「モノラル・カートリッジDL-102でモノラル・レコードを聴こう!」
クラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さんが、モノラル専用MC型カートリッジで味わうモノラル・レコードの世界をご紹介してくれました。ジャンルを超えたモノラル・レコードのセレクションをぜひお楽しみください。
モノラル・レコードで音楽鑑賞はいかが?
アナログレコードの人気が再燃して久しい昨今。レコードプレーヤーは部屋にあるだけでも、なんだか文化的な香りがしますよね。
さて、レコードを聴く暮らしが板についてきたなぁという方は、ぜひ次なるステップ(?)としまして、モノラル・レコードを聴いてみてはいかがでしょう。
え、モノラル録音って、古い録音の方式でしょ? ステレオ録音と違って、音の広がりが感じられなくてつまらないんじゃないの?……と思ったらちょっと違います。モノラルにはモノラルの奥深〜い音世界が広がっているのです。
録音方式としてはもちろん古く、単一の録音装置(チャンネル)で収録した音源なので、左右のスピーカーから同じ音が聞こえるわけですが、これがどうして、音像がより近くに感じられたり、太く力強い印象を与えられたり、はたまた演奏者が近くに感じられたり、何か昔懐かしい温かみあるサウンドに聞こえたりするのです。
モノラル・レコードが初めて発売されたのは1948年。ステレオ・レコードが主流となる以前の、1960年代前半くらいまでに発売された録音の多くは、モノラルということになります。
私がよく聴いているクラシック音楽などは、古き佳き歴史的名盤がモノラルということが多々あります。中古レコード店でモノラルのお宝発見などができるとテンションが上がるというもの。
また最近では、最新デジタル技術のリマスターによって、超名盤の復刻版モノラル・レコードを“新品”で買うこともできるので、高音質で楽しめるようになってきました。
老舗デノンの伝統的モノラル・カートリッジDL-102
さて、そんなモノラル・レコードですが、再生するときには、やっぱり専用のモノラル・カートリッジを使いたいものです。
カートリッジって何? という方はこちら
ふつうよく使われているカートリッジはほとんどが「ステレオ専用」です。ステレオ・カートリッジのまま、モノラル・レコードをかけても特に問題はない(レコードを痛めたりはしない)のですが、モノラル・レコードにはモノラル・カートリッジを使うのが個人的にはおすすめです!音の余分な残像が消えるような感じで、さきほども触れたとおり、音像がグッとしっかり引き締まり、ダイナミックレンジが広い印象を受けます。
じつは、デノンには長年製造販売され続けている、伝統的なモノラル・カートリッジがあります。それがDL-102です。発売はなんと1961年! まだモノラル・レコードが現役バリバリの頃です。当時から、NHKなどの放送局で使われてきたもの。その昔も、そして今も、ラジオから流れてくるモノラル時代のレコードは、このカートリッジで再生されている可能性大、であります(確認はしていませんが…)。なので、私たちは知らず知らずのうちにDL-102の音に親しんできたのですね。
DL-102
DL-102の針の部分
というわけで、私もレコードプレーヤーDP-500MとDL-102を使い、モノラルの愛聴盤を自室で聴いてみました。いずれも、手持ちのステレオ・カートリッジで再生した場合と比べると、濃密で気持ちのよい音圧を感じられました! 以下では、クラシック音楽を中心に、オススメのモノラル録音をご紹介していきます。
フォーレの肖像
「フォーレの肖像」(東芝EMI EAC-60041〜42)
モノラル・カートリッジを手にしたら、率先してモノラル・レコードを聴きたくなるものです。「MONO」目当てに探していると、思わぬお宝録音に出会えることもあります。こちらのレコードもその一つ。中古レコード店で見つけた「フォーレの肖像」です。フランスの作曲家ガブリエル・フォーレ(1845〜1924)の作品集で、帯には「没後50周年記念企画」とあり、1974年のレコードであることがわかります。内容はかなり古く、なんとフォーレ自身が弾いた演奏の自動ピアノ用ロールによる1913年(!)の録音が入っています。「前奏曲第3番」や「舟歌」の作曲家自身は意外と淡白で、あっさりした表現で演奏していたんだなぁということがわかったりして面白いです。
そしてクラシック好きとして密かに萌えるのは、フランスの作曲家であるフランシス・プーランク(1899〜1963)がピアノ演奏した録音も入っているところです。ピエール・ベルナックという、パリの楽壇で活躍したバリトンの歌手が歌う歌曲「牢獄」や「夜の庭」が収められています。こちらは1936年7月6日の演奏。洗練された、そしてなんとも言えない哀愁を帯びた音楽が、モノラルの親密な響きで、ぐっと近い音像で届きます。音楽史に名を刻んだ人物たちによる生々しい録音に、軽く興奮するのであります。
ハイフェッツの芸術
