ハリウッド100年の音の歴史がすべてある!ドキュメンタリー映画「ようこそ映画音響の世界へ」
スティーブン・スピルバーグやジョージ・ルーカス、フランシス・フォード・コッポラ、デヴィット・リンチなど、巨匠たちの映画作品を「音響」という視点から観るとどうなるか? トーキー映画が生まれた1927年から現在までの約100年、音響面からアメリカ映画の歴史をひもといた映画「ようこそ映画音響の世界へ」のご紹介です。
ようこそ映画音響の世界へ[Blu-ray]
監督 : ミッジ・コスティン
物語に命を与えるのは音
「人間が五感に最初に触れるのは”音“だ」というモノローグから始まる本作、これは母親の胎内にいる時、暗闇の中で、母親の鼓動や呼吸の音、父親の呼ぶ声や犬の鳴き声など、この世に存在して最初に入ってくる情報が音である、ということを述べています。
確かに、そのせいかはわかりませんが、普段あまり意識していなくても、聴覚から得る情報はどこか根源的で身体的な反応に直接結びつくことが多いように思います。音楽を聴くと身体を揺らしたり、足でリズムをとったり、踊りたくなったり。頭で考えるより先に身体が動き出す、というようなイメージです。
「音は映像以上に重要」(デヴィット・リンチ)
「音は感情を伝える。映画体験の半分は音だよ」(ジョージ・ルーカス)
「物語に命を与えるのは音」(スティーブン・スピルバーグ)
これは映画における音の役割について語る巨匠たちの言葉ですが、「ようこそ映画音響の世界へ」では映画作品に使われた音響を紹介しながら、担当した音響エンジニアがその内容を解説し、映画音響の歴史や技術といった面からも進化をひも解いていきます。出てくる映画も27作品、「スター・ウォーズ」「ワンダーウーマン」「ブラックパンサー」「2001年宇宙の旅」「七人の侍」など、どれも名作ばかりで、まず掲載の許諾を得るだけでもものすごい労力だったのでは、と推察します。
それでは映画の内容をいくつかピックアップしてご紹介していきます。
音は「目に見えない映像」まで伝えてくれる
最初に取り上げられた作品はスティーブン・スピルバーグ監督の作品「プライベート・ライアン」です。「プライベート・ライアン」の冒頭は激しい戦闘シーンから始まりますが、映像は終始主人公のミラー大尉(トム・ハンクス)や兵士たち目線で移動するため、視覚的な情報が限られていて、戦闘が終わるまで全く遠景は映りません。そこでは機関銃の連射音に続き、銃弾が降り注ぐ音、銃弾が鋼板や水に跳ね返る音、爆発音などが鳴り響きます。つまり画面の外には敵がいて、ミラー大尉が所属する部隊が攻撃されているということなのですが、敵が映像として映ることはありません。音で画面の外の激しい状況を伝えています。
そして、ミラー大尉の近くで大きな爆発音がした後、ミラー大尉の主観ショットが映し出され、突然無音に切り替わります。これは爆発音のせいで、大尉の耳が聴こえにくくなったことを表現しています。そうすることで、観客はミラー大尉の体験を疑似体験しているような感覚になり、映画にぐっと入り込めます。
こうした冒頭シーンだけでも、観ている側が映画の世界に入りこむ仕掛けとして音の重要性がよくわかります。音響は「目に見える映像」だけではなく、「目に見えない映像」まで伝えてくるものだということにも、改めて気づかされます。
効果音の重要性から音響編集が誕生
映画音響の歴史の面で語られていた話からいくつかピックアップしましょう。それまで主流だったサイレント映画から、トーキー映画(映像と音声が同期した映画のこと)制作が始まったのが1920年代後半のことで、1927年の長編映画「ジャズ・シンガー」(アラン・クロスランド)で初めて撮影セットでの同時録音が行われました。この「ジャズ・シンガー」は商業的に大成功をおさめ、映画は本格的なトーキー時代へ突入します。
サイレント時代には撮影現場がどんなに騒がしくても問題ありませんでしたが、トーキーでは音声も同時録音するため、防音スタジオが作られました。録音マイクの性能の問題など、この時代ならではの苦労も面白おかしく紹介されています。
トーキー映画が主流になると製作者が効果音の重要性に気づきはじめ、そこで音響編集という考え方が誕生します。火事や爆発、車や電車、バスの音、動物たち、風や雨の音など撮影とは別に音を作るという仕事です。先駆けとなったのが1933年の「キング・コング」(メリアン・C・クーパー)で、音響デザイナーのマーレイ・スピヴァックが、架空の生き物の声を作るために動物園に行き、動物の吠え声などを録音し加工しました。ちなみに「スター・ウォーズ」シリーズの人気キャラクター、チューバッカの声もとある動物の声が使われています。なんの動物の声かは、ぜひ映画をチェックしてみてください。
映画音響のスタンダートを作った「地獄の黙示録」
その後、映画音響の環境が大きく変わったのが1970年代。それまでの映画はすべてモノラル音声での上映でしたが、1976年の「スター誕生」(フランク・ピアソン)ではじめてステレオ(2チャンネル)音声が採用され、そしてそのわずか3年後の1979年「地獄の黙示録」(フランシス・フォード・コッポラ)で5.1チャンネルサラウンドの映画が誕生しました。
サラウンド音響が映画に導入された背景には、フランシス・フォード・コッポラが、当時4チャンネルでリリースされた冨田勲の「惑星」を聴き、そのサラウンドを映画にも使いたい、とリクエストしたという経緯があったそうで、モノラルやステレオの経験しかなかった音響エンジニアたちは、未知の領域に手探りで挑みました。音声の編集に1年半、ミックスに9カ月の時間をかけ、この世にはじめて5.1チャンネルの映画を生み出しました。
サラウンド音響の技術はその後めざましい進化を遂げましたが、その時に定義された5.1チャンネルは現在でもサラウンド音響の標準とされています。
さらに「地獄の黙示録」は、はじめて音を担当制にした映画でもあります。ヘリコプターに1人、ガヤに1人、環境音に1人、武器、船…といった具合に、各担当が全編1人で作り上げます。このはじめて尽くしの「地獄の黙示録」が映画音響のスタンダードとなり、その後80年代からの映画界は、ピクサーを代表する3DCGアニメーションが生まれ、CGを多用したデジタル化が急速に進み現代に至ります。
サラウンド環境で観てほしい「ようこそ映画音響の世界へ」
映画の音といえば、サウンドトラックなど映画の中で流れる劇中曲、音楽のイメージが強いかもしれませんが、実はそれは映画音響の中の一部でしかありません。映画音響は主に「ボイス=人の声」「サウンドエフェクト=効果音」「ミュージック=挿入曲」の3つのパートから構成されており、それぞれがさらに細分化された、まさに音の万華鏡のような世界なのです。印象的だったのは、出演している音響エンジニアがみんな自分の仕事に誇りを持ち、楽しそうなこと。そして「映画音声を作ってきたのは技術ではない人だ」という言葉です。
映画の要所をざっくりとご紹介してきましたが、音響面から映画の魅力を語るという今までにない切り口は、映画ファンにはたまらない内容だと思います。そして同時に、新しい映画の楽しみ方にも気づかされます。映画音響へのこだわりを追求する映画だからこそ、サラウンド環境で観ていただきたい作品でもあります。もし自宅でもAVアンプやサウンドバーなどで、サラウンド環境にして観ることができれば、さらにその魅力がお分かりいただけると思います。よかったら奥深い映画音響の世界をのぞいてみませんか?
(編集部S)