デノン創業110周年記念コンテンツ4 ヘッドホン開発者 福島欣尚インタビュー
デノンは2020年10月1日に創業110周年を迎えます。デノンオフィシャルブログでは110周年を記念しデノンの歴史や音に対する哲学、ものづくりへの思い、記念碑的なプロダクト、キーパーソンへのインタビューなどをシリーズでお送りします。今回はヘッドホンの開発に携わってきた福島欣尚(よしなり)に話を聞きました。
ヘッドホンづくり、59年の歴史を持つデノン
●福島さんには、いつもデノンブログのヘッドホンの開発者インタビューなどでお世話になっています。今回はデノン創業110周年企画ということで、デノンのヘッドホンの歴史やメモリアルなモデルについておうかがいします。福島さんは現在ドイツ駐在なのでインターネット経由で取材させてもらっています。よろしくお願いします。
福島:よろしくお願いします。
●まずデノンのヘッドホンの歴史について教えてください。
福島:アクセサリー的な位置づけのイヤホンなどを別にすれば、オーディオ用のヘッドホンとしてのデノンの初号機は1966年に発売されたSH-31だと思います。
↑デノンヘッドホンの初号機 SH-31(1966年)
●デノンは54年も前からヘッドホンを作っていたんですね。
福島:デノンはHi-Fiオーディオのイメージが強く、ヘッドホンを作り始めたのは比較的最近だと思われている方も多いかもしれませんが、実はすでに半世紀以上の歴史があるんです。
●SH-31の資料写真の背景にオーディオの写真がありますね。
福島:オーディオで使える高音質なヘッドホンという意味だと思います。当時ヘッドホンやイヤホンはオーディオではアクセサリーの位置づけで、音質を重視したものは少なかったんです。それであえてオーディオで使えることを示しているのではないでしょうか。
●その後デノンはどんなヘッドホンを出したのですか。
福島:最近ヘッドホン界隈で話題となっている駆動方式で「平面駆動」というものがあります。振動板を平面にすることで振動板全体を均一に動かすことができるようになり、それによって音の歪みが少なくレスポンスが良くなるというメリットを持った方式です。その方式って、まるで最新の方式のように思われているふしもあるんですが、実はデノンはすでに1976年に平面駆動のドライバーを出してるんですよ。SH-90というモデルです。私はデノンはまず技術ありきの会社だと思っているのですが、このようにヘッドホンでも革新的な挑戦をしています。
↑デノン プロモニシリーズカタログ
福島:その後1980年には「プロモニシリーズ」というシリーズを展開しました。プロモニはプロモニターの略で、当時PCMなどで飛躍的にクオリティが上がった音楽制作の現場の音をそのままオーディオファンに届けよう、というコンセプトでした。この時代からデノンのヘッドホンの型番に「AH」を使うようになりました。
●「AH」は現在のデノンヘッドホンの型番ですよね。どんな意味なんでしょうか。
福島:オーディオヘッドホンという人も、アクセサリーヘッドホンという人もいます。正直もう分かる人がいなくなっていて、今となってはちょっと分からないです(笑)。
それからここ数年で急速に普及した、ワイヤレス(当時はコードレス)も1991年に出しています。
●1991年でワイヤレスヘッドホンは早いですね。
↑コードレスヘッドホン「AH-F500」(1991年)
福島:当時はまだBluetoothはなくて、赤外線トランスミッターをオーディオやテレビなどのヘッドホン端子に接続する方式でした。
●ワイヤレスヘッドホンも30年もの歴史があるんですね。
福島:大体デノンってちょっと早く出しすぎるんですよ(笑)。出した何年後かにブームが来るっていう感じで、ちょっと技術が先走るところはありますね。今でこそBluetooth、ワイヤレスは当たり前になってきていますが、デノンは1991年の段階から、ワイヤレスに着目した製品を作っていたわけです。それで今に至るという感じですね。
国産高級ヘッドホンブームを生み出したレジェンドモデルAH-D7000
●福島さんがヘッドホンの開発に関わり始めたのはどのモデルからですか。
福島:私が関わったのはAH-D7000の頃からです。
●AH-D7000といえば、デノンのみならず、国産ヘッドホンのレジェンドモデルですよね。
福島:そうですね。AH-D7000はデノンのエポックメイキングなモデルで、現在の高級ヘッドホンブームの先駆けになったモデルだと思います。このモデルはメーカーが宣伝したというより、プロからの音質の評価が高く、いろいろなスタジオのエンジニアが使ったのが口コミで一般のお客さんに伝わって大ヒットになったという感じでした。
●AH-D7000が高く評価された理由はどこにあると思いますか。