つぎは20世紀を代表するヴァイオリニストのヤッシャ・ハイフェッツ(1901〜1987)のレコードです。これも中古レコード店で見つけました。「THE ART OF JASCHA HEIFETZ(ハイフェッツの芸術)」(RR-491)とあり、2枚組のモノラル盤です。「Historic Broadcast performances in stunning fidelity」(極めて忠実に再生される歴史的放送演奏)とも書かれているので、推測するにラジオ放送か何かの音源から起こされたレコードかもしれません。フィルハーモニー交響楽団との共演による、ブラームスのヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.77が入っています。ライヴ録音のようで、やや客席のノイズも感じられますが、昨今の録音物からは感じられないような、それこそ昔懐かしいラジオのような響きの向こうから、芯のある音楽がまっすぐに届けられます。艶やかでグルーヴィーに奏でる名手ハイフェッツの独奏は、とにかく流れがいい! 無駄な味付けのない端正な指揮をするジョージ・セルとの音楽は、さすがにスマートで流麗です。
平和を願う響き〜カザルスの「鳥の歌」
モノラル録音は、現代の録音物と比較すると、やや高音域の煌めきや伸びやかさに欠ける場合があります。それも持ち味ですし、むしろ甲高い音はニガテ、という人には好まれる特性です(私もその一人)。ヴァイオリンやピアノの高い音も、柔らかく届けてくれる傾向があります。逆を言えば、低音域の響きが太く重く響く傾向があります。低音域で歌うチェロなどは、さぞかし良かろう……ということで見つけたレコードがこちら。やはり中古ですが、20世紀最大のチェリスト、パブロ・カザルス(1876〜1973)のレコードです。
カザルスはスペインのカタルーニャ地方出身。世界平和と唱え続けた活動家でもあり、スペインのフランコ独裁政権とファシズムを決して認めず、この政権を認めた諸外国での演奏は断じて行うことはありませんでした。
アメリカ合衆国での演奏もカザルスは長らく行っていませんでしたが、東西冷戦の真っ只中にあった1961年、平和主義の指導者J.F.ケネディ大統領の活動に共鳴したカザルスは、ホワイトハウスへの招聘を受け、大統領夫妻および、錚々たる来賓の前で演奏することを決意しました。
その時の記念碑的名演がモノラル録音で刻まれたのが「鳥の歌—カザルス・ホワイトハウス・コンサート」(SOCO 69)というアルバムです。ケネディ夫妻を前に、カザルスが礼をしているジャケットでよく知られる名盤中の名盤で、CDにもなっていますが、モノラル盤で聴く味わいは妙に生々しく、親密なものを感じます。
迫力と切なさに満ちた響きでメンデルスゾーンの「ピアノ三重奏曲第1番」、クープラン「演奏会用の5つの小品」やシューマンの「アダージョとアレグロ」が演奏されます。曲間の来賓たちのざわめきや拍手、そして演奏中のカザルスの唸り声なども入っています。とりわけ、カザルスが祖国のカタルーニャ民謡「鳥の歌」を朗々と奏でる最後のトラックに耳を澄ませていると、自分もホワイトハウスに集った人々と一体となって、彼の悲しき美しい歌に包まれてゆくのを感じます。
音楽や芸術は、政治や戦争に対して直接働きかけることのできないものですし、無縁であってもいいものかもしれませんが、アートが人と人、国と国の絆を象徴する「歴史的出来事」となることはあります。音楽という本来手に触れることのできないものが、レコード盤という形で残されることに、しみじみと意義を感じずにはいられません。それも、温かくて深い音のする、モノラル・レコードという形で残されていることは、ほとんど奇跡のようにも思うのです。
声の親密さは天下一品「エラ・アンド・ルイ」
ジャズの名盤もモノラル・レコードのあったか〜い響きで聴くと、日頃のストレスがゆっくり溶けていくのを感じます。こちらも名盤「エラ・アンド・ルイ」(MV9503/5)です。こちらも中古レコード店で見つけた、LP 3枚組、30曲入りのボックスです。録音は1956から57年。ご存知ルイ・アームストロングのザラッとした質感の声、エラ・フィッツジェラルドの包容力のある声、二人のヴォーカルをモノラル・レコード特有の太めのサウンドで聴くと、なんだか手に届きそうな距離感を覚えるから不思議です。私はとくにエラのヴォーカルとピアノのサウンドが美しい「イル・ウィンド」がお気に入りです。「風よ、吹かないで。今日だけは私をそっとしておいて」と歌うその空気感に、ふと涙してしまいます。
現代のモノラル・シングル盤! ザ・クロマニヨンズのレコード
最後はちょっと趣向を変えて、クラシックでもなく古くもない、現代のシングル盤(!)のモノラル・レコードです。ザ・クロマニヨンズが2021年にリリースした一連のレコードから、「縄文BABY」(BVKL20)と「もぐらとボンゴ」(BVCL1156)です。ジャケットも大変おしゃれです!
「ザ・クロマニヨンズ」と言えば、甲本ヒロトさんがレコードというメディアに熱い思いを持っておられることで知られています。たまたま聴いたラジオ番組で、甲本さんがモノラル・レコードの音の深さを語っておられて、そのお話はあまりに面白く、強く共感したのでした。
2枚のシングルに入っている4曲は、どこか素朴な世界観でありながら、ズンズン来るベースや、整い過ぎていないところがかっこいいコーラスのハーモニー、そして甲本さんの声の直接さというか、ダイレクトに伝わる熱量が感じられて素敵です。シングル盤ですから、プレーヤーを45回転にセットするのをお忘れなく。
飯田さん所有のDL-102
(おわり)