銘機探訪 DCD-S1 PART2
歴代のデノン製品から、高い支持を受けたモデルを紹介する銘機探訪。今回はCDプレーヤーDCD-S1の第2回です。当時のプロモーションでは、オーディオファンの家を訪問して試聴していただく「自宅試聴」という活動が行われていました。
歴代のデノン製品から、高い支持を受けたモデルを紹介する銘機探訪。今回はCDプレーヤーDCD-S1の第2回です。前回はこちら。
DCD-S1は、DP-S1/DA-S1の開発で得た技術、ノウハウを比較的手頃な価格で、
しかも一体型として製品化したモデルということで大ヒットとなりました。
しかし大ヒットの背景には、製品の素晴らしさを伝える地道なプロモーション活動があったことは、あまり知られていません。
その地道なプロモーション活動のひとつに、「オーディオプロモーター」による「自宅訪問試聴」がありました。
今回はそのお話を紹介します。
●オーディオやデノン製品の魅力を伝えるためのオーディオプロモーター制度
S1プロジェクトが進んでいたころ、デノンは「オーディオプロモーター制度」を始めました。
ハイエンドオーディオは、その価値を理解するオーディオファンがいて、はじめて受け入れられるもの。
だからこそ「オーディオの楽しみ、価値、そしてデノン製品の魅力」をきちんとユーザーに伝えられる専門家が必要です。
オーディオプロモーターに任命されたのはデノンの設計や製造に携わっていたスタッフから選ばれたメンバーでした。
●ユーザーの自宅に行って音楽を試聴
オーディオプロモーターの仕事は、エンドユーザー向けの試聴会やセミナーでの講師、デノン営業スタッフへの指導など、多岐に渡りました。
その中でもユニークだったのは、販売店からの依頼を受け、オーディオファンの自宅に機材を持参して試聴していただく
「自宅試聴」に立ち会うことでした。
自宅試聴……。言葉は簡単ですが、実際に行うのはかなりの手間と時間がかかります。
まずオーディオ機器を試聴する部屋に運び入れた後に、最適な場所に設置、接続します。
お客様のCDプレーヤーを入れ替えますので、ラックや家具を傷つけたりしないように慎重に作業を行わなければなりません。
そして電源を入れてから、……2時間程度、待ちます。それは、本当にいい音が出るようになるまでの時間。
オーディオ機器が十分にあたたまるのを待ってから、音楽を流し始めるのです。
■機器があたたまるまでの時間、じっくりと音楽とデノン製品について会話する
あたたまるまでの2時間、ただ待っているわけではありません。お客様も、オーディオプロモーターも、音楽好きです。
好みの音楽談義からデノン製品のこだわりまで語り合っていれば、あっという間に2時間は過ぎてしまいます。
ですから一日に一件しか訪問できませんでした。
自宅試聴は、前モデルであるDP-S1、DA-S1の時代から始まりましたが、
反響が大きかったDCD-S1は他の製品と比べても遥かに多数のご依頼を受けました。
自宅試聴では、機器があたたまる間、試聴する合間などにDCD-S1の設計上の工夫や技術についても説明します。
たとえば……、
「内部振動を抑え、光と空気の侵入を防ぐトップローディング方式」
トップローディング方式とは、上部のカバーを開きCDを載せる方式です。
アナログプレーヤーを彷彿させるこの機構の利点は、振動を起こしやすいトレイ部を排除できること。
ですが、この方式は外からの光や、スピーカーから押し出された空気が入りやすくなってしまいます。
そこで外乱光を防ぐアルミ押し出し材のドアを採用し、特殊なエアシールドで空気の侵入を防いでいます。
トップローディング方式
「CDの回転を安定させる、重量感あるスタビライザー」
スタビライザーとは、CDの上から載せて、CDと一体化するオモリです。ディスクの共振を押さえることができるため、読み取り精度を向上させます。
また、慣性が大きくなるので安定した回転が得られます。ところで、これを見た人がまず疑問に思うのはCDとの接地面に開けられた穴。
実は、その穴がないとスタビライザーを持ち上げるときCDがくっ付いてきてしまう可能性があるのです。
