レコードプレーヤーの新たなフラッグシップモデル「DP-3000NE」開発者 岡芹 亮インタビュー 後編
デノンのレコードプレーヤーの新たなフラッグシップモデル「DP-3000NE」。デノンオフィシャルブログでは開発者、岡芹亮にインタビューを敢行!カタログや他の記事などには掲載されていない開発秘話を含めたインタビューを前後編でお届けします。いよいよ後編!
レコードプレーヤーの新たなフラッグシップモデル「DP-3000NE」開発者 岡芹 亮インタビュー 前編
重量感のあるソリッドなMDFをくり抜いたキャビネット
●前編では品番への思いやDCモーターによるダイレクトドライブ、そしてアームのお話をうかがいました。岡芹さん、後編もよろしくお願いします。先ほど本体をちょっと持ってみたんですが、非常に重いですね。これはボディーが重いのですか。
GPD エンジニアリング・スペシャルプロジェクト・シニアプロフェッショナル 岡芹 亮
岡芹:そうです。本体は18.5kgありますが、あえて重くしています。キャビネットが重いのですが、いわゆるボックスタイプではなくソリッドな素材で、パーツを入れる部分だけくり抜いています。例えるなら、四角い木の塊をゴリゴリ削ってそこに基板を埋め込んでいる感じです。この構造が実現できたのも電源の発熱が抑制できるモーターとその制御方式による影響が大きいです。
●キャビネットはとても美しいですが、素材は木ですか。
岡芹:MDFを突板で仕上げています。キャビネットにはいろんなアイディアがあって、生の木、たとえば竹などを使う案もありました。しかし無垢の一枚板だと乾燥で割れる可能性がありますし、均一さも担保できない。それと木には固有振動数があるので、やはり鳴きが出ます。MDFはその点、音響的に非常に優れた素材です。
DP-3000NE発表会資料より
●キャビネットの下のフットもすごいですね。
岡芹:このフットにはバネが入っていて免震構造になっています。厳密に言うと台形のバネとゴムで浮いている構造です。
●免震構造になっているのは下からの振動を受けたくないからですか。
岡芹:本体の振動を下に伝えないのと下からの振動をもらいたくないことの両方です。特に外からの振動の影響をカットしたい。このバネの乗数と本体の振動の周波数を考えると、本体はどうしても重くせざるを得なかった。重量が軽いとバネを柔らかくしなくてはいけないのですが、それではフカフカしてしまって、水平調整したりする手間が必要になりますから。
免震構造になっているDP-3000NEのフット
プラッターの裏側の素材や厚みも徹底的に吟味を重ねた
●その他にDP-3000NEで工夫した点はありますか。
岡芹:あとはプラッターですね。プラッターはレコードを乗せて回転させる部分ですが、その裏側に黒い塗装をしたステンレスの円盤を銅メッキのネジで留めてあります。これにはかなり試行錯誤を重ねました。
●そのターンテーブルの裏側のステンレスの円盤はなんのためについているのですか。
岡芹:異種材料を重ねることで、ダンピング効果、つまり振動を打ち消す効果を狙っています。それともう一つ、重みが増えることでイナーシャ(慣性モーメント)が変わりますから、回転安定性に差異が生じます。最初はゴムで設計しましたが、サウンドマスターの山内に聴いてもらったらゴムは即却下。そこからは大変だった。ステンレスを2枚つけたり、鉄や亜鉛を使ったりしました。それでとにかく音が変わる。山内の試聴室で聴くと、素材ごとの音の違いがはっきりと出ます。今回、山内がかなり根を詰めてやってくれて、最終的にはオーステナイト系ステンレス鋼 の304という素材に決めました。しかも厚みでまた音が変わるんですよ。私はせっかくだからスレンテスを厚くしてイナーシャを大きくしたかったんですよ。モーターにトルクはあるし。でも山内は軽い方がいいと言って、結局落ち着いたのが3mm厚でした。
20秒たったらすぐに0.3Wのスタンバイモードに入る省エネ設計
●使い勝手についても聞かせてください。DP-3000NEには電源スイッチがないんですね。
岡芹:ないです。ストップとスタンバイの区別をつける必要はないだろうという考えなんですね。だからターンテーブルが止まった状態で20秒たつと、スタンバイに入ります。スタンバイの待機電源は0.3Wです。そしてアームを動かすとまた立ち上がります。
プレーヤーって電気的には今までやりたい放題でした。水道でいえば蛇口を回しっぱなしの感じ。テレビや電球だったらつけっぱなしに気づきますが、オーディオはわからない。ヨーロッパにErP指令という欧州委員会のエコデザイン指令があります。それをクリアしないと海外マーケットでは販売できませんから、この指令に従って今までも20分経ったら無理やりスタンバイに落としていたんですよ。でもDP-3000NEはもう、ストップとスタンバイを区別していません。20秒だったらすぐにスタンバイに入ります。こういうことも「ベーシックに戻る」ということでもあると思います。レコードを回す時だけ、とにかくきっちり回ってくれればいい。あとはシンプルな方がいいんですよ。全てが。
