音楽ファン必見!ウエストコーストの歌姫『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』
1970年代から1980年代にかけて一世を風靡したウエストコーストの歌姫、リンダ・ロンシュタット。名エンジニア、ジョージ・マッセンバーグが手掛けた作品は、その卓越した音質からオーディオファンにも愛聴されています。彼女のドキュメンタリーを旅行・映画ライターの前原利行さんに紹介してもらいました。
ウエストコーストの歌姫と呼ばれた女性シンガーの軌跡を追うドキュメンタリー映画『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』
2022年の4月から5月にかけ、『スパークス・ブラザース』『ZAPPA』『スージーQ』『a-ha THE MOVIE』などの音楽ドキュメンタリー映画が続々と公開されます。その中で今回取り上げるのは、70年代から80年代にかけてヒットチャートをにぎわした、アメリカポピュラー音楽界を代表する女性歌手リンダ・ロンシュタットのヒストリー・ドキュメンタリー『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』です。
90年代以降はチャートから遠ざかった彼女ですが、さまざまなジャンルの音楽に取り組み、多くの成果を残しました。本作はそんなリンダの軌跡を追う90分です。第63回グラミー賞の最優秀ミュージックフィルム賞も受賞しました。
監督:ロブ・エプスタイン、ジェフリー・フリードマン
出演:リンダ・ロンシュタット、ジャクソン・ブラウン、エミルー・ハリス、ドリー・パートン、ボニー・レイット、ライ・クーダー、ドン・ヘンリー
配給:アンプラグド
公開:2022年4月22日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて
公式ウェブサイト:https://unpfilm.com/rockumentary2022/
音楽一家で育ち、フォークロック・グループでデビュー
ロック、カントリー、ジャズ、オペレッタ、マリアッチなどさまざまな音楽ジャンルで活躍し、10のグラミー賞のほかエミー賞も受賞した歌手リンダ・ロンシュタット。2011年に惜しくも引退を発表していますが、その音楽歴の中で、28枚のスタジオアルバム(うちビルボード1位は3枚)と多くのシングル(トップ10ヒットは10枚)を発表。シングル「悪いあなた」は全米1位になり、トータルで1億枚以上のレコードを売り上げています。
♪「悪いあなた(You’re No Good)」from『悪いあなた』(1974)
リンダ・ロンシュタットは1946年にアリゾナ州のツーソンで生まれました。父方の曾祖父はドイツから移民し、メキシコ人と結婚。それは後にリンダがメキシコ音楽を歌うことにつながっていきます。リンダの父は若い頃はクラブ歌手をしていたこともあり、リンダの一家は音楽にあふれた家庭でした。さまざまなジャンルの音楽を吸収したリンダは、14歳の時に兄と妹とフォークトリオを結成。1965年、18歳の時に歌手になるためにロサンゼルスを目指します。1967年、3人組のフォークロックグループ「ストーン・ポニーズ」でレコードデビュー。しかしこれは売れませんでした。
ソロに転向し、アメリカを代表する女性歌手に
やがてリンダはソロ歌手に転向。1969年にソロデビューアルバムを発表しますが、当初はやはりヒットに恵まれませんでした。この頃、ジャクソン・ブラウンの推薦で、集まったバックバンドのメンバーにはドン・ヘンリー、グレン・フライ、バニー・リードン、ランディ・マイズナーがおり。彼らはこれをきっかけにイーグルスを結成します。1972年のサードアルバム『リンダ・ロンシュタット』ではそのメンバーも参加した、カントリーロックのサウンドが確立したアルバムです。リンダもフォーク的なものからパンチの効いたロック的な歌唱に変わりつつあります。このアルバムには、イーグルスの名曲「デスペラード」が収録され、後にこの曲は彼女の代表曲の一つになります。このドキュメンタリーの見どころのひとつに、イーグルスのメンバーがリンダのバックを務めている映像もあります。ただしセールスは振るわず、リンダはレコード会社をキャピトルからアサイラムへ移籍します。
グレン・フライ(イーグルス)とリンダ
1973年のソロ4枚目『ドント・クライ・ナウ』では、当時の恋人でソングライターのJ・D・サウザーやピータ・アッシャーがプロデューサーとして参加。しかしヒットが生まれたのは、翌年に契約が残っていたキャピトルから発売されたアルバム『悪いあなた』からシングルカットされた「悪いあなた(You’re No Good)」が全米1位になってからでした。そしてここからようやくリンダの快進撃が始まります。
センスのいいカバーと無名のソングライター作品のチョイス
1970年代前半は、シンガーソングライター人気の全盛期でしたが、作詞作曲をしないリンダは、その代わり類まれな選曲センスとその歌を自分のものにする歌唱力がありました。70年代のチャートを聴いて過ごした世代にとっては、「ブルー・バイユー」はロイ・オービンソンの曲ではなく、「ザットル・ビー・ザ・デイ」や「イッツ・ソー・イージー」はバディ・ホリーではなく、「アリスン」はエルヴィス・コステロではなく、「ダイスを転がせ」でさえストーンズの曲ではなく、すべてリンダの曲と思っていた人が多いでしょう。『風にさらわれた恋』(1976)、『夢はひとつだけ』(1977)、『ミス・アメリカ』(1978)の3枚のアルバムが、立て続けに全米No.1になります。
