
デノンの新TWS「PerL Pro」に搭載された「aptX™ Lossless」と「Qualcomm® Snapdragon Sound™」とは? Qualcommの大島さんに聞いてみた

デノンから発売された新しい完全ワイヤレスヘッドフォン「PerLシリーズ」。医療技術を応用したパーソナライズ機能が話題ですが、ワイヤレスでCDクオリティのロスレスサウンドが楽しめる「aptX™ Lossless」も注目されています。今回は開発元であるQualcomm(クアルコム)の大島 勉さんにその仕組みやワイヤレスオーディオのプラットフォーム「Qualcomm® Snapdragon Sound」について話を聞きました。
医療技術を応用したパーソナライズ機能が話題を集めているワイヤレスイヤフォン「PerLシリーズ」ですが、もうひとつの注目ポイントはPerL Proに搭載された「aptX™ Lossless」です。このコーデックによって、Bluetooth接続なのにCDの音質そのままのロスレスな音声伝送が実現されます。では、aptX Losslessの仕組みは一体どうなっているのでしょうか? そのあたりをデノンブログではおなじみ、aptXの開発元であるQualcommの大島さんに聞いてみました。

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aptXの開発元であるQualcommって、どんな会社なんですか?
●本日はDenon PerL Proに搭載された「aptX Lossless」についてお話をうかがいます。よろしくお願いします。まずaptXの開発元であるQualcomm社について教えてください。
大島:Qualcommは1985年に設立された企業で、本社は米国カリフォルニア州サンディエゴにあります。私たちはデジタル通信技術の分野で世界的なリーディングカンパニーとして認知されていますが、最近ではスマートフォン、タブレット、ウェアラブルデバイス、自動車、ネットワークインフラストラクチャー、IoTデバイスなど、さまざまな分野でQualcommのプロセッサーが活躍しています。
Qualcomm シーディーエムエー テクノロジーズ
スタッフマネージャー製品マーケティング 大島 勉さん
●Qualcommと聞くと、まずは携帯電話の技術が頭に浮かびます。
大島:そうですね、私たちは3Gから4G、そして現在の主流である5Gなどのワイヤレス通信技術の革新と普及という点で、重要な役割を果たしました。同時にソフトウェアやサービスの分野では、Bluetooth の音声伝送の品質を向上させたaptXも音楽体験を革新するという点で大きな役割を果たしたと思います。そうした積極的な技術開発を可能にしている一つの要素としてお伝えしたいのが、Qualcommの研究開発(R&D)に対するポリシーです。
クアルコム社
●それはどんなポリシーなのでしょうか。
大島:Qualcommの現在売上額は6兆円近くですが、会社のポリシーとして毎年売上の20%近くを研究費にフィードバックします。つまり6兆円の20%にあたる1.2兆円を研究開発費に充てて、新たな技術や製品の開発に取り組んでいるんです。こうした積極的な研究開発への取り組みを行うことで、我々の独自性を持った知的財産を生み出しています。
そもそもaptXとは? そしてaptX Losslessまでの進化の過程は?
●「aptX Lossless」についてお話をうかがいます。いまさらですが、aptXとはどういうものなのでしょうか。
大島:aptXはもともとイギリスのベルファストにあったAPTという会社の技術で、1990年頃からありました。それは低ビットレートの音声圧縮技術であり、近距離間で高クオリティの音声を無線で飛ばす技術です。主に放送局や映画などプロの現場で使われていました。1998年の長野オリンピックでも使われたと聞いています。
そのaptXの技術を2015年にCSR(ケンブリッジ・シリコン・ラジオ)が買収し、さらにCSRのオーディオ資産をQualcommが買収しました。そしてCSRの技術とQualcommの技術を組み合わせ、さらにブラッシュアップさせることで、aptX Classic、aptX HD、aptX adaptive、そして今回のaptX Losslessという形でジャンプアップしてきました。
●「aptX」には様々な種類がありますが、その概要を教えてください。
大島: 今お話したaptXがまずあって、そこから遅延を大幅に抑えた「aptX Low Latency」という技術が生まれました。さらに24bitのハイレゾオーディオをサポートする「aptX HD」が生まれ、さらに環境に合わせてビットレートを調整し、その環境において最良の音質と低遅延を実現する「aptX Adaptive」が生まれました。そして今回PerL Proで採用されている「aptX Lossless」が2021年に登場しました。
技術名 | 内容 | 発表年 |
---|---|---|
aptX | オーディオの圧縮を行う技術。 Bluetoothを介した音声伝送の品質を向上させる。 |
1990年代 |
aptX Low Latency | aptXの派生技術。 オーディオの遅延を大幅に減らすために設計された。 |
2009年 |
aptX HD | 高解像度オーディオをサポートするためのaptXの改良版。 24bit再生クオリティをワイヤレスで提供する。 |
2016年 |
aptX Adaptive | aptX HDとaptX Low Latencyの 特長を組み合わせた派生技術。 環境に応じてビットレートを動的に調整し、 最適なオーディオ品質と低遅延を同時に提供する。 |
2018年 |
aptX Lossless | aptXの最新技術で、オーディオをロスレス(非圧縮)で 転送することを可能に。 これにより、CDと同等のデータが Bluetoothで転送可能になる。 |
2021年 |
●「aptX」がこれほどまで普及したのはどうしてですか。
大島: まずaptXがなぜBluetoothのコーデックになったのかですが、Bluetoothが出てくる前にあったSBCというコーデックは音質の評価が悪かったんです。それで音質を改善するためにプロ用の技術であるaptXを埋め込めないか、という話になり、Bluetoothのコーデックとして採用されました。
その後急激に普及した大きな要因はスマートフォンの世界でaptXが普及したことだと思います。aptXの技術をAndroid端末にライセンスを頂かない形で渡しました。Android端末で普及し、PCで言えばWindowsに標準搭載で入っていますし、AppleのMac OSにもaptXが入っています。
aptX LosslessはなぜBluetoothでCDクオリティのワイヤレス伝送が実現できたのですか?