福島:AH-D7000は2008年に発売されましたが、当時国産メーカーでここまで高価なヘッドホン(税込価格 126,000円)は多くはありませんでした。そして音も桁違いで、当時のヘッドホンの水準からすると圧倒的に情報量が多かったのです。個人的に言えば、情報量が多いだけでなく、音楽の持つエモーションも聴き手に届けてくれるヘッドホンだと思っています。それらの理由でAH-D7000が高級国産ヘッドホンの時代を拓いたのだと思います。
●AH-D7000はウッドハウジングも特徴的ですよね。デノンとしても初だったのでしょうか。
福島:ウッドハウジングを採用したモデルはAH-D7000が初でした。それまでプラスチックや金属を使っていました。
●木を使ったメリットは大きかったのですか。
福島:大きいですね。AH-D7000はリアルウッドを音響面のメリットとして積極的に利用しています。たとえば同時期にAH-D2000というモデルがありました。これはAH-D7000とほとんど同じ形で、プラスチック製ハウジングなんです。この2モデルを比較すると情報量はそれほど変わらないのですが、「温かさ」と「エモーション」の部分においてウッドハウジングのほうが勝っています。
●木材にはハウジング素材としてどんなメリットがあるのですか。
福島:我々開発者は「内部損失が大きい」という言い方をしますが、まず不要な振動がないという点です。そのため木材は固有の共振を持たないので、いわゆる「鳴き」も少ないです。
現行のリアルウッドシリーズではモデルごとに異なる天然木を使用
●AH-D7000のウッドハウジングのノウハウが、現在のデノンのヘッドホン「リアルウッドシリーズ」につながってくるんですね。
福島:確かにリアルウッド採用はAH-D7000からの流れですし、マーケティングとしても銘機と称されたAH-D7000の系譜であることを明示できます。でも実際には現在のリアルウッドシリーズの一番初めのモデルとして発売されたAH-D7200の開発は「ウッドハウジングありき」ではありませんでした。
先ほども言いましたが、デノンは技術ありきの会社であって、マーケティング第一の会社でありません。マーケティングで不利になろうが、いい音を出せるもっといい素材があったら、その素材を使っていたと思うんです。AH-D7000を超えて、なおかつもう1歩も2歩も進まなければいけないという、非常に高いハードルを設定していたわけですから。
リアルウッドシリーズの詳細はこちらをご覧ください。
●確かにそうですね。AH-D7200が発表された時は「銘機AH-D7000を超えられるのか」と話題になっていました。
福島:音が良くなるのであればどんなことでもやるつもりでハウジング素材を調べた結果、やはりウッドハウジングが最良だという結論に達しました。
ウッドハウジングを選んだ一番の理由は、情報量が豊かで、低域がしっかりしていて、解像度が高いから。次に、デノンの現サウンドマネージャー山内が進めている、新しいデノンサウンドのキーワード「Vivid」と「Spacious」を実現できること。最近は音源もハイレゾになってさらに情報量が増えているので、そういった音源にも対応した表現ができる。それらの理由から選択しました。
↑AH-D5200(左端)、AH-D9200(中央)、AH-D7200(右端)
●リアルウッドシリーズでは、AH-D9200が高知産の孟宗竹、AH-D7200がアメリカンウォールナット、AH-D5200がゼブラウッドとモデルごとに素材が違いますが、これはどんな風に選ばれたのですか。
福島:素材選びにはかなり時間をかけました。AH-D7000ではマホガニーを使いましたが、木材にはいろんな種類があるので、いろいろ試しつつ、コストにあうかどうか。さらに加工しやすさも重要です。いいなと思って試作してみたら、硬すぎて量産に向かないということもありました。
●硬すぎた木とは、どんな木ですか。
福島:例えばカリンの木とかですね。カリンは硬いんですよ。加工以外にも、我々は量産メーカーなので安定して仕入れられるかとか、さらに長年使った時に、曲がったりしないか。今は良くても5年後、10年後にきちんといい音で鳴らせるのか。そういう面でも素材選びは大変でした。そんな条件の中でリアルウッドシリーズでは3つの木材を採用しています。
AH-D5200はモニターよりの音を目指してゼブラウッドを選びました。ゼブラウッドはどちらかというとドライでタイトな感じの音です。AH-D7200はアメリカンウォールナットで、こちらは比較的温かみのある音、空間感が付与される感じです。AH-D9200は高知産の孟宗竹ですが、この素材は情報量も空間表現も格段に高いものです。ただ、これらの音のキャラクターはハウジングの木材の違いだけに由来するわけではなく、ドライバーを含めた様々な点に手を入れた結果として実現したものです。
●福島さんがリアルウッドシリーズの開発で苦労した点はどんなところでしょうか。
