デノンを作った人穴澤 健明さん その3 「世界初のデジタル録音は、スメタナ四重奏団」
元日本コロムビアの録音エンジニアの穴澤 健明さんです。穴澤さんは、CD登場の10年前である1972年に世界で初めての商用デジタル録音に携わった方。第3回は、世界初のデジタル録音の演奏者であるスメタナ四重奏団への想いを話していただきます。
「デノンを作った人」でお話しいただくのは、元日本コロムビアの録音エンジニアの穴澤 健明さんです。
穴澤さんは、CD登場の10年前である1972年に世界で初めての商用デジタル録音に携わった方。
第3回は、世界初のデジタル録音の演奏者であるスメタナ四重奏団への想いを話していただきます。
●スメタナ四重奏団が選ばれた理由は、デジタル録音にふさわしい繊細な演奏があったから
1972年に行われた世界初の商用デジタル録音では、スメタナ四重奏団の演奏がレコーディングされました。
実は、このスメタナ四重奏団が選ばれたことには、私の個人的な思い入れもあったのです。
デジタル録音にはデメリットもあります。それは音が良すぎることです。
今までの録音方法より格段にクリアな音で録音できてしまうため、演奏者の技量がはっきりわかってしまうのです。
それまでの録音方式であれば、実は多少技量がなくてもレコードではそこまで明瞭に再生できませんでした。
「技量の高い演奏でないと、デジタル録音は活かされない」そう考えた私は、世界初の商用デジタル録音の演奏者として、
他の誰でもなく、スメタナ四重奏団に演奏してもらいたかったのです。
スメタナ四重奏団はチェコの楽団です。チェコはアーティストを西欧に供給する国でした。
国家として音楽のアーティストを育て、海外に供給し外貨を稼ぐというスタイル。
スメタナ四重奏団は、特に技術が高いだけではなく、1曲仕上げるのに3年間毎日練習した上で録音していました。
彼らは新しい曲の録音に際して、1年目に人里離れた別荘で練習し、1年目の終わりごろからチェコの地方都市での演奏会の演目に加えます。
2年目はチェコの首都プラハ、3年目になると世界中を回るリサイタルでも演奏するようになります。
そして4年目になってやっとレコードに収録するという気の長いスタイルで演奏を育てていたのです。
私のスメタナ四重奏団との出会いは衝撃的でした。初めて生演奏を聴いたのは中学生時代でしたが、
その生演奏はレコードで聴くものとはまったく違いました。
演奏中でも音程を微調整するほどの、微妙なズレも許さない緻密な表現だったのです。
そのとき「いまのレコードでは彼らのレベルの演奏は再現できないのだな」と思ったのを覚えています。
だから私の中では「デジタル録音するならスメタナ四重奏団から始めたい」と心に決めていました。
逆にいえば、「スメタナ四重奏団を収録するんだ」というモチベーションで開発に取り組んでいたのです。
そして念願が叶い、1972年4月にスメタナ四重奏団の演奏するモーツァルト「狩」を収録できました。
その年のうちにアナログのレコードとして発売されましたが、デジタル録音の音質の良さも評判となり、売上も上々でした。
●CDの時代になって、同じ曲をスメタナ四重奏団が再収録した
CDが世の中に発売されたのは1982年のことです。CDの発売に伴い、スメタナ四重奏団でモーツァルトの「狩」を改めて収録し直すことになりました。
通常、同じ曲を再録することはまずありません。
ですが、せっかくのデジタル録音した曲を、アナログレコードとして発表したことに心残りがあったのも事実です。
それに世界で初めてのデジタル録音で「狩」を収録することになったのは、
そのときの演奏会での演目が「狩」だったというだけで、実は偶然にすぎません。
しかも録音当時はデジタル録音自体がまだ試験的な段階でしたから、メンバーたちも実際にリリースされるとは思っていませんでした。
演奏は素晴らしいものでしたが(だからこそレコードもヒットしたわけですし)、「狩」はレパートリーに加えられてさほど時間が経っておらず、
メンバーとしてはまだ納得がいっていないようでした。
また本拠地のプラハではなく東京で録音したことにも心残りがあるようでした。そこでCDの時代になったこともあり、
改めて彼らの本拠地であるプラハに出向き、再度デジタルレコーディングしたものを発売することになりました。
モーツァルト:弦楽四重奏曲《狩》 演奏:スメタナ四重奏団
●デジタル録音は、アーティストの演奏を一番よい形で記録することへの挑戦だった
振り返ると、私がやったデジタル録音機開発は、「第1級のアーティストの演奏を一番よい形で記録することへの挑戦」だったと思います。
その時代の技術を最大限に活用して、演奏を一番よい形で残すこと。
それさえしておけば、「今、このときの演奏」「演奏者の持ち味」をずっと残しておくことができます。
スメタナ四重奏団は1976年からベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲の録音をはじめ、全16曲を収録し終えたのは10年後の1985年でした。
そして1989年に解散しました。
音楽のデジタル化は、「ただ音をデジタル信号として記録すればよい」のではありません。
私たちは、音楽を楽しむための新しい技術として、デジタル録音に取り組みました。
スメタナ四重奏団の演奏が、時を経て今聴いても感動を得られるのは、きちんと録音できていたからだと思っています。
──今回はここまで。
最終回は「デジタル録音のこぼれ話」。日本人として初めてデジタル録音を行った美空ひばりさんのライブの時のお話などをお送りします。
(Denon Official Blog 編集部 O)