●いよいよ本題ですが、aptX LosslessではなぜCDと同等の高音質が実現できたのですか。
大島:aptX Losslessは2021年に発表されたもので、CDと同じ44.1kHz/16bitの音源の伝送に対応しています。「ロスレス」とは、圧縮したデータを圧縮前と同じ形で復元できる「可逆圧縮」のことです。
●「可逆圧縮」とはなんですか。
大島:それには、なぜ圧縮が必要なのか、から説明させていただきますね。CDと同音質のデータをそのまま伝送するには1.411Mbpsのデータ送信速度が必要です。しかし、一般的にBluetoothのデータ送信速度の上限は990Kbps程度と言われています。つまりBluetoothの帯域幅ではCDの音質をそのまま送ることはできないということです。音を送るパイプが細いんですね。ですからデータ量を小さくして送る必要があるわけです。その圧縮/復元技術をコーデックと呼びます。
●「Bluetoothは音を送れる管が細いからコーデックで圧縮する必要がある」ということですね。
大島:その通りです。Bluetoothのコーデックには、基本的なコーデックであるSBCや、iOSデバイスで使われているAAC、そしてaptXやLDACなどがあり、それぞれが異なる方法でデータを圧縮しています。
そして、もし最も優れたコーデックがあるとすれば、CDと同じ音質のデータを小さく圧縮して送信し、復元時に元のデータに近づけるコーデックです。データをできる限り圧縮するのは、接続の安定性を高めるためです。しかし、それは難しくて、現時点ではまだ完全に元に戻せるまで圧縮することはできないんですよ。
990Kbpsの範囲内で収めるため、ぎりぎりの圧縮を行います。そうすると、例えば人の多い品川駅など、電波の乱れがある場所では音が途切れることがあるんです。
●aptX Losslessでは、それをどうやってクリアしたのですか。
大島: aptX Losslessで我々が行ったのは、990Kbpsという帯域幅を、1.1Mbpsにまで20%拡張したということです。つまり音が通るパイプを太くしました。そしてまだ足りない部分は圧縮を行いますが、その部分は「可逆圧縮」と呼ばれる方法で圧縮を行います。これは圧縮率の小さい、データを完全に復元できる圧縮です。ですから、帯域幅を広げたことと、足りない部分を可逆圧縮で補うことで、CDクオリティの1.411Mbpsの高音質伝送が可能になったというわけです。
●そのためにはaptX Losslessに対応する必要があるのでしょうか。
大島:はい、そのためには送り出し側(スマートフォンなど)と受ける側(ヘッドフォンやスピーカーなど)の両方がaptX Losslessに対応している必要があります。具体的には、Qualcommの特定のチップを使用していないと実現できません。
●aptX Adaptive とLosslessモードでは、音源はどのように伝送されているのですか。
大島: 48kHzや96kHzのハイレゾ音源の伝送にはロスのある非可逆圧縮を使用しています。非可逆であれば、かなり圧縮率を高められるため、Bluetoothの限られた通信速度でもハイレゾ音源を伝送することが可能です。一方、44.1kHzの音源は、ロスのない可逆圧縮でデータ量を小さくした上で、最大1.1Mbpsまで通信速度を上げることでロスレスでの伝送を実現している、ということになります。
aptX Losslessは低遅延の面でもすごいと聞きました
●aptX Losslessは音質面ではほぼ有線に近い印象を受けました。
大島:そうですね。データ的にはロスレスですので有線と同等の品質だと思います。また有線に近いという意味では「低遅延」も重要なポイントです。aptX Losslessで私たちが追求したのは高音質と低遅延、そして接続性です。
●接続性とは、具体的にはどういうことですか。
大島:ブチブチ音が途切れないということです。Bluetoothイヤフォンとの接続環境を監視し、たとえば東京の品川駅のように人がたくさんいて、電波状況も悪い場合にはユーザーが1.1Mbpsのロスレスの音質を求めているとしても、その瞬間は帯域幅を狭めてロッシーで送信します。そうした状況を複合的に見ているのがaptX Adaptiveの「adaptive(適応型)」という意味なんですよね。周りの環境、無線状況だとか、自分のオーディオのデータの溜まり具合がどうだとか、自分が今何のストリーミングをかけているかというのを、全部多面的に、スマートフォンの中で調べるんですよ。
●aptX Losslessは低遅延の面でもすごいんですか?