福島:先ほどの話に戻りますが、デノンのヘッドホンにはAH-D7000という大先輩がいるので、リアルウッドシリーズの最初のモデルだったAH-D7200を作るときには、常にAH-D7000を横に置いて比較検聴しながら設計していきました。そんな風に自社の製品のプレッシャーを感じながら作ったことが印象に残っています。
ご存知の通り、磁石、鉄など素材のコストは約10年前のAH-D7000の頃より上がっています。ですから同じグレードのものを使えるとは限りませんでした。たとえばレアメタルや銅などは当時の3倍、4倍のコストになっているんです。そのあたりをカバーしつつAH-D7000を超えていくのは本当に大変でした。
進化した点としては、測定技術ですね。側圧などもきちんと計測できるようになったので、耳のどのあたりに圧力がかかるのかというところまできちんと考えて設計できるようになったので、その点は助かりました。
「音」「装着性」「堅牢性」の3つを最適なバランスで実現するのがヘッドホンの設計
●半世紀以上の歴史があるデノンのヘッドホンですが、サウンドの特長はどんな点にあるのでしょうか。
福島:デノンのサウンドといえば「繊細でかつ力強い音」、「正確さと安定性」、そして「Vivid&Spacious」ですが、ヘッドホンでもこうしたデノンサウンドを実現するように設計しています。
具体的にひもとくと、まず「音のバランスが良いこと」。特に、ボーカルとベースを充実させてボディを出しています。これはサウンドのリアリティにもつながります。その上でヌケの良い高音、そして音楽ソースが持っている情報をあますことなく表現すること。
次には「リニアリティ、サウンドステージの表現の良さ」です。小さな音から大きな音までリニアに鳴るダイナミクスも重視します。また時間軸としても音楽のレスポンスに素早く反応し、スピード感のある音を実現します。またヘッドホンとはいえ音像(サウンドステージ)が頭内にとどまらず、目の前に広がるような設計をしています。
これらを実現できるのは長年デノンが培ってきた技術があるからです。例えばリアルウッドシリーズなどで採用しているフリーエッジドライバ−やデノンが特許をもつナノファイバー振動板などは前の世代のモデルから使用していますが、それらを継続して改良を続けることが、よりダイナミクスが豊かでリニアな再生を実現するカギとなっています。
●今までヘッドホンの設計をしてきて、特に難しいと感じるのはどんなところですか。
福島:私たち設計者はヘッドホンについては3つの要素から見ています。それは(1)音、(2)装着性、そして(3)堅牢性です。この3をクリアしないといいヘッドホンはできません。いくら音が良くても1年で壊れるものではダメですし、長い時間つけていて耳が痛くなってしまうようではダメなんです。この3つを最良のバランスで作るのがヘッドホン設計の難しい点です。
たとえば据え置き型のオーディオであれば、装着性は必要ないので、音を良くするためにどんなに重くなってもいいわけです。例えば昔デノンが作ったPOA-S1っていうアンプがありますが、79kgも重量があったんです。オーディオって音を良くしようと思ったらどうしても重くなるんです。でもヘッドホンは重くすればするほどつけ心地が悪くなってしまいます。音、装着性、堅牢性の最適なバランスをとるのがヘッドホンの設計の難しさであり面白さでもあると思います。
●リアルウッドシリーズをはじめデノンのヘッドホンは日本で非常に高い評価を得ています。福島さんは現在ドイツに駐在中ですが、海外での評判はいかがでしょうか。
福島:ヨーロッパでもデノンのヘッドホンは順調に売り上げを伸ばしています。ヨーロッパのヘッドホンはオープン型のヘッドホンが主流なのですが、密閉型のデノンのリアルウッドシリーズは多くの方に評価されています。それは密閉型でありながら、広いサウンドステージを持っていること、さらにオープン型とは違うボディのある音表現、そしてリアルウッドという素材で作られている高いクラフトマンシップが評価されているのだと思います。
<ドイツレビュー誌:AH-D9200のコメントの邦訳>
プロダクトマネージャーの福島さんは素晴らしい仕事をしてくれました。AH-D9200の微調整は見事に成功しています。クリスタルクリアな高域とパワフルなミッドレンジ。何も大げさなものはなく、ベースラインは一番下まで届き、ギミックで誤魔化すことなくドライさを保っている。これは間違いなく、私がこれまで使わせてもらった中で最高のデノンです。そして、それはこのユーロ(価格)分の価値があります。
福島:ちなみにこれはドイツのレビュー雑誌なんですが、最近で言えばAH-D9200が非常に高い評価を得ています。ドイツの雑誌が、地元ドイツのメーカーよりデノンのヘッドホンにいい点数をつけてくれました。今まで苦労しましたが、「ようやくここまできたな」という印象です。
●素晴らしいですね! 次回は福島さんに、ヨーロッパから見たデノンについてお話うかがわせてください。今回はありがとうございました。
(編集部I)