素顔の音楽家たち第4回 鉄道オタク、ドヴォルザーク
後世の人を魅了する素晴らしい音楽を創造した作曲家、演奏家たちって、もし隣にいたら一体どんな人物だったんだろう、と思うことがありませんか。「素顔の音楽家たち」4回目は、「鉄道オタク、ドヴォルザーク」
交響曲第9番《新世界より》や、ピアノ曲の《ユモレスク》などでお馴染みの、ドヴォルザーク。
チェコを代表する作曲家の彼が相当な“鉄道オタク”だったということは、クラシック界では有名な話です。
彼の“鉄ちゃん”ぶりは、現代の鉄ちゃんたちとほぼ同じ。
暇があれば駅へ機関車を眺めに出かけ、時間があれば模型を作り、
機関車の外観や型式を覚えるのが大好きで、運行ダイヤにも興味を持っていたようです。
渡米してニューヨークに住んでいた頃は、毎日のようにグランド・セントラル駅へ通い、シカゴ特急の車体番号を記録していたとか。
しかも、自分が行けないときは、弟子に代わりに行かせて番号を記録させていたそうです。
鉄道に興味のない弟子にとっては、さぞ迷惑なお話だったことでしょう。
たとえば、こんなエピソードが伝えられています。
ある日、新しい機関車が駅に到着することを知ったドヴォルザークは、
さっそく製造番号を確認しに行こうと思ったけれど、どうしても都合で行けなくなってしまいました。
そこで、自分の弟子で娘の恋人でもあったヨセフ・スーク(チェコの作曲家)に代わりに行かせるのですが、
スークはもともと機関車に詳しくなかったため、間違った番号を書いてきてしまうのです。
それを見たドヴォルザークはカンカンに怒り、娘にまで「お前は本当にあんなアホと結婚するつもりなのか」と、文句を言ったとか……。
ほかにも、「本物の機関車が手に入るなら、今までに私が作ったすべての曲と交換してもかまわない」とつぶやいたとか、
機関車の音がいつもと違うことに気づき、車両の不具合をいち早く発見させて大勢の乗客の命を救ったとか、
ドヴォルザークの“鉄道オタク”エピソードにはどこまでが本当か、怪しいものまでいろいろあります。
でも、彼が鉄道好きであったことだけは、紛れもない事実。
ドヴォルザークが生まれてから約4年後の1845年、ウィーンとドレスデンを結ぶ鉄道が開通していて、
この路線が彼の生まれ故郷のネラホゼヴェスを通っていたことが、彼が鉄道好きになったきっかけだったといわれています。
そんな鉄ちゃんである夫の操縦法を、アンナ夫人はよく心得ていました。
彼女は、ドヴォルザークが自宅で仕事中、うまくいかなくなったり、イライラしたりすると、
「あなた、散歩にでも行っていらしたら」と、家から送り出したそうです。
するとドヴォルザークは近くのプラハ駅まで出かけていき、しばらくの間行き交う汽車を眺め、
ときに機関士たちと鉄道談義を楽しんでくると、上機嫌で帰宅して仕事に戻ったとか。
このエピソードからも伝わってくる通り、ドヴォルザークはクラシックの作曲家の中でも、
とりわけ家庭が円満だった、常識人として知られています。
ごく一般の市民の出であったドヴォルザークは、まわりの人々の支援を受けながら、
地道な努力を重ねて作曲家になり、一歩一歩、階段を上るように才能を開花させていった人でした。
夫婦関係は極めて良好で、結婚当初に3人の子供を立て続けに亡くすという悲劇を乗り越え(後に2男4女に恵まれた)、
幸せな家庭を築いています。
歴史上有名な作曲家といえば、偏屈、変わり者、女好き、超自己中心的だったりする人が多いので、貴重な存在といえそうです。
さて、そんなドヴォルザークの代表作といえば、やはり交響曲第9番《新世界より》でしょう。
ドヴォルザークは1892年、51歳の年に渡米し、
95年春までニューヨーク・ナショナル音楽院の院長を務めていますが、第9番はその間にアメリカで作曲されたものです。
一般に、交響曲というと、やはり第1楽章の出だしが有名なものが多いですが、
この作品でよく知られているメロディーは、なんといっても第2楽章と第4楽章です。
第2楽章は、「遠き山に日は落ちて」の歌詞でも知られる、哀愁を帯びた美しい旋律がイングリッシュホルンで奏でられます。
なんともほっこりとした温かい曲調が、家庭的で鉄ちゃんだったドヴォルザーク本人のイメージを彷彿とさせます。
そして、緊迫感と壮大さを併せ持つ、第4楽章。
これまた超有名な旋律で、数ある交響曲の中でも、特に人気の高い楽章として知られています。
ここはひとつ、ウィーン・フィルとカラヤンによる、不朽の名演で楽しんでみてはいかがでしょうか。
アーティスト名:ヘルベルト・フォン・カラヤン
アルバム・タイトル:ドヴォルザーク:交響曲第8番&第9番「新世界より」
発売元:ユニバーサルミュージック合同会社
(ライター 上原章江)
『クラシック・ゴシップ!』 〜いい男。ダメな男。歴史を作った作曲家の素顔〜
上原章江 著 ヤマハミュージックメディア