読む音楽『BLUE GIANT』『BLUE GIANT SUPREME』 石塚真一 作
読む音楽のコーナー、今回は大人気マンガ『BLUE GIANT』とその続編、『BLUE GIANT SUPREME』(石塚真一/小学館)をピックアップ。仙台に住む高校生、宮本大(みやもとだい)が初めて観たジャズライブに衝撃を受けて、“世界一”のジャズプレーヤーを目指す物語をご紹介します。
最初に、少しだけあらすじを説明しておきましょう。主人公の宮本大はもともとスポーツマンで、バスケットボール部に所属していましたが、友だちに連れて行かれたライブハウスで、初めてジャズの生演奏を観て衝撃を受け、“世界一”のジャズプレーヤーになることを決意します。
しかし、それまで楽器を手にしたこともなければアルトサックスとテナーサックスの違いも知らない素人でした。そしてサックスの練習方法ももっぱら我流。高校の部活や授業が終わった後に広瀬川(仙台市を流れる一級河川)の土手へ行き、iPodを聴きながら、ジャズの巨匠の音を真似てひたすら吹くというシンプルなものでした。雨の日はトンネルの中で、風の日も、暑い日も、雪の日も、年末年始も毎日毎日休むことなく吹き続けます。
ひたむきにサックスに向き合う大は、さまざまな大人たちに出会います。ボストンの名門音楽学校、バークリー音楽大学出身のサックスプレーヤー由井(ゆい)もその中の一人です。由井に師事して初めてサックスの正しい奏法を教えてもらうほど、大は技術的に未熟でした。しかし、その音は規格外。何か強烈に人を惹きつけてやまない魅力があり、キラリと光る才能を感じさせます。そんな主人公、宮本大がさまざまな出来事や出会いを経て、成長していくストーリーです。
『BLUE GIANT』は、大がサックスを始めた頃から高校を卒業し、拠点を東京へ移した時期も含めた「日本編」となっています。ジャズファンが思わずニヤリとしてしまうであろう箇所や、印象に残ったシーンをピックアップしてみます。
はじめてのライブシーンはあの巨匠のエピソードから?
モダンジャズの創生者、「バード」という愛称で親しまれたチャーリー・パーカーがまだ自分のスタイルを見つける前の若いころの話です。セッションで一緒に演奏していたドラムのジョー・ジョーンズが、パーカーの下手くそな演奏に怒ってシンバルを投げつけ、演奏を中断させた上に、彼をライブハウスから追い出したというエピソードがあります。ジャズファンならご存じの方も多いのではないでしょうか。これは真偽不明な「伝説」ですが、その後パーカーは山にこもって2年間修行をし、帰ってきたら天才ジャズプレーヤーになっていたというエピソードもあります。
『BLUE GIANT』で、大がはじめてライブをすることになった場所は、仙台は国分町にあるジャズバー「バード」です。そこで大も巨匠と同じように、1回目の演奏でライブハウスを追い出されてしまうのです。一体なにがあったのか……はぜひマンガを読んでみてください。この部分、もし作者がチャーリー・パーカーのエピソードを暗喩しているなら、大が“世界一”のプレーヤーを目指す物語の始まりに相応しいエピソードなのかもしれません。
「ジャズってんなあーーー!」
大がたまに口に出す台詞に「ジャズってる」という言葉があります。いつもの練習場である広瀬川の水面が昨日よりきらきらと光っていたり、風のそよぎ具合が微妙に違っていたりすることを感じた時に、大は「ジャズってんなあー!」とつぶやきます。大にとっては、今日の川、今日の風、今日の土手、今日の夕日……と、今この一瞬しかない自然や風景すべてがジャズ、という感覚なんだということが分かります。
そしてそれが大の吹くサックスの音色に表出されていきます。大の「ジャズってる」という表現は自然に対してだけではなく、時には人や物事にも使われるので、大が世界と対峙するところにジャズというものが存在しているのでは、と思います。
続いて『BLUE GIANT SUPREME』です。
『BLIE GIANT SUPREME』全11巻(小学館)石塚真一
