カッティングエンジニアの北村勝敏さんにデノンのフラッグシップレコードプレーヤー「DP-3000NE」を試聴してもらったPart.2
アナログレコードの作り手であるカッティングエンジニアの北村勝敏さんをデノン試聴室にお招きし、デノンのレコードプレーヤーの新しいフラッグシップモデル「DP-3000NE」を試聴いただきました。その様子をレポートします。試聴にはデノンサウンドマスターの山内がナビゲーターとして同席しました。
カッティングエンジニアの北村勝敏さんにデノンのフラッグシップレコードプレーヤー「DP-3000NE」を試聴してもらったPart.1はこちら。
アナログ盤にすることで、オリジナルのデジタルデータには存在しなかった20kHz以上の倍音が生成されることを実証
●山下達郎のアナログレコードの再発も北村さんが手掛けたのですか。
北村:はい。山下達郎さんの再発の8タイトル、あれは全部やらせていただきました。
株式会社ミキサーズラボ カッティングエンジニア 北村勝敏さん
●今日お持ちいただいている山下達郎の「FOR YOU」の1曲目「SPARKLE」を聴かせていただけますか。
山下達郎「SPARKLE」Music Video (2023)
●(試聴して)最高ですね。めちゃくちゃ気持ちいいです。アナログレコードのいい音ってどうしてこんなに気持ちいいのでしょうか。
北村:実はもともとCDの音源でも、それをアナログ盤にするだけでCDになかった倍音が生成されて気持ち良く聴こえるようになるんです。これは実際に私たちのミキサーズラボで実験してみて、測定もしてみたんですが、本当に倍音が出ていました。あれは本当にびっくりしました。
●CDからアナログレコードにするだけで倍音が生成されるのは不思議ですね。
北村:不思議です。でも実際お客様が、みなさん「CDをラッカー盤にして聴くと、音が違うよね。気持ちいいよね」とおっしゃるんです。CDにはご存じのように20Hzから20kHzまでの信号しか入っていません。しかしCD音源をラッカー盤にカッティングすると、なぜか音が滑らかになるんです。そこで試しに10kHzの信号をラッカー盤にカッティングして測定してみたんですよ。そうしたらなんと倍音が出ていたんです。10kHzに加えて20kHz、30kHz、40kHzの倍音が出ていました。次にCDをソースとした音楽を使ってカッティングしてみました。するとやはり40kHzやそれ以上の倍音が綺麗に伸びていたんです。
●なぜCDの20kHzまでしかない音源をアナログ盤にすると倍音が生成されるのでしょうか。
北村:どこで倍音が生成されているのか、はっきりとはわかりません。カッティング用のレコーディングアンプがその1つとしてありえます。トランジスターのものですが、ただそこからはおそらく、そこまで倍音は増えないとも思えます。あと倍音が出てくるとしたら、やっぱり機械的な部分、たとえばカッターヘッドと針が振動することで、自然にその倍音が生成されているのかもしれません。レコードを再生するときも同じようにカートリッジやトーンアームが鳴って、それによって倍音が自然に付加されるのはあるかな、と思っています。
●それはレコードプレーヤーが楽器のように音源を鳴らすことで倍音を生成する、ということですか。
北村:そう言ってもいいかもしれませんし、レコード盤を作成するプロセスが一種のエフェクターである、と言えるのかもしれません。それで最近弊社ミキサーズラボでは「Lacquer Master Sound(ラッカー・マスター・サウンド)」という技術で、中森明菜さんなどの音源をラッカー盤にカッティングし、それを再生してAD変換を行い、ハイレゾ音源としてパッケージするということを行っています。
『アナログ、復権の10年』「Lacquer Master Sound」
アナログレコード技術を応用した高品位ハイレゾ配信ミキサーズラボ 内沼映二 インタビュー
デノン試聴室で製品の音質検討用の音源にも北村さんカッティングのレコード盤が!
●次に何を聴きましょうか。
北村:我々ミキサーズラボが作った角田健一ビッグバンドのレコードを今日は1タイトルだけ持ってきました。「シャレード」という曲を聴きましょう。
●(試聴して)角田健一ビッグバンドのレコードは先日のTIASの山内セレクションでも使っていましたよね。
山内:はい、この試聴室にもミキサーズラボさんが作った角田健一ビッグバンドのレコードがあります。いつも音質検討用によく聴かせていただいています。バランスとか音色とかサウンドステージ等、いろんな意味を含めてすごくよくできてるなと感心して聴いています。
デノンサウンドマスター山内
北村:ありがとうございます。ああ、これですね。これは私がミキサーズラボに来て初めて手がけたレコードで、お披露目のときに配った配布用のレコードですね。
●ではレコードの裏面にあるのは、北村さんの職場ですか。
北村:はい、これが私の職場です(笑)。
カッティングの限界に挑んだ鬼太鼓座の「富嶽百景」はレコードプレーヤーのリファレンスにも最適
北村:聴こうと思って持ってきたアルバムを、最後に聴いていいでしょうか。鬼太鼓座の「富嶽百景・抄録 アナログマスター・ダイレクトカット」で、1997年発表のアルバム「富嶽百景」に収録された9曲の中から厳選した6曲を収めた高品位レコードです。2023年9月に発売されたもので、180g重量盤です。
●(試聴して)すごかったですね。
山内:これは初めて聴きます。凄いですね。
北村:ライナーノーツにも書いてありますけど、この作品は1インチというとんでもなく太いテープを2チャンネルのマスターテープとして使っています。普通は1/4インチ、つまり6.3mmのテープで、さきほど試聴した石川さゆりさんの曲は、ハーフインチという12.7mmのテープなんですけど、この「富嶽百景」は、その倍の1インチ、つまり25.4mm幅のテープです。普通はないんですが、特別に改造して作ったそうです。それで録られていたのでマスターテープの音はとても良好でした。
「富嶽百景・抄録 アナログマスター・ダイレクトカット」についてはこちらをご覧ください。
●かなりの低域で大音量の大太鼓が出てきてダイナミクスが非常に大きい音源ですね。やはりカッティングに苦労されたのでしょうか。
北村:苦労しました。DP-3000NEは太鼓の空気感をしっかり表現していて、よく再生していると思います。
でも今試聴した部分は最初の方で、まだ序の口です。この後とんでもなく大きな太鼓の音が出てくるんです。その部分のカッティングには非常に苦労しました。最初カッティングして音溝のチェックをしたところ、溝幅が極端に狭くなっている部分があったので、調整してカッティングし直しました。
●レコードは音量で音溝の深さや幅が変わるんですよね。
北村:逆相で溝が細くなると、縦振幅になり針が飛びやすくなります。また正相の信号で音量が大きいと溝が太くなって隣の溝に接してしまい、これも針が飛ぶ原因になります。今回は和太鼓というダイナミクスが大きな音源でしたが、結構ギリギリまで攻めたカッティングをしました。
●オーディオマニアには、自宅のオーディオシステムの限界をテストしてもらえる作品になりそうですね。
北村:まさにそうです。特に大太鼓の部分は、オーディオの性能を試す絶好のポイントでしょうね。
山内:音質はもちろん緊迫感ある演奏も楽しめるとても良い素材とお見受けしますのでオーディオファンの方にも使ってみていただきたいですね。
●本日はありがとうございました。
北村さんがカッティングした愛聴盤を挟んでサウンドマスター山内(左)と北村さん(右)。
(編集部I)