飯田有抄の「カメラと写真と音楽と」vol.1夜
「オトナ女子のオーディオ入門」で熱くオーディオについて語っていただいたクラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さんはカメラも大好き。このたびデノンブログで写真と音楽について語る連載を書いていただくことになりました。第1回のテーマは「夜」。夜をめぐる素敵な写真とプレイリストをお楽しみください。
カメラと写真と音楽と vol.1「夜」
どうやら、オーディオ好きの人にはカメラ好きが多いらしい。どちらも、機械を使ってあれこれ創意工夫できるというところに共通項がありそうだ。
音楽好きの人に、写真が好きな人も多いようだ。音楽は時間芸術であり、鳴り響いた先から消えてしまう。写真はある一瞬を切り取って、ずっと残すことができる。音楽家は写真家に憧れるところがあるのかもしれない。
私はクラシック音楽を専門としているが、カメラと写真が異様に好きだ。古いカメラやレンズを手に取るだけでも、なんとも言えない浪漫を感じたりする。愛機はレンジファインダーという古い機構を持つM型ライカ。最速のオートフォーカスもなければズームレンズもない。しかし、絞りと感度とシャッタースピードをいじりながら、じわじわと撮影する時間を過ごすのは、とても愉しい。そうなると写真も時間芸術のように感じてくる。絞りと感度とシャッタースピードのバランスはハーモニーだし、ここぞと言うタイミングでシャッターを切る感覚は、さながら音楽におけるリズムだ。
というわけで、この連載では(連載になるのか?)、私が撮影した日々のスナップの中から、音楽的テーマと親和性の高いものとを組み合わせつつ、ぜひ聴いていただきたいクラシック音楽をご紹介していきたいと思う。何気なくラジオでも聞くように、リラックスしながら楽しんでいただけたら嬉しい。
今回のテーマは、「夜」としよう。写真は光の加減が大事なので、夜の撮影はそもそもハードルがあるのだが、陽が沈んでからの数十分を「マジックアワー」と言うくらい、淡く闇へと溶けゆく空や景色の色合いはとても美しい。そして夜に灯された光というのは、どこか心落ち着く風合いがあって、つい写真に収めたくなる。
(マジックアワーの空と富士)
ゆらめく蝋燭の火を思わせるノクターン
ショパンノクターン第19番 ホ短調 op.72-1
音楽で夜といえば「ノクターン」だ。日本語では“夜想曲”と訳されてきた。最初に編み出したのは、アイルランドの出身でロシアで活躍した音楽家ジョン・フィールド(1782〜1837)であるが、ピアノ音楽の一ジャンルとして確立させたのはフレデリック・ショパン(1810〜1849)である。当時は今のような蛍光灯もLEDもないのだから、夜はたよりない蝋燭の灯りのもとで、ノクターンが奏でられたことだろう。すべてが見えすぎない陰影のあるサロンの中で、人々はノクターンを聴きながら、思い出に耽ったり、誰かのことを考えたり、夢見るようなひと時をすごしたことだろう。
ウラディミール・ホロヴィッツの演奏で、ショパンの「ノクターン第19番 ホ短調 op.72-1」を聴いていただきたい。古いライブ録音で、だれかがこっそり録音したかのようなノイズまで入っている。とても状態のいい音源とは言えないが、まるで蝋燭の灯りが繊細にゆらめくかのような強弱の陰影があまりに素晴らしく、どうしてもこの演奏でご紹介したいと思う。
ちなみに、この曲を書いたのは、ショパンが17歳の頃だという。どれだけ精神的に成熟していたのだろうかと驚く。
都会的な夜のための小品
ジョージ・ガーシュウィン メロディ第17番「眠れない夜」
お次はちょっと都会的な夜をイメージして。アメリカはニューヨーク生まれの作曲家ジョージ・ガーシュウィン(1898〜1937)の作品だ。ガーシュウィンというと、ピアノとオーケストラのための「ラプソディー・イン・ブルー」がかなり有名だが、数々のミュージカル・ソングのほかに、こんなに可愛らしいメロディ第17番「眠れない夜」という曲だってあるのだ。「眠れない」というと長い作品かと思いきや、3分足らず終わってしまう小粋な曲である。
いたわりの夕刻に、フィンジの音楽を
ジェラルド・フィンジ「エクローグ」
今回はピアノ曲ばかりになってしまった。おしまいの一曲はピアノとオーケストラのための作品だ。英国の作曲家ジェラルド・フィンジ(1901〜1956)の「エクローグ」である。エクローグとは、牧歌的な小さな詩の意。この曲を聴くといつも、じわりと心に沁みてくるような夕刻の光が思い浮かぶ。誰をも「おつかれさまでした」と労わるように優しくて、すこし寂しくて、包み込むようなあの光。
フィンジの紡ぐ透明感溢れるピアノの旋律と、オーケストラの柔らかなハーモニーをゆっくりと味わっていただきたい。
(第1回おわり)
飯田有抄 プロフィール
東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。音楽専門雑誌、書籍、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジンなどの執筆・翻訳のほか、音楽イベントでの司会、演奏、プレトーク、セミナー講師の仕事に従事。NHKのTV番組「ららら♪クラシック」やNHK-FM「あなたの知らない作曲家たち」に出演。書籍に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」(共著、音楽之友社)、「ようこそ!トイピアノの世界へ〜世界のトイピアノ入門ガイドブック」(カワイ出版)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。