようとしていた時期というのも大いに関連しているように思います。
セレクション6 キース・ジャレット「Facing You」
山内:そろそろ最後のセレクションということで、ジャズピアニスト、キース・ジャレットの『Facing You』というピアノソロのアルバムを聴きましょう。キース・ジャレットのピアノソロは『ケルンコンサート』が有名ですが、こちらは1972年に録音されたキース・ジャレット初のソロアルバムです。
●このアルバムの聴きどころはどんなところですか。
山内:これはとても愛着のあるアルバムです。音楽的にはゴスペルやフォーク的な印象がありますが、音楽がどうしたということではなく、私自身が日常や出来事、風景や思い出など感じたことなどがランダムに刺激されるというか、音楽を普通に聴くのとはちょっと違う感じがします。
言葉では大変表しにくいですが、音楽から離れて心象あるいは無意識のひだの中に静かに入っていけるような感覚とでもいいましょうか。しかし音楽は観念だけではなく自分と同期して進行している。そいうところが共振するところかな、と思います。B面が特に気に入っていまして、耽美的というか、形式にとらわれない自由な演奏という感じに思えます。聴いてみてください。
アーティスト名:キース・ジャレット
アルバム・タイトル:Facing You
●(試聴して)アナログ盤だとやっぱり聴きごたえがあって、フルコースを食べたみたいな満足感があります。これも学生時代に買われた盤ですか。
山内:そうです。CDは当時発売されていましたがなかなかCDの音に馴染めなくて、アナログレコードばかり聴いていました。アナログレコードは結構ノイズもあるし、ダイナミックレンジにも限界があるんですけど、それがゆえにこちらの聴く姿勢として集中して聴けるというのもあると思います。ですから蓄音機なんかも、帯域も相当せまいにもかかわらずやっぱり聴くといいなと思うんですよね。
●わかる気がします……。聴き応えのあるアナログ盤ならではのサウンドをPMA-A110とDL-103で堪能させていただきました。ありがとうございました。また次回、よろしくお願いします。
(編集部I)