クラシック音楽ファシリテーター飯田有抄さんが聴く、デノン初の完全ワイヤレス・インイヤーヘッドホンAH-C630W、AH-C830NCW
高音質で話題を集めている、デノン初の完全ワイヤレス・インイヤーヘッドホンAH-C630W、AH-C830NCWですが、編集部のレビューに続き、今回はちょうどワイヤレスイヤホンの購入を検討していたというクラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さんが、レビューに立候補してくださいました。各モデルで聴きたい曲も含めた渾身のレビューをデノンオフィシャルブログでぜひご覧ください。
高音質で話題を集めている、デノン初の完全ワイヤレス・インイヤーヘッドホンAH-C630W、AH-C830NCWですが、編集部のレビューに続き、今回はちょうどワイヤレス・イヤホンを物色していたというクラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さんが、レビューに立候補してくださいました。各モデルで聴きたい曲も含めた渾身のレビューをご覧ください。
満を持しての『デノン初』! “ノイキャン疲れ”の人間の心もくすぐる
SNSを眺めていたら、ふと現れたのが、デノンから発売された完全ワイヤレス・イヤホンのお知らせ。なんでも「デノン初」というではありませんか。それは驚き!
実は私自身これまで、ワイヤレスのイヤホンを買いかけてはやめ、を繰り返していました。でもそろそろ一つくらいは持っておこうかな、できればリーズナブルなもので……とちょうど考え始めていた頃だったのです。渡りに船!
それにしても本当に「デノン初」というのは意外でしたね。なにかこう「満を持して」感がすごい。完全にワイヤレス・イヤホンの波に乗り遅れている人間にとっては、「ふふふ、私は今日この時まで待っていたのさ」という顔をしてデビューできます。
で、そういえば私、ありがたいことに最近デノンブログで「クラシック音楽要員」として、記事を書かせていただいているのでした。ならば、もう、よい予感しかしないので、「買ったらぜひブログにレビューを書きたいです!」と編集部にお伝えしたところ、「だったら両方使ってみるがよい」と、試聴機がすぐに届いたのでした。 両方というのは、そう、すでにデノンブログで「サウンド編」と「テレワーク編」がアップされておりますけれども、今回の完全ワイヤレス・インイヤーイヤホンには、ノイズキャンセリング機能付きのAH-C830NCWと、その機能のないAH-C630Wの2種類が出たわけです。
正直私は、「できればリーズナブルにワイヤレスデビュー」を目指していたので、今回は“ノイキャン”はいらないかな…と思っていたんです。実はこれまでノイズキャンセリングについてはかなり意識高い方でした。かれこれ20年ほど前には某社のノイズキャンセリング・ヘッドフォンに飛びつき、有線のノイキャン・イヤフォンも使ってきました。近年では「もっともノイキャン力が強い!」と巷で噂の別の某社のワイヤレス・ヘッドフォンにも手を出してきました。
昔のものは、「安全性のために、人の声は通すようにできています」みたいな説明があったけれど、正直人の声までは遮断できなかったのでしょうか。カフェなどで作業に集中したいとき、他の人の話し声はバリバリ入ってくるので、う〜んという感じでした。そして近年使っていたものは、確かにノイキャン力は強い気もしましたが、独特のツーンとくる感じとか、圧迫感とか、本体の重みもあって、1時間も使用するとクタクタ。ほとんど手に取らなくなっていました。
どうでしょう。そんなふうに、「ノイキャン疲れ」してる人たちもいるのではないでしょうか。それで私は今回、ノイキャン機能がついていないシンプルなAH-C630Wの方で良いかな?と思ったわけです。でも、試聴機を2種試した結論はコチラです。
2つとも欲しい。
単に2つとも性能に比して信じ難きリーズナブル・プライスだから、というだけではありません。くわしくその理由をお伝えしましょう。
音の特性がまったく違うAH-C830NCWとAH-C630W
なぜ2つとも欲しくなるかと、ノイズキャンセリング機能の有無のみならず、AH-C830NCWとAH-C630Wでは、音の特性がまったく違うからなんです。それぞれの良さがあるんです。これは困りますね(笑)。
AH-C830NCWはとにかくエッジの効いたサウンドが楽しく美しい。音の輪郭をくっきりと表現してくれるので、個々の音の粒立ち、アンサンブルなら楽器間の距離感というか奥行きがハッキリと聴かせてくれます。そして低音もかなりずっしりと響きますが、味付けが濃すぎる感じはありません。バランスが良く、演奏・作品・録音のあり方をきちんと伝えます。ノイズキャンセリング機能をオンにして聴いても音の特性は変わりません。やはり、ノイズのある場所、電車の中やカフェなどで音楽を聴くことを想定しているのでしょうから、エッジーでキリッとした特性は「聞きやすさ・聴きやすさ」に貢献してくれますね。