大島:先ほどパイプを太くすると述べましたが、太いパイプになるほど多くのオーディオデータを一度に送信できます。それによって遅延を減らすことができます。ただし、高音質、低遅延、そして途切れにくいという3つをすべて追求するのは非常に難しいんですよ。高品質や圧縮率など様々な要素がありますが、低遅延化を図るためにはあるパラメータを減らしたり増やしたりすることが効果的です。そのために全体を見ながら、雑巾の水を絞るように、1ミリ秒縮めたりとか、ものすごく泥臭い作業を毎日しています。低遅延モードは、aptX Adaptive Low Latencyモードを使うことになります。
「Qualcomm® Snapdragon Sound」とはなんですか?
大島:今回ご紹介したaptX Losslessは、実は「Qualcomm® Snapdragon Sound™」というプラットフォームの技術の一つなんですね。デノンのPerL ProもそのSnapdragon Soundに対応しています。ちょっとその話をさせてください。
●Snapdragon Soundとはなんですか?
大島:Snapdragon SoundとはaptX関連の全ての最高峰の技術を集めた包括的なオーディオ技術プラットフォームで、Bluetoothなどのワイヤレスオーディオ関連の複数の独自技術を統合しています。
先ほどご説明したaptX AdaptiveがSnapdragon Soundの中心をなす技術で、それを軸にaptX HDモード、aptX Low Latencyモード、aptX Losslessの各モードへと自動的に切り替えることが可能です。これによりユーザーは手間をかけることなく、常に通信環境などの最適化された最良の音質が得られます。
Snapdragon Sound説明資料より
PerL Pro製品発表会資料より
●Snapdragon Soundにはどんな特長がありますか。
大島:Snapdragon SoundはaptX関連の最高の技術を集めたプラットフォームで、認証を受けるにはQualcommのラボで実施されている試験をパスする必要があります。ですからSnapdragon Soundに対応、と書かれている製品はaptXの最も厳しい規格をパスした、最良のグレードの音質が楽しめると思ってください。
低遅延と通話品質の高さもすごい?
大島:Snapdragon Soundの最大の特徴は高音質で、それに関してはaptX、aptX Adaptive HDモード、aptX Low Latency、aptX Losslessなどについて今ご説明しましたが、あと残りの2つの特徴についてもう少し詳しく説明させてください、まずは低遅延についてです。
●Snapdragon Soundの遅延は他の製品と比べてどのくらい短いのですか。
大島:端的に言えば、日本で一番普及しているであろうイヤフォンがおおよそ160ミリ秒(0.16秒)の遅延であるのに対し、Snapdragon SoundはQualcommでは遅延はその半分以下の79ミリ秒(0.079秒)です。これはSnapdragon Soundの規格です。
●Snapdragon Soundの遅延は約半分なんですね。
大島:はい、遅延は約半分です。この低遅延により音楽視聴、音楽制作においてもより自然な体験が可能になりますし、特にゲームなどでは大きなメリットがあります。
0.16秒と.0.079秒がどのくらい違うと感じられるか、ですが、先日あるゲーム関連のイベントでSnapdragon Soundのデモを行いました。そこでは体験したすべての方が「Snapdragon Soundの方がはるかに早い」と評価してくださいました。特にタイムラグに敏感なゲーマーが多いイベントでしたので、テストされた方々はすぐに低遅延に気づかれたようです。
大島:もう一つはBluetoothを使った通話品質です。これはSnapdragon Soundに含まれている「aptX™ Voice」という技術によるものです。今までのBluetoothのデバイスでの通話は16kHzサンプリングでした。これがaptX Voiceで32kHzになります。つまり電話としてもすごく音が良いんです。
●近年はWeb会議なども増えましたから通話性能はやっぱり大事ですよね。
大島:そうなんです。実は通信局からスマホへは32kHzで音声が送られています。しかしスマホからBluetoothイヤフォンに伝送する際に圧縮されて帯域が16kHzになるんですね。aptX Voiceを使うことで、32kHzでの通話が可能になります。
Snapdragon Sound説明資料より
●PerL Proを使えば、クリアな音声で快適なコミュニケーションができますね。長時間のモバイル会議などでも疲れにくそうです。
●ところでAndroidの多くのスマホはaptXに対応していると思いますが、iPhoneユーザーはaptX LosslessなどのaptXの恩恵を受けることはできないのでしょうか。
大島:そうなんですよ。でも実は私も最近知ったのですが、こういうドングルがあるんです。
●それはなんですか。
大島:これはaptX非対応のパソコンやスマホなどでデバイスに挿すと、aptX対応になるという小さなデバイスです。まだ私自身も試していないの使う方のご判断になりますが、工夫次第でどなたでもaptXを楽しんでいただけるのではないかと思います。
大島さん、お忙しい中インタビューにお応えいただき、ありがとうございました。ぜひまたデノンブログでのご登場をお待ちしています!
(編集部I)
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