オーディオ専門店からのフィードバックを受けて改良されたものでした。
「ルビーを使った軸座と極太スピンドルシャフト」
重いスタビライザーを載せて回転させるのでDCD-S1のモーターには強いパワーが必要です。
そのぶんモーターの軸受けが摩耗しやすいので、軸座には硬度の高いルビーを採用し、直径6mmという非常に太いスピンドルシャフトを支えています。
大口径スタビライザー(左) と ルビー使用の軸座(右)
この様に、「見えないところで、実はこんな工夫をしているのです」といった説明をします。
こういうノウハウは、カタログだけではなかなか伝えられないこと。
しかし、これらを実現する難しさと意義は、オーディオファンの方々だからこそ、理解していただけるものです。
■自宅試聴は、オーディオファンとつながる貴重な機会
自宅試聴は、単なるファンサービスではありません。デノンでは「オーディオファンとつながる貴重な機会」と捉えていました。
なんといってもオーディオファンが実際に音楽を聴かれる部屋に訪問して、
その方の嗜好にあった楽曲を一緒に試聴するわけですから、まさに真剣勝負です。
また持参するDCD-S1は、訪問するお宅のオーディオセットにつなぐので、接続するアンプやスピーカーによって音質は変わります。
さらに部屋の構造によっても音の響きが違います。
専用のオーディオルームをお持ちの方もいらっしゃれば、一人暮らし用のワンルームで音楽を楽しまれている方もいらっしゃいました。
オーディオの味わいかたは十人十色。
だからこそ「音楽を楽しむ現場」を実際に見て、一人ひとり違う音楽や音質の嗜好を知ることは、当然、後の製品開発にも活かすことができます。
なお、誤解を避けるために補足しておきたいのですが、自宅試聴はオーディオファンご本人からのご依頼で行うものですので、
決して押し売りのようなことではありません。
耳が慣れたご自身のオーディオ環境で実際に聴いて音質を確認したいというお客様のために行っていた活動です。
■多くの人に愛された、それがDCD-S1
自宅試聴は、DCD-S1以降のモデルでも行われ、5、6年に渡り続きました。
当時毎週末には欠かさずに、オーディオプロモーターと一緒に自宅訪問をしていた本田統久(現:国内営業本部 本部長)は、次のように語ります。
本田統久 国内営業本部 本部長
「みなさん、心の底から音楽が大好きという方ばかりで、今でも忘れられないお客様が何人もいらっしゃいます。
DCD-S1は決して気軽に買っていただける金額ではありません。
しかし、自宅試聴をしたお客様のうち、大多数の方にDCD-S1の音をご評価いただき、ほぼ半数の方が購入してくださいました。
訪問する私たちにとっても、目の前で製品をご評価いただき、気に入って即決していただく瞬間に立ち会えたのは、大きな喜びでした。
ご購入に至らないケースは、その場では「買わない。」とはおっしゃらないのですが、
お礼を言って帰ろうとする私たちに、決まってお菓子などのおみやげをくださるんです。
わざわざ自宅試聴に来てもらって買わないのは申し訳ないという気持ちなのでしょうね。
おみやげをいただいたときには、たぶんこのお客様にはご購入いただけないのだろうな、と残念な気持ちになりました。
今でもオーディオ専門店を訪問していると、中古製品として売られているDCD-S1を見かけることがあります。
中古製品としては決して安くない価格がついた値札を見るたびに、
『こんなに時間が経った今でもこれほど高く評価されているんだ。』と思うと、とてもうれしくなります。」
DCD-S1発売以後、他社から続々と新製品が発売される中、実に10年間もの長い間販売されました。
デジタル技術の進歩が著しいCDプレーヤーのジャンルでは、かなり珍しいことといえるでしょう。
DCD-S1をはじめとするS1シリーズは、製品開発だけでもなく、営業だけでもない、それぞれの想いが一つになり、
全社が一丸となった、デノンの歴史でもっとも重要なターニングポイントになった製品なのではないでしょうか。
製品の詳細: DENON Museum DCD-S1
(Denon Official Blog 編集部O)