
手数王、菅沼孝三の「無人島CD」は?

人気コーナー「無人島CD」に、手数王ことドラマーの菅沼孝三さんが登場!手数王が無人島に持って行くたった一枚のCDは、なんだったのでしょうか。
●先日のAH-C160Wのインタビューに「手数王 菅沼孝三 MEETS AH-C160W」に引き続き、再びお時間いただきありがとうございます。
菅沼:よろしくお願いします。
●ところで藪から棒にすみません。無人島に一枚だけCDを持って行けるとしたら、どれにしますか。
菅沼:めっちゃ藪から棒ですね。CDプレーヤーやアンプの電源はどうすんねん!みたいな点はさておくんですよね。
●そこは、さておいてください。それとボックスセットなどもNGです。
菅沼:女性ボーカルならカーラ・ボノフかなぁ。でも1枚ならジョー・コッカーかな。ジョー・コッカーの『Stingray』ですね。
アーティスト名:ジョー・コッカー
アルバム・タイトル: Stingray
●手数王が選んだ1枚が、歌モノとは意外です。
菅沼:歌もの、よく聴きますよ。今でも音数が多いのが嫌になったら、スティーブ・ガッドを聴きます。歌もので、癒されたいんですよ。無人島ですしね(笑)。
●ジョー・コッカーの『Stingray』はどこがお気に入りなのでしょうか。
菅沼:歌も素晴らしいのですが、伴奏が、当時の腕利きのスタジオミュージシャンが集ったバンド”Stuff(スタッフ)以下Stuffと表記”なんですよ。
たとえば『Moon Dew』って曲があるんですが、これがめちゃくちゃ泣かせるんですよ。
キーボードのリチャード・ティーが、ピアノではなくオルガンを弾いていて、それが語りかけるような感じで素晴らしい!
2コーラス目のジョー・コッカー自身の歌いまわしも、これまた結構泣かせます。
●Stuffといえば、ギターも泣かせますよね。
菅沼:エリック・ゲイル、コーネル・デュプリー。やっぱりいいですね。フレーズは3つぐらいしかないんですが、ここぞというところで来るのが、とてもいいです。
Stuffは一流のスタジオミュージシャンが集まったバンドですが、最高レベルの技術があった上でやっぱりバンドらしさがあっていいと思います。
たとえばこのアルバムの最後にレオン・ラッセルの名曲『A Song For You』を演っているんですが、ものすごいテンポでやってます。遅いんですよ。
●聴かせてください。たしかにテンポが遅いですね。
菅沼:このね、1拍の音価の長さは世界一かもしれないです。この曲でのスティーブ・ガッドは、ハイハットを四分音符でしか刻んでないんです。
四分音符だけ。とても正常な人がやっているとは思えない。考えられない遅さです。これが成立するのは、Stuffがバンドだからですね。
●スティーブ・ガッドのドラムは、やはり偉大ですか。
菅沼:やっぱり偉大ですねー。やっぱりああいうスタイルの元祖でしょう。ガッド以前はシンバルの大きさって、だいたい決まっていたんですよね。
ライドが20インチ、クラッシュが16インチ、18インチとかって。でもあるときガッドが日本に来たとき、シンバルが全部16インチだったんです。
あれは画期的でしたね。
セッティングもそうで、チューニングがすごくローピッチで、ティッシュペーパーで貼ってまでミュートかけて、スネアもそうだけど太いリングミュートをやってて、とてもデッドなんですよ。
音が全部短いんだから、演奏は難しくなりますよね。一切嘘がない。それを完全にコントロールして叩いているスティーブ・ガッドはすごいです。
音の長さは残響ではなくて、叩く位置だけ。本当の音価でしかないですよ。それを正確に操る力が偉大です。
●やっぱりドラマーから見ても偉大なんですね。
菅沼:偉大です。スティーブ・ガッドはジャズの4ビートも変えたんです。
それ以前のエルビン・ジョーンズとかがやっていたビバップのビートを究極に正確にたたいているのが、チック・コリアのアルバム『マッド・ハッター』での『ハンプティ・ダンプティ』という曲。
彼はあの演奏で、人間はここまで正確に3連符の手足のバリエーションが叩けるっていうことを実証してみせたんです。
アーティスト名:チック・コリア
アルバム・タイトル: マッド・ハッター
菅沼:ガッド以前のジャズドラマーは、みんな素晴らしい演奏をしますが、「正確か?」というとそうとはいえなくて、味の部分が強いのに対して、スティーブ・ガッドはクリックのある時代の人なので、ものすごく正確なんですよ。
それでいて正確にグルーブさせることができるという画期的なことをいっぱいやっています。それに彼はマーチング隊の出身です。
マーチング特有のルーディメンツというスネアドラムの技術をドラムセット全体に展開したのも彼の功績です。
●なるほど、スティーブ・ガッドのドラムを味わうだけで無人島でも楽しく暮らせそうですね。ありがとうございました。
(Denon Official Blog 編集部 I)