大事なノイズキャンセリングですが、正直驚きました。技術は進化してるんですね。使い方は3段階切り替え。左側の本体をタップするごとに、「周囲音ミックスモード」(外部の音をあえてイヤホン内に取り込むモード。外部の音声を聞く必要が急に出てきたときに便利)から「オフ」(自然な状態)、そして「ノイズキャンセルモード」へと切り替わります。「オフ」でもなかなかの遮音性があり、電車内のアナウンスが聞こえ、車の音なども聞こえ、身の安全を感じますが、音楽もきちんと聞こえます。それが、「ノイズキャンセルモード」となると、スッと静寂の世界に包まれます。私がこれまで体験したどのノイキャンよりもすごい。電車の走行音はもちろん、アナウンスも聞こえなくなるので、うっかり乗り越しには気をつけなければなりません。
かなり救われたシーンがありました。出張帰りに特急電車に乗ったときのこと。「ノイズキャンセルモード」でまったりとギターとチェロによる録音を聴いていて、仕事の疲れもあり、気持ちよく眠りこけてしまいました。ふと目覚め、イヤホンを外してみると、後ろの席の男性が、電話で話し込んでいたのです。何やら夢中で話し込んでいて、ひとつひとつの単語までこちらに全部届くレベル。もし今このイヤホンがなかったら、話し声が真後ろからすべて飛び込んできて、気持ちよく眠ることなんでできなかったはず。大感謝の瞬間でした。そのくらい会話が聞こえなくなるのです。
編集部注※ 屋外でノイズキャンセリング機能を使用する場合は周囲に十分ご注意の上ご使用ください。
その時私が聴いていたアルバムはこちら。ギタリスト大萩康司さんと、チェリスト宮田大さんのデュオ「Travelogue」。繊細なギターと深いチェロ組み合わせは実は珍しい。冴え渡る二人のアレンジも演奏も素晴らしい。AH-C830NCWでは、移動中にこうしたデリケートな表現を楽しめるとはありがたい。
アーティスト名:宮田大(チェロ) (アーティスト), 大萩康司(ギター)
アルバム・タイトル:Travelogue
一方のAH-C630Wは、個々の音の粒立ち・立ち上がり・輪郭は比較的柔らかめ。かといって楽器群の音などが潰れてしまうわけではないので、むしろ全体的に広がりを感じさせるような聞こえ方。解像感がカリッとしすぎないので、ちょっとリラックスしたい時にぴったりなんですね。聴き疲れしない。
実際私はCDレビュー原稿を書くために、しっかりオーディオで鑑賞することは多いのですが、くつろぎタイムは「もうそんなに集中して聴きたくないけど、寝る前にちょっとだけ気楽な曲を聴きたい」みたいなこともあります。そんな時に、こういうまろやかな音質や使い勝手はありがたいです。イヤホンだからベッドに横になりながらも使えます。
柔らかな人の声に包まれながら、眠りに落ちるまでの時間を過ごしたりするのはなんと気持ちがいいのでしょうか。たとえばこんなアルバム。スウェーデンのアカペラ・グループ「ザ・リアル・グループ」のアルバム「リアル・クリスマス Julen er her」。
アーティスト名:ザ・リアル・グループ
アルバム・タイトル:Julen Er Her
毎年クリスマスが近づくと必ず聴きたくなります。温かみがあり、心が安らぎ、どこか懐かしい気持ちになる。こうしたアルバムは、アカペラ・グループが自分を取り囲み、耳元で歌ってくれるみたいな感じがして、イヤホンで聴く気持ちよさがありますね。AH-C630Wはフワリとした広がりのある響きが魅力的なので、こうした音源は本当によく合います。
なお、ノイズキャンセリング機能こそありませんが、外部からの遮音性は、AH-C830NCWの「オフ」状態と同じなので、やはりこちらにもそこそこあります。
そんなわけで、どちらも個性があって、どちらも別々のシーンで使い勝手がよろしい。これは困りましたね。この価格設定なら、両方いっちゃえ!という人も出てくるのではないでしょうか。
ちなみに、強弱や高低のレンジが何しろ大きいクラシックの音源ですが、どクラシックともいうべきブルックナーのシンフォニーなども、両方のイヤホンで試してみましたよ。スクロヴァチェフスキ指揮ロンドン・フィルの演奏でブルックナーの交響曲第3番です。
アーティスト名:ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
アルバム・タイトル:ブルックナー:交響曲 第3番 ニ短調
遠くから迫り来るような第1楽章の序奏、弦楽器の深刻な表情、金管楽器の重厚なアンサンブル、これらを意外なくらいしっかりと山手線内で鑑賞できたのは、ややシュールな体験でした(笑)。エッジーなAH-C830NCWも、ふわりと広がるAH-C630Wも、両方の良さで味わえました。あなたはどちらで聴いてみたいですか?
飯田有抄 プロフィール
東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquaqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。音楽専門雑誌、書籍、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジンなどの執筆・翻訳のほか、音楽イベントでの司会、演奏、プレトーク、セミナー講師の仕事に従事。NHKのTV番組「ららら♪クラシック」やNHK-FM「あなたの知らない作曲家たち」に出演。書籍に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」(共著、音楽之友社)、「ようこそ!トイピアノの世界へ〜世界のトイピアノ入門ガイドブック」(カワイ出版)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。