
カッティングエンジニアの北村勝敏さんにデノンのフラッグシップレコードプレーヤー「DP-3000NE」を試聴してもらった Part.1

アナログレコードの作り手であるカッティングエンジニアの北村勝敏さんをデノン試聴室にお招きし、デノンのレコードプレーヤーの新しいフラッグシップモデル「DP-3000NE」を試聴いただきました。その様子をレポートします。試聴にはデノンサウンドマスターの山内がナビゲーターとして同席しました。

40年以上前の学生時代に購入した「DP-3000」を今も現役で使用
●今日はデノン試聴室までご足労いただきありがとうございました。試聴の前にうかがいますが、北村さんはデノンのレコードプレーヤーについて思い出などはありますか。
株式会社ミキサーズラボ カッティングエンジニア 北村勝敏さん
北村:私はこの品番と同じ最初のDP-3000番台を持っているんですよ。ですから今日はDP-3000NEを試聴できるということでとても楽しみにしてきました。
●その製品はご自身で購入されたんですか。
北村:そうです。まだ私が20歳ぐらいのときに買いましたから、もう40年以上前ですね。
●ではDP-3000という品番には思い入れがあるんですね。
北村:ありますね。当時5万円ぐらいだったような気がするんですけど、当時はまだ学生だったのでバイトして買いました。
●その製品は今もお使いですか。
北村:今も現役でバリバリ使っています。2回ほど壊れましたけど直しました。正確に言うとキャビネットもついていてアームボードが取り外しできる「DP-3500(1972年発売、発売当時価格62,000円)」っていうモデルです。DP-3000はターンテーブルだけだったんじゃないかな。
北村さんがお使いのDP-3500。DP-3000に取外し可能アームボードつきのキャビネットが組み合わされている
DP-3000についてはデノンブログのこちらのエントリーをぜひご覧ください。
DP-3000の製品概要はこちらからご覧いだけます。
DENON Museum – Model History – 1972 – DP-3000/3500
カッティングエンジニアとはレコードに音溝を削っていく仕事
●北村さんがカッティングエンジニアになった経緯を教えていただけますか。
北村:音楽が好きで何か音楽に関わる仕事をしたいと思っていたんです。当初はバンドをやっていましたが現実はそう甘くないと気づきました。それで音楽に関わる仕事としてミキシングエンジニアになりたいと思い、音響の専門学校に進みました。その後、レコード会社に入ればなんとかなるだろうとポリドールに就職したところ、最初はレコードの試聴検査部門に配属されました。プレス直後のレコードのひずみやノイズをチェックする仕事です。その後、異動の希望を出してカッティングやテープ編集のセクションに移りました。
●カッティングエンジニアの仕事とはどういうものですか。
北村:具体的に言うと、レコードの音溝を削っていく仕事です。90年代後半にアナログレコードが一時的に廃れた時期があり、その間はCDのマスタリングやDVDのオーサリングなどを担当しました。2000年頃から再びアナログレコードが人気を博すようになり、それで再びレコードのカッティングの業務に戻りました。
●現在はどんな状況ですか。
北村:レコードの生産数が年々増加しているので、今は非常に忙しいですね。日本には3つのプレス会社がありますが、いつも大忙しだそうです。
DP-3000NEは歯切れがよく澄んだ音でベースの定位も良好
●ではさっそく新製品のDP-3000NEの試聴をお願いします。まずパッと見てDP-3000NEの印象はいかがですか。
北村:プレーヤーとしてはすごくモダンというか、現代的な印象を受けます。僕の持っているDP-3500はかなり重厚な感じですから。
●では最初のアルバムをお願いします。
北村:この試聴のために持ってきたベーシストのBrian Brombergのアルバム「Wood2」を聞かせてください。
●これはいつ頃カッティングされたんですか。
北村:2019年です。CDは2004年に出ているのですが、これを私がアナログレコード用にカッティングしました。重量盤で出ています。
●DP-3000NEの音はどんな印象ですか。
北村:歯切れがいいし、澄んだ音をしてますよね、すごく。ベースの音って定位が悪くなりがちなんですけども、その辺もすきっとして、いい感じだと思います。
「DL-103」は標準カートリッジとしてカッティング後の検聴でも使用
●お持ちのDP-3500と比べるとどんな音ですか。
北村:それはもう、全く異次元の音がしてます。さすがです。ところでカートリッジはDL-103ですか。
山内(デノンサウンドマスター):DL-103Rです。品番にRが付いているか付いていないかの違いなんですけど、DL-103Rは発電コイルに純度6N(99.9999%)の高純度銅を使っています。
デノンサウンドマスター山内(写真右)

