素顔の音楽家たち第7回 自由すぎる聖職者、ヴィヴァルディ
後世の人を魅了する素晴らしい音楽を創造した作曲家、演奏家たちって、もし隣にいたら一体どんな人物だったんだろう、と思うことがありませんか。「素顔の音楽家たち」7回目は「自由すぎる聖職者、ヴィヴァルディ」。
ヴィヴァルディといえば、「四季」が有名ですが、どんな人だったのかは、日本ではあまり知られていないようですね。
実は彼は、父親ゆずりの赤毛をした、キリスト教の聖職者でした。
ついたあだ名が、“赤毛の司祭”。
しかしながら、評判はあまり芳しくありません。
「聖職者にあるまじき人生を送った生臭坊主」とか、「晩年は一文無しになって、謎の死を遂げた」などと言われているのです。
彼についてはよくわかっていないことも多いのですが、とにかく、その人物像を追ってみることにしましょう。
ヴィヴァルディは1678年、ヴェネツィアに生まれました。
父親は理髪師であり、ヴァイオリニスト。
お父さんからヴァイオリンの手ほどきを受けたヴィヴァルディは早くから音楽の才能を発揮したようですが、なぜか15歳で剃髪式を受け、聖職者となるための勉強を始めます。
それが本当の信心からだったのか、そうではなく、たとえば安定した職業に就こうとしたからなのか、そのあたりのことはわかりません。
いずれにせよ、10年後、彼は正式に司祭の資格を得て、同時に「ピエタ養育院」という親のいない子どもたちのための慈善施設で音楽教師として働き始めました。
当時、ヴェネツィアの養育院では、音楽の素養のある子どもたちが練習を重ね、資金集めのために演奏会を開いていました。
中でもヴィヴァルディ率いるピエタ養育院の演奏会の素晴らしさは有名で、ヴェネツィアの観光名所のひとつになっていたそうです。
彼は子どもたちを指導するとともに、たくさんの名曲をこの施設のために書き、自らもソリストとしてヴァイオリンを演奏しました。
そんな養育院での活躍が評判になり、やがてヴェネツィアを代表する人気作曲家となっていったのです。
聖職者としてのヴィヴァルディの人生が狂い始めたのは、どうやらその頃からでした。
彼は「オペラで成功したい」と考えるようになり、30代半ばにして、興業の世界に打って出るのです。
これは、本来欲とは無縁の暮らしをすべき聖職者に“あるまじき行い”だったわけですが、才能を開花させ、人々の注目を浴びるうちに、ヴィヴァルディの中で野望がメラメラと燃え上がってしまったのでしょう。
その後、彼はオペラでも成功を手にし、当代随一の作曲家としてヨーロッパ中にその名をとどろかせました。
しかし、いつの時代も、人気というのはさほど長くは続かないもの。
50歳を過ぎた頃からは、坂を転げ落ちるような転落人生が始まります。
彼はなんとか人気を挽回しようとあちこちの都市へ巡業に出かけていきますが、失敗につぐ失敗。
さらに、その頃になると、司祭であるヴィヴァルディの〝自由すぎる”生きざまもやり玉にあがるようになりました。
神に仕える身でありながら歌手の愛人と同棲していた(!)ことも、人々の反感を買ったようです。
やがて、公演の失敗で経済的に追い詰められたヴィヴァルディは、60歳を過ぎた頃から大切な自筆譜を次々と売り払い、1740年にヴェネツィアから忽然と姿を消すと、その後、ウィーンに現れます。
しかし、1741年7月、ヴィヴァルディは粗末な宿で亡くなり、貧民墓地にほかの遺体と一緒に埋葬されてしまうのです。
ヴィヴァルディがなぜウィーンへ行ったのか、どうして死んだのかは、長い間謎とされてきました。
いまもはっきりとはわかっていませんが、おそらく彼は、ウィーンでオペラを公演して起死回生を図ろうと思っていたのでしょう。
しかし実際には、彼がウィーンについた年に神聖ローマ皇帝・カール6世が亡くなり、ウィーンはオペラどころではない状態に……。
そうした中で、ヴィヴァルディは失意のうちに病死してしまったのだろうというのが、最近の定説です。
私は、その死よりもむしろ、彼が本当に信心深い人だったのか、それとも司祭でい続けたのはただのスタイルだったのかという点が気になっています。
でも、「四季」(正式には、ヴァイオリン協奏曲《和声と創意の試み》のうちの最初の4曲)を聞く限り、その流麗で華やかな作風から浮かび上がってくるのは、神に仕える司祭の姿ではなく、人生の喜びと楽しみを謳歌する人気作曲家の姿でしかありません。
少なくとも私はそう感じるのですが、さて、みなさんはどうお感じになりますか?
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アーティスト名:小澤征爾
アルバム・タイトル:ヴィヴァルディ:《四季》 【CD】
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(ライター 上原章江)
『クラシック・ゴシップ!』 ~いい男。ダメな男。 歴史を作った作曲家の素顔~
『クラシック・ゴシップ!』 ~いい男。ダメな男。歴史を作った作曲家の素顔~
上原章江 著 ヤマハミュージックメディア