読む音楽 『パリス〜ジャポネピアニスト、パリを彷徨く』 南博著
卓越したジャズピアニスト・作曲家にして、優れたエッセイストでもある南博。銀座での修行時代やアメリカ留学時代を描いた作品に続き、パリでの日々を描いた「パリス〜ジャポネピアニスト、パリを彷徨く」が発売されました。今回はその本をご紹介します。
鮮烈な和声と美しく透徹したメロディを響かせるジャズピアニスト、南博。
鈴木正人(b)、芳垣安洋(ds)という実力派を擁する自己のトリオでの活動や、菊地成孔(sax)とのデュオなどで活発な音楽活動を展開し、高い評価を得ています。
またヨーロッパを代表するデンマークのトランぺッター、キャスパー・トランバーグとの親交も深く、キャスパー・トランバーグとともに欧州での演奏旅行を行うなど、国際的にも注目を浴びています。
南博は数多くのアルバムを出していますが、私(編集部I)はストリングスを大胆に導入したアルバム『Touches & Velvets』での、退廃的・背徳的といっていいほどの甘美さを持ったバラード「B minor waltz」という曲が好きで、以前からよく聴いています。
そんな南博は優れたエッセイストの顔も持っており、秀逸な自伝的エッセイを何冊か出していますが、今回ご紹介するのは、南博のパリ時代を描いた最新刊『パリス〜ジャポネピアニスト、パリを彷徨く』です。
南博の自伝的な作品は私が知る限り三作ありますが、一作目はクラシックの学校でピアノを習っていた南がジャズに目覚め、バブル期の銀座でジャズピアノの修行を始めた頃のことが描かれた『白鍵と黒鍵の間に-ジャズピアニスト・エレジー銀座編-』。
バブル期の銀座のクラブという特異な状況で、普通の人間の日常では決して逢うことのない、とんでもない人々の中、とんでもないことが起きる中で、なんとかお金を貯めてアメリカに留学しようと苦闘する日々が描かれています。(こちらも面白いのでぜひお読みください!)
白鍵と黒鍵の間に
-ジャズピアニスト・エレジー銀座編-
(小学館文庫) 文庫
南博 著
そして二作目は、念願かなって留学したアメリカ、ボストンのバークリー音楽院での勉強の日々が描かれた『鍵盤上のU.S.A』で、こちらでは本場バークリーの天才的な技術を持つピアノ教師によるユニークなレッスンの様子や、伝説的なジャズレジェンドであるピアニストであるスティーブ・キューンとの出会い、そしてスティーブ・キューンの個人レッスンから得たもの、などの話が描かれています。(こちらもぜひ!)
そして最新作の『パリス〜ジャポネピアニスト、パリを彷徨く』。
今回の舞台はタイトル通りパリ。まだバークリー音楽院に在学中だった南が演奏の仕事を得てヨーロッパに渡り、そのままバークリーを休学してパリに滞在することを決めたところからストーリーが始まります。
パリ北駅に到着してからのストーリーは実際の話なのかフィクションなのか判然としませんが(事実にしてはあまりにドラマティックすぎる気もしますが、一方で事実は小説よりも奇なりともいいますから)、それはさておき、北駅のそばの古びた安ホテル、同居人であるパリジェンヌとのロマンス、夜な夜な繰り広げられるジャズクラブでのセッション、明け方の焼きたてのクロワッサン、雨のパリ環状道路でのカーチェイスばりのドライブ、果てはマフィアを相手にした命を張ったやりとりなど、パリを舞台にしたジャズ映画、あるいはミュージシャンが主役のフィルムノワールの秀作が1本作れるのでは、と思えるぐらいの面白さ。あっと驚くエンディングまで一気に読ませてしまいます。
日常での思いや音楽的な成長や洞察などを中心としたエッセイである前二作とは雰囲気が異なる、まるで映画のようなドラマティックな今作ですが、私が一番興味深かったのは、この本に出てくる2人のミュージシャンでした。
1人はジャズアコーディオン弾きのハンパリ。
バークリー音楽院でジャズの勉強をしていた南が一発でノックアウトされるほど斬新で自由な和音を操り、自在でかつ、オリジナリティ溢れるメロディを弾きこなす人物です。
そしてもう1人はアフリカからパリにやって来た、黒人のサックス奏者であるコブラ。ジャズのレジェンドのサックス奏者たちの演奏をすべて自分のものとして吸収し、さらにフリージャズすら内包して調性を軽々と超えていく力を持った、すさまじい演奏をする男。この2人こそが、今作の主役であって、彼らの演奏こそが、これまで南青年が学んできたバークリー音楽院での整合性のとれたロジカルなジャズの勉強からは得ることができない、ジャズの本質、核心のようなものではなかったのだろうか、と感じました。
読者である私たちは、残念ながら(あるいは幸運なことに? )本から音楽を聴くことはできません。
ですからハンパリやコブラの演奏は空想することしかできませんが、それがどんな演奏だったのか、とても興味を惹かれます。
ジャズファンであれば自分で探し求めるしかないのかもしれません。
この本の中でハンパリやコブラが演奏するのはほとんどオリジナル曲の設定でしたが、南がハンパリと出逢った時にはじめてセッションした曲が、ジャズのスタンダードの『Bluesette』という曲でした。
これはジャズ・ハーモニカの第一人者にして、ギタリストでもあるトゥーツ・シールマンスが作曲したジャズスタンダードです。
この曲を一体どんな風に演奏したんだろう、と想像しただけで、思わず楽しくなってしまいます。『パリス〜ジャポネピアニスト、パリを彷徨く』を読みながら、この曲を聴いて想像してみませんか?
BLUESETTE – MAN BITES HARMONICA –
ROAD TO ROMANCE
Toots Thielemans
(編集部I)