『BLUE GIANT SUPREME』は大が海外へ活動拠点を移してからの話、「ヨーロッパ編」です。“世界一”のジャズプレーヤーを目指す若者が海外へ行くとなると、まずはアメリカとなるのが一般的ですが、大はそういうタイプではありません。師匠である由井のアドバイスもあり、バックパック1つでドイツの都市ミュンヘンへ。大の海外生活がスタートします。
世界はこうやって回っている
ヨーロッパ編では、大が居候している部屋の住人、クリスのエピソードがあります。何のツテもアテも、もちろんお金もない大が、ミュンヘンで途方に暮れていた時に助けてくれたのが彼です。クリスは、近くの大学に通う大学生で、大の音楽活動をサポートしてくれます。
個人的に気に入っているシーンは、クリスの部屋にしばらく居候させてもらっていた大が、「どうして家族でもないのにここまでよくしてくれるのか?」と質問するところです。クリスは、「人に優しくするのはステキなことだから」と答えます。自身の過去に出会った奇妙なジョージア人について、そしてその人にしてもらった親切について語り出します。詳細はぜひマンガを読んでいただきたいのですが、クリスは、人種や民族が違う人々が雑多に住む世界、そんな広い世界が、人の「小さな親切(善意)」で回っているということに気づいたと言います。縁もゆかりもない異国の地で、大がさまざまな人と出会い、音楽の旅を続けられたのはそうした世界があるからでしょう。そのことを大は身を持って経験し、それが糧となってまた音楽に生かされるのではないでしょうか。
ナンバーファイブ
大はソロで活動するのに限界を感じ、バンドメイトを探してミュンヘンからハンブルグへ向かいます。紆余曲折を経て、ベース(ドイツ人)、ピアノ(ポーランド人)、ドラム(フランス人)のメンバーと出会い、ナンバーファイブというグループを結成します。メンバーはとても個性的で、他のジャズマンに“ショパン”と揶揄されるほど繊細な技術を持ったポーランド人のピアニストや、自由を愛するあまり最後までグループに属することに抵抗するフランス人のドラマーなどです。国が違えば考え方、育った環境や文化も大きく違います。最初はバラバラだった4人の音が、さまざまな状況を経てどんなふうに成長していくのか、プライドや意地、ジャズへの熱い想いが時に反発しあい、時に共鳴し、ひとつの大きなうねりになっていく、このグループの活動そのものがまさに“ジャズ”を表現しているような気がします。
“世界一”のジャズプレーヤーって?
ヨーロッパ編が完結した後は、ついに大はジャズの本場アメリカへ、『BLUE GIANT EXPLORER』へと続いて行きます。アメリカ編でも大の荷物はバックパック1つとサックスだけ。ヨーロッパでできた知り合いのツテも頼らず、無の地点(シアトル)からスタートです。
『BLUE GIANT EXPLORER』(小学館)石塚真一
ところで、大がサックスを始めた時からずっと言っている“世界一”という言葉について。音楽は、スポーツのように得点を競い合うものではありませんので、何を以って世界一というのか。大の思う“世界一”ってどういうことなんだろうか。それは読者みんなが思っているし、肝心の大もよく分かっていないんじゃないかな……と思ったりもします。アメリカでの音楽の旅にその答えがあるのか、最後まで楽しみにしたいと思います。
『BLUE GIANT』シリーズは物語の面白さだけではなく、作者の石塚真一さんの卓越した画力が「まるで音楽が聴こえてくるよう」と、演奏シーンが絶賛されている作品です。迫力のある演奏シーンは必見です!SpotifyやAmazon Music HDなどの音楽配信サービスで、「BLUE GIANT」「BLUE GIANT SUPREME」それぞれのプレイリストも公開されていますので、マンガとともにぜひチェックしてみてください。
「BLUE GIANT SUPREME」(Universal Music)
ブルージャイアント公式サイト
https://bluegiant.jp/first/ (外部リンク)
https://bluegiant.jp/ (外部リンク)
(編集部S)