山内:北村さんがカッティングした際、試聴するのはDL-103ですか。
北村:そうです。レコードプレーヤー自体は安価な13,4万円のものですが、カートリッジはDL-103です。
●DL-103はスタンダードということなのでしょうか。
北村:そうですね。音質比較はDL-103で行っていて、まさに標準、基準のカートリッジという扱いですね。針飛びや歪みの確認はアメリカのブランドのカートリッジも使っています。これはカッティングマシンのメンテナンスをする方が「アメリカはこれでチェックするのが一般的だ」と言われていたためです。
ハイエンドのカッティングをするためにレコードプレーヤーの底上げを望んでいる
●では次のレコードをお願いします。
北村:では石川さゆりを聞いてみます。
石川さゆり「Transcend Extra edition」を試聴
■発売日:2023年8月31日
■品番:SSAR-093/094
■JANコード:4571177053268
■仕様:LP・2枚組 45回転 180g重量盤
●(試聴して)いかがでしょうか。カッティングエンジニアとして、再生音の正確さなどはいかがですか。
北村:DP-3000NEは色付けがなくていいと思います。きれいで雑味のない音って言うんですかね。そう感じます。
●いろんなレコードプレーヤーで北村さんがカッティングしたレコードを聴かれると思いますが、色付けがあるのレコードプレーヤーも多いのですか。
北村:多いです。低音がすごく盛り上がって聴こえたり、ハイがきれいだったり、汚かったりで、元々はこんな音じゃなかったのに、と思うことはあります。
●山内さんはこの音源を聴いてみていかがですか。演歌は音質検討ではあまり聴かない音源なのですか。
山内:ここに来るお客様で、この盤を好んで試聴する方もいらっしゃいます。ですから何回か聴いています。
●最近はクルマや家並みの高価なレコードプレーヤーも出ています。そんな中DP-3000NEは税込みで38万5000円です。この価格設定はどう感じますか。
北村:(DP-3000NEの価格設定は)とてもいいと思います。私たちカッティングエンジニアとしては、むしろ、非常に安いプレーヤーが多いのことのほうが困っています。たとえば1万円程度のレコードプレーヤーがありますよね。スピーカー付きのものとか。その普及台数が多いものですから、カッティングする時、どうしても安いプレーヤーでも針飛びがしないようにせざるを得ません。そういうプレーヤーでかけて「針が飛ぶ」とか「歪む」というクレームがいっぱい来ると、レコード会社としては対応が大変だからです。私が手掛けたレコードも、そういう理由で一度カッティングし直しになったことがあります。
でもカッティングし直すときには、音質のレベルを下げることしかできないんですよ。もっといい音でカッティングできるはずなのに結局、低い方にレベルを合わせてカッティングしなければいけなくなることが多いんです。
ですからレコードプレーヤー全体の底上げをしてもらえると嬉しいです。そうすれば我々はもっといいカッティング、ハイエンドなカッティングができますから。
●アナログレコードが持ってる可能性を生かしきれるかどうかは、プレーヤーによるってことなんですね。
北村:そうなんです。でもエンジニアとしてはやっぱり攻めたいんですよ。いいオーディオ機器で聴けばすごく素晴らしい音がするのに、安いプレーヤーでちゃんと再生できるようにする、例えばさっき言ったレベルを下げる、低域を落とす、ハイを落とすっていうふうなことをどうしてもしないといけない。
ですから作品によっては「これはハイエンドを狙ったレコードに仕上げていいですか?」っていうふうに聞くことがあります。そしてOKをいただければ、かなり攻めることができる。でもそうではないもののほうが多いですから、すごくもどかしいんです。だからレコードプレーヤー全体が底上げされるとすごくありがたいですよね。
カッティングエンジニアを泣かせるマイルス・デイヴィスのミュートトランペット
●次は何を聞きますか。
北村:竹内まりやの「Plastic love 12インチクラブミックス」を聞かせてください。
北村:(試聴して)実はある部分でテストカットの時に針飛びを起こしてしまって、すごく苦労したところがありましたが、きれいに再生されていますね。逆相が入った「ダダ、ダタタタダタタタ」っていうところを実際にカットするともう、とんでもない溝になっちゃうんですよ。あそこが苦労しました。
山内:やっぱり起伏が激しい部分っていうのは、針も飛びやすいんですか。
北村:いや、LRに音が飛び散ってるような音とか、逆相成分が入ったりする物が、一番難しいですね。これもカッティングが厳しかったので聴いていいですか。マイルス・デイヴィスの「TUTU」です。
●(試聴して)「TUTU」のどの部分のカッティングが難しかったのですか。
北村:曲の冒頭10秒から15秒あたりがわかりやすいのですが、(レコードプレーヤーの)クオリティが低いとトランペットのミュートの音が上手く再現できません。
●ミュートトランペットの再現は難しい?
北村:非常に難しいです。ミュートトランペットのサウンドについては、カッティングエンジニアが10人いれば10人とも嫌いだと言うでしょうね(笑)。高域成分が非常に多く、レコードの右チャンネルにミュート音が飛び散りやすいんです。
●ミュートトランペットが右チャンネルに飛び散るとはどういうことですか。
北村:レコードは内側が左チャンネル、外側が右チャンネルです。レコードにはインサイドフォースといって中心に向かう方向に力がかかりやすいので、左チャンネルの方がトレースしやすいんです。高域成分が多いと、右チャンネルがトレースしきれず、どうしても右側に音が飛びやすくなります。これを抑えるためにはプレーヤーのインサイドフォースの調整が重要です。
●ではTUTUのミュートトランペットがきれいにセンターに定位している場合は、バランスが取れているということですね。
北村:はい、その通りです。中央できれいに定位していましたので、素性がよく、調整もうまくいっている証拠です。
(編集部I)
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