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(1965年9月「ラジオ技術」誌より抜粋)

 NHKでは、昭和38年以来FMステレオの実験放送を行なっていますが、放送時間や番組の種類の増加にともなって、市販のステレオ・レコードもプログラム・ソースとして用いる機会が多くなったために、さらに高忠実度なステレオ・ピックアップが要望されてきました。

 この要望に基いて、NHKでは内外のステレオ・ピックアップを調査の上、昭和39年春以来、弊社と協同で、放送用として好ましい性能をもったステレオ・ピックアップの開発を進めてきました。そして1965年始め、ほぼ所期の性能のものが得られたので実用試験に移行し、毎年春に行なわれる恒例のNHK技研公開日に一般公開されました。また、同モデル(DL-103)を発売するにあたり、このステレオ・ピックアップの設計方針と構造の概略、さらに得られた性能についてご紹介してみたいと思います。

■放送用ステレオ・ピックアップに要求される性能

 放送用ステレオ・ピックアップが備えるべき性能のうち、音質に関しては高忠実度ステレオ・ピックアップに要求される性能と同じですが、放送用としては取り扱い上の安易さ、あるいは安定度などが要求されます。以下要求される性能について順を追って記します。

(1)再生帯域が広く、出力電圧周波数特性が平坦なこと

 再生帯域を広くすることは、実用帯域内における性能の向上につながり好ましいことですが、他の条件を考慮するとおのずと限界があり、この限界周波数における状態が整理された上での広帯域は好ましいことです。
 低音域については、きわめて低い音域にレコードのソリによる雑音成分があり、またピックアップの音ミゾをトレースする能力を向上させるためにも、不必要な低音まで再生帯域を広げないほうが得策で、低音共振周波数を10c/s以上に選ぶべきです。
 高音域については、機械インピーダンスを低下させるためにも、機械的強度を考慮の上、振動系の軽量・小形化を図り、高音共振周波数はなるべく高くすべきです。

(2)左右の分離度がよいこと

 左右の分離度はステレオ放送の送信設備の技術基準では30dB以上が要求されていますが、ステレオ・ピックアップで再生周波数全域にわたって30dB以上の左右分離度を得ることは困難で、ステレオ・カッタ・ヘッドの特性も合わせて考慮し、100〜5,000c/sの周波数範囲で20dB以上を、5,000c/s以上の高音域においても分離のよいことは立体感以外の音質にも関係があるので、10,000c/sでも15dB以上を目標としました。

(3)左右の感度差が小さいこと

 ステレオ音の左右信号のレベル差の検知限は約1.5dBですから、左右の感度差の許容限として2dB以内を目標とします。

(4)針先からみた機械インピーダンスが小さいこと

 音ミゾをトレースするのに必要な針圧は、針先からみた機械インピーダンスの大きさに左右され、針圧の大小は音ミゾの変形に直接関係します。したがって、音ミゾをいためないためになるべく軽い針圧で動作することが好ましく、そのためには機械インピーダンスを小さくすることが必要です。
 音ミゾの変形は、音ミゾの壁に加わる力が針先からみた振動系の等価質量にとくに関係があり、等価質量を小さくする必要があります。低音域において如何にスチフネスを小さくしても、振動系の等価質景が大きければ、高音域における音ミゾの変形が著しく高忠実度な再生が困難となります。
 設計目標をたてる前に内外の有名ステレオ・ピックアップを調査した結果、高音域における機械インピーダンスに関しては満足すべきものが少なく、改善の余地が認められました。
 円板録音方式において45°方向に録音できる速度振幅の最大値から、機械インピーダンスと針圧について簡単に考察してみましょう。第1図は45°方向に録音できる速度振幅の最大値を示したものです。

 低音域においては、音ミゾの間隔で最大振幅がおさえられます。中音域においては、録音針の形状により録音できる速度振幅は線速度と同じ大きさまでに制限されます。高音域においては録音できても、再生針の針先球面半径が有限ですので、これと同じ曲率半径の信号までしか再生できないという制限があります。

 ここでステレオ・ピックアップの45°方向の機械インピーダンスとして第2図の破線に示すような値(振動系支持部分の等価スチフネス5×105dyne/cm)を仮定すると,第1図の実線で示すような速度振幅の信号をおのおの単独に再生するのに必要な最小限度の針圧Wは、

で与えられます。この値を第3図の破線で示します。

この図は低音域の大振幅信号を再生するのに約2gr以上、高音域の大振幅信号を再生するのに約1gr以上の針圧が必要であることを示しています。
 つぎに第2図の実線に示すように振動系支持部分の等価スチフネスを2.5×10(5)dyne/cm とした場合を考えると、このときの必要な針圧は第3図の実線のようになり、低音域で約1grで十分ということになります。しかし、実際にはレコードにソリや偏心があるため、0.5gr程度の余裕をみる必要があります。振動系支持部分の等価スチフネスを小さくすれば、低音域において必要な針圧はさらに小さくすることができ、また、そうすることは技術的にそれほど難しいことではありません。しかし、低音再生限界を10c/s以上とし、さらに放送用として取扱いやすく、しかも丈夫であることという条件を考慮すると、必要以上にスチフネスを小さくすることは得策ではありません。むしろ低音域における条件を満足させた状態で、高音域において可能な限り等価質量の低減を図るほうが音ミゾの変形を少なくすることになり、より高忠実度な再生が可能となります。音ミゾの変形についての詳細な説明は省略しますがケンビ鏡写真によって確認されいます。

(5)ステレオ・レコードおよびモノーラル・レコードを共通のカートリッジで再生できること

 これには針先球面半径を0.65ミルとしました。

 以上が設計目標の大略です。

■製品化したDL-103カートリッジ

 発電方式として高性能にしやすい動電形にしましたが、この場合空心コイルのみでは感度が低いので、最終的に電磁形の動作も含む鉄心入りのムービング・コイル形とし、DL-103が完成しました。


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