♪「ブルー・バイユー(Blue Bayou)」from『夢はひとつだけ』(1977)
リンダはまた、実力はありながらヒットに恵まれないシンガーソングライターの曲を進んで取り上げました。本作でもインタビューしているJ・D・サウザーやカーラ・ボノフのほか、ウォーレン・ジヴォン、エルヴィス・コステロの名をリンダのアルバムで知った方もいるでしょう。そしてその表現力は、時としてオリジナルを凌いでいます。
80年代半ばからジャンルを越境した活躍を
パンク&ニューウェイブ寄りのサウンドでファンを驚かした『激愛(マッド・ラブ)』(1980)、ロック路線最後のアルバムとなる『ゲット・クローサー』(1982)でレコード会社への義理を果たし、次に出したのは誰もが驚くジャズのスタンダード曲集でした。リンダはずっと以前から、母の影響で聴いていたロック以前のポピュラー音楽を歌いたいと思っていました。フランク・シナトラの名曲をアレンジしていたネルソン・リドル編曲による1983年の『ホワッツ・ニュー』は世界で500万枚のヒットになり、続いて2枚のリドルとのスタンダード曲集を発表します。
♪「ホワッツ・ニュー(What’s New)」from『ホワッツ・ニュー』(1983)
私が知っていたリンダはこの辺りまでだったので、その後チャートからフェードアウトしてしまったのかと長い間思っていました。このドキュメンタリーを観るまでは。しかしそれは私が知らなかっただけでした。この頃からリンダは、チャートにとらわれない歌手活動を積極的にしていたのです。1980年にはギルバート・アンド・サリヴァンのコミックオペラ『ペンザンスの海賊』でオペラに挑戦してブロードウェイの舞台に立ち、1987年にはスペイン語アルバム『ソングス・オブ・マイ・ファーザー (カンシオーネス・デ・ミ・パードレ) 』でマリアッチ音楽を歌っています。このアルバムは、200万枚以上のセールスを誇り、アメリカで英語以外の言葉で歌われたアルバム最高の売り上げを記録しました。このドキュメンタリーでは、その『ペンザンスの海賊』でオペラを歌う映像や、マリアッチ楽団を従えて歌うリンダの姿も観られます。
♪「Los Laureles (The Laurels)」from『ソングス・オブ・マイ・ファーザー (カンシオーネス・デ・ミ・パードレ) 』(1987)
1982年以降はジョージ・マッセンバーグがエンジニアを務める
それではここでデノンブログの読者のみなさん向けに、アルバムのサウンド面から少しリンダを語っていきましょう。70年代半ばからリンダのアルバムはどれも音の分離がよく、乾いたウエストコーストサウンドとパンチが効いた中域のボイスがうまくマッチし、歌い上げてもウエットになりすぎないサウンドになっています。
レコーディングエンジニアは、1974年の『悪いあなた』から1982年の『ゲット・クローサー』まではヴァル・ギャレイが。同じく『ゲット・クローサー』以降は、音楽プロデューサー、エンジニア、そしてGeorge Massenburg Labs (GML)社の音響製品に関する設計開発とCEOを務める、ジョージ・マッセンバーグが務めています。『ゲット・クローサー』ではギャレイと共同ですね。
マッセンバーグが単独でリンダのアルバムのエンジニア、またはプロデュースを務めるのは、次のスタンダードアルバム『ホワッツ・ニュー』(1983)から『メリー・リトル・クリスマス』(2000)までの11枚。この期間、1枚を除く全アルバムで、オーディオ的にも優れたものが多いですね。特に1989年の『クライ・ライク・ア・レインストーム』では、グラミー賞のベストエンジニア・アルバムも受賞しています。このアルバムは一時期、CDのチェックディスクとしても、よく使われていたほどです。
♪「ドント・ノウ・マッチ(Don’t Know Much) with Aaron Neville」 from『クライ・ライク・ア・レインストーム』(1989)
恋多き女性として知られる一方、生涯結婚はしなかったリンダですが、養子を二人取り、90年代以降は私生活を優先し、活動を縮小。2000年代に入り、パーキンソン病を患ったこともあり、歌手業を引退します。本作では、引退後の最近のリンダも登場し、インタビューに答えています。人前に出られないほど具合が悪いようではないので、安心しました。家族の演奏に軽くコーラスをつける様子もあり、できればまた歌って欲しいところなのですが、本人的にはもうやり尽くしたのでしょう。
『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』の公開に続き、5月6日から同時期のロサンゼルスの音楽シーンを描くドキュメンタリー『ローレル・キャニオン 夢のウエストコースト・ロック』も公開されます。こちらも面白いので、おすすめです。
5/6 (金)~『ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック』
公式ウェブサイト: https://unpfilm.com/rockumentary2022/
前原利行(まえはら・としゆき)
音楽・映画・旅行ライター。映画や音楽、アート、歴史など海外カルチャー全般に興味を持ち、執筆している。世界史オタク。この2年で国内旅行も記事を書くほど詳しくなった。早く海外の音楽フェスにも復帰したいところ。