●使い勝手でいえば78回転もサポートしているんですね。
岡芹:入れておきました。なかなかSPを回す機会はないかもしれませんが、デノンにはDL-102というSPでも使えるモノラルのカートリッジがラインアップしているので、SPのカートリッジがあってSPの盤を回せないのはどうだろう、ということですね。
デノンブログにDL-102をとりあげたエントリーがあります。そちらもぜひご覧ください。
物理的に正しく設計された製品に、サウンドマスター山内が音楽性の磨きをかける
●ここまでいろいろ開発段階でこだわった点や注力した点を聞いてきましたが、結果的なサウンドは狙い通りでしたか。
岡芹:狙い以上です。自分が思っていたよりも、かなりいい音に仕上がりました。これはサウンドマスターの山内のおかげです。山内はすごいんです。あいつがいじると音が変わるんですよ。
サウンドマスター山内慎一
●ではDP-3000NEでも、あの山内マジックは発揮されたと。
岡芹:まさに山内マジックですね。彼は「土台となるものが良くないとチューンアップはできない」と言ってくれているので、土台としてのDP-3000NEの素性も良かったのだと思います。
我々エンジニアがやることって、物理的に正しいことだけです。レコードに刻まれた音溝からどれだけ忠実に音を抽出するか。私の場合は自分の知識だけではなく、先輩たちの知恵も借りて、物理的に正しいと思うことをやりました。その上で山内が音楽的な面を磨き上げます。この山内のサウンドチューニングにおけるクリエイティビティは我々エンジニアの求める物理的なものとは違う次元のものだと思います。凄いです。
デノンの試聴室のDP-3000NE
スーパーハイエンドの価格ではなく、頑張れば買える、初任給の1.5倍ぐらいの価格にしたかった。
●ここまで前後編でDP-3000NEの開発のお話をうかがってきましたが、開発を通じて特に思い出深いこと、印象的だったことがあれば教えてください。
岡芹:やっぱりトーンアームですね。先輩たちにお話を聞きに行って、図面もブラッシュアップしてもらって作りましたから。で図面を持ってくと、書き換えられちゃう。「なんで?」って思いましたけどね(笑)。でも形は見えても、設計の深いところにあるものは、なかなか分かりません。
●岡芹さんでも分からない、秘められているいろんなフィロソフィーがあるですか。
岡芹:あります。
●DP-3000NEは日本生産かと思っていたんですが、違うのですね。
岡芹:DP-3000NEは中国で作っています。これも今回私が驚いたことなんですが、中国の生産工場が非常に精度の高いものづくりをしてくれました。今お話したモーターや、トーンアーム、プラッター、あとMDFのキャビネットなどですけど、できあがってみると、我々が思った以上にクオリティが高いんです。これはちょっとね、私の想像を超えていました。最低生産数も含めて、彼らのものづくりの技術は本当に素晴らしい。このクオリティのレコードプレーヤーを、この値段で作るのは今の日本では難しいでしょう。
●評論家の方からも大変好評で、一部の方からは「安すぎる」という発言もあったのだそうです。
岡芹:そんなことはないです。私の考え方としては、デノンの製品はオーディオのスーパーハイエンドじゃない。ハイエンドを目指しているけど、これなら手が届くっていうような価格のイメージです。やっぱり高くても初任給の1.5倍ぐらいじゃないでしょうか。自分が学生の時で考えたら、DP-80が9万5000円でしょう? DA-308っていうトーンアームが4万円。それで13万5000円、で、キャビネットが4万円ですから、17万5000円ですよね。少しオマケしてもらって……。で、当時の私の初任給、10万3000円でしたからね。やっぱり1.5倍ぐらいですよね。
●「これは高くて手が出ないな」という製品は、デノンのポリシーに反すると。
岡芹:反しますね。プライスについては私もいろいろ考えたところです。
●長年待望されていたレコードプレーヤーのフラッグシップモデルですが、DP-3000NEの設計に携わったことは、設計者冥利に尽きますよね。
岡芹:会社側もよく我慢して、ここまで自由にやらせてくれたなと。私みたいな仕事のやり方をよく許容してくれたと思います。私はいろんな人を巻き込みながら仕事していきますからね。先輩まで巻き込んで。長年会社にいると誰に聞いて動いてもらえれば適切な回答と結果が得られるかという知恵だけは働くんですよね。他部門から見たら高齢者介護みたいなものに見えているかもしれませんけどね。
●レコードプレーヤーに関する技術とノウハウは後輩たちに伝承しないといけないですね。
岡芹:そう思いますし、できるだけそうしていきたいと思っています。私もACモーターで悩んでいるときに見つけた先輩たちの資料にも勇気づけられましたから。ぜひ先輩方が培って来たデノンの技術とノウハウ、そしてフィロソフィーは、ぜひ継承していきたいと思います。
●お忙しいところありがとうございました。
(編集部I)