素顔の音楽家たち第9回 王様よりもスゴい?究極の「オレ様」ワーグナー
音楽の歴史に名を残している偉大な作曲家や演奏家、そんな天才たちのエピソードをご紹介する「素顔の音楽家たち」。究極の「オレ様」でもあった?天才ワーグナーをご紹介します。
音楽の歴史に名を残している偉大な作曲家や演奏家、そんな天才たちのエピソードをご紹介する「素顔の音楽家たち」。
今回は王様より凄かったという究極の「オレ様」、天才ワーグナーをご紹介します。
《トリスタンとイゾルデ》《ニーベルングの指輪》、そして《ニュルンベルクのマイスタージンガー》といった傑作オペラを作り出し、音楽界に多大な影響を与えたワーグナー。
その才能はまさにケタ違いで、彼の登場により、音楽史は塗り替えられたといっても過言ではありません。
しかし、「偉大な作曲家」=「偉大な人格者」か? というと、そうとは言えないのが現実です。
はっきり言って彼は、自分の才能を武器に、人の迷惑かえりみず、自分が欲しいものは必ず手に入れて生きてきた、“究極のオレ様男”でした。
ほとんど独学に近いかたちで音楽の知識を身につけたワーグナーは、地方歌劇場の指揮者として、音楽家のキャリアをスタートしています。
そして、23歳のとき、ある劇団の看板女優だったミンナ・ブラナーという年上の女性と結婚(彼女とは別居を繰り返します)。
その後しばらくの間は、稼げないのに贅沢な暮らしをしては借金を重ね、それを踏み倒しては夜逃げをする、というような生活を続けていました。
30歳を過ぎて、ドレスデンの宮廷楽長に招かれた頃から、ようやく世間に認められるようになりますが、それも束の間。
革命騒ぎに市民と一緒に参加して、ドイツ国家の「お尋ね者」となってしまいます。
そのとき、なんとかワイマールへ逃げ延びたワーグナーを助けたのが、当時、その地で宮廷楽長を務めていたフランツ・リストです。
彼はワーグナーのわずか2歳年上ですが、子供の頃からピアニストとして成功し、その頃にはすでに“音楽界のドン”でした。
以前、パリでワーグナーと知り合い、いち早く彼の才能を高く評価していたリストは、偽造パスポートを用意させ、スイスへ逃げる手はずを整えてやります。
さらにそれ以降は、ワーグナーの求めに応じて、たびたび金銭的援助までしてやっていました。
つまり、リストは、不遇時代のワーグナーを支えた大恩人のひとりだったわけです。
ところが、その十数年後。
罪を許されドイツに戻ったワーグナーは、リストの恩に、とんでもないお返しをします。
そう、リストの愛娘であったコジマを、我が物にしてしまったのです。
しかも当時コジマは、リストの一番弟子だった指揮者ハンス・フォン・ビューローの妻にして2児の母。
いくら、恋愛は当人同士の問題とはいえ、リストが怒るのも無理ないでしょう。
結局、ワーグナーは1866年に妻ミンナが病死した後、コジマとビューローの離婚が成立すると、1870年に正式にリストの娘と結婚してしまいました。
コジマの一件があって、約5年にわたりリストはワーグナーと絶縁しますが、後年、ワーグナーは彼の理想の劇場であるバイロイト祝祭劇場を完成させた際、リストに丁寧な手紙を書き、ふたりは和解しています。
しかしリストの晩年、ワーグナーは彼を陰で「老いぼれ」と酷評し、義父にして大恩人であるリストがバイロイトに訪ねてきたときも、あまり歓迎しなかったと伝えられています。
しかもこれは、ワーグナーがその人生においてたびたびやらかしてきた“恩を仇で返す”仕打ちの、ほんの一例に過ぎません。
彼に金銭的援助をしてくれたお金持ちのパトロンは何人かいましたが、ワーグナーは何度か、彼らの妻にも手を出しているのです!
スイスの富豪であるオットー・ヴェーゼンドンクの妻、マチルダとの不倫関係は特に有名ですね。
まあ、パトロンに浮気がバレれば金銭的援助も打ち切られかねないわけですから、考えようによっては、自分の気持ちに正直に生きた人、と言えるのかも?しれません。
とにかくワーグナー本人といい、その作品といい、人々をひきつけてやまない魅力にあふれていたことは確かです。
しかも、ワーグナーの魅力にとりつかれたのは、女性だけではありませんでした。
そのひとりが、コジマの元夫のビューロー。
彼は、もとは大変なワーグナーファンであり、ワーグナーの作品の初演を何度も振った人物でした。
つまり、ビューローもワーグナーにとっては恩人のひとりだったのです!
そして、ワーグナーのパトロンでもっとも有名にして強力だったのが、ご存じ、バイエルン国王のルートヴィヒ2世です。
なんといっても王様ですから、その経済力はケタ違い。
彼がワーグナーのために湯水のごとく金を使い、バイエルン国の財政が傾いたとまで言われています。
ふたりの間が険悪になっても、歩み寄りを見せたのは、たいがいルートヴィヒ2世のほうだったとか。
「王様」に対しても「オレ様」を貫いたワーグナー。
彼のケタ違いの才能には、王様さえもひれ伏した――というお話でした。
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(ライター 上原章江)
『クラシック・ゴシップ!』 ~いい男。ダメな男。 歴史を作った作曲家の素顔~
『クラシック・ゴシップ!』 ~いい男。ダメな男。歴史を作った作曲家の素顔~
上原章江 著 ヤマハミュージックメディア