映画『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』
現代最高のチェリストと称されるヨーヨー・マが立ち上げ、世界中の音楽家が参加した「シルクロード・アンサンブル」を追ったドキュメンタリー映画『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』をご紹介します。
現代最高のチェリスト、ヨーヨー・マ。バッハの「無伴奏チェロ組曲」やコダーイの「無伴奏チェロソナタ」などの名演をはじめ、ウイスキーのCMで有名になったピアソラの「リベルタンゴ」、さらに映画音楽の巨匠エンリコ・モリコーネの曲を演奏したCDを発表するなど、多彩な活動を行っています。
この映画はヨーヨー・マ自身が立ち上げ、世界中の音楽家が参加した「シルクロード・アンサンブル」を追ったドキュメンタリー映画で、シルクロードにゆかりがある世界各地の音楽家たちとアンサンブルを重ねながら、自らの音楽のルーツを見つめていく様子を追います。
2013年に公開されて話題となった音楽ドキュメンタリー映画「バックコーラスの歌姫たち」(第86回アカデミー長編ドキュメンタリー賞受賞)のモーガン・ネビルの監督作品です。
『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』
出演:ヨーヨー・マ、ジョン・ウィリアムズ、タン・ドゥン、ケイハン・カルホー
2015年/アメリカ映画/英語/95分/カラー/原題:The Music of Strangers/
© 2015, Silk Road Project Inc., All Rights Reserved
公式HP:yoyomasilkroad.com
配給:コムストック・グループ
3月4日(土)よりBunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座他全国公開
ヨーヨー・マはパリで中国人の音楽家の両親から生まれました。わずか4歳でチェロを始めて6歳でリサイタル。
7歳で家族と共にニューヨークへ渡って、8歳の時にはバーンスタインのコンサートでテレビ出演し全米の話題を呼んだという、まさに神童です。
この映画はその天才、ヨーヨー・マの苦悩から始まります。
映画の冒頭のシーンが実に印象的で、ここはぜひご覧いただきたいのですが、ある講演会で司会者がこれから登場するヨーヨー・マを紹介しています。
ヨーヨー・マはまだステージ袖の暗がりで控えているのですが、司会者が語る素晴らしい彼の経歴について、ことごとく自分でけなし、自嘲します。
それはいつも明るくて前向きでおおらかで、世界的な銘器である自分のチェロをタクシーのトランクに置き忘れてしまうほどの豪快な人物とは思えない、神経質な一面でした。
私(編集部I)のような凡人にははかりしれませんが、子どもの頃から一心にチェロを弾いていて、いつの間にか世界一のチェロ弾きになっていたというヨーヨー・マの人生。
そこには神童にしかわからない苦悩があるということ、そしてその苦悩の深さが映像から伝わってきます。
多くの神童と同じように、人生の極めて早い時期に音楽的な完成を迎えてしまったヨーヨー・マが直面したのは「音楽へのモチベーションを保つこと」、そして、演奏において「自分のヴォイス(声)を持つ」ということでした。
自分の音楽を追求するプロセスにおいて、あるときナミビアにあるブッシュマンの村に赴いた際、彼らが演奏する音楽に深い感銘を覚えたといいます。
その後「音楽には境界などない」というのがヨーヨー・マの基本的に考えとなりました。
クラシックの境界を越え、幅広いジャンルでの活躍をはじめたのも、そんなことが背景にあるのでしょう。
「Don’t Worry Be Happy」のヒットで有名なボーカリストのボビー・マクファーリンとの共演や、ジャズバイオリンの大御所ステファン・グラッペリとの共演、ブラジルで最高峰のギターデュオコンビ、アサド兄弟との共演、またアメリカのブルーグラスの名手たちとの共演など、共演者も年々幅広くなり、ますます多岐にわたっています。
そんな彼が自分自身で立ち上げ、シルクロードにゆかりがある多数の音楽家が参加したのが「シルクロード・アンサンブル」でした。
2000年、ヨーヨー・マはシルクロードにゆかりがある50名以上のマエストロをマサチューセッツのタングルウッドに招集し、ワークショップを行いました。
そしてそのワークショップで生まれた曲を演奏すると、観客から熱狂的な拍手で迎えられました。これがシルクロード・アンサンブルの始まりでした。
そんなシルクロード・アンサンブルのメンバーはまさに多士済々です。
この映画では中国の琵琶奏者、イランのケマンチェ(バイオリンのルーツとなる楽器)奏者、スペインのバグパイプ奏者、シリアのクラリネット奏者など、その中の数人がフォーカスされていますが、彼らの演奏の素晴らしさには度肝を抜かれました。
また、この映画ではシルクロード・アンサンブルのメンバーによる演奏だけでなく、参加している様々な音楽家たちの音楽的な背景も語られます。
たとえば中国の琵琶奏者である女性は、幼少期に中国で神童と呼ばれるほどの技術を持ちながら、後にアメリカに移住。
その背景には国家が文化を徹底的に弾圧した文化大革命の影響があったそうです。
また、イランのケマンチェの名手は、政府から迫害され、それから逃れるためにヨーロッパの国々を数千キロ歩き続けたことがあるそうです。
またスペインのバグパイプ(ガイタというそうです)の奏者は伝統的な演奏法を超えたスタイルを確立し「ガイタのジミ・ヘンドリックス」とまで称されたのですが、ある日そのキャリアを全て捨て、ニューヨークにやってきたという女性です。
そしてシリア出身のクラリネット奏者は、シリア音楽界の期待の星であったにもかかわらず、内戦の勃発で国外追放されてしまいました。
彼は今、演奏活動の合間をぬって、ヨルダンの難民キャンプで子ども向けのワークショップを行っています。
音楽家を通してこのような世界の情勢を見ると、音楽家が音楽のことだけを考えていられる場所、そして私たち一般市民が日常的に気兼ねなく音楽を楽しめるような平和な場所は、さほど多くはないのだ、ということが実感できますし、そうした背景を知ることで、彼らの音楽に秘められた想いを想像することができます。
さて、この映画の見どころですが、まずは稀代のマエストロ、ヨーヨー・マの演奏でしょう。
たとえば人気のない公園で自分の内面に問うように弾くバッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」はリサイタルでの演奏とは違った味わいがありますし、現代曲のオリヴィエ・メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」は深く心に響きます。
またヨーヨー・マについて語るジョン・ウィリアムズや、ボビー・マクファーリンの証言から浮かび上がる人間ヨーヨー・マの素顔、さらには密着インタビューに答えるヨーヨー・マの飾らない人柄も大変魅力的です。
そして、もう一つの見どころが今まで知らなかったシルクロード・アンサンブルに参加している素晴らしい音楽家たちの演奏が聴けることです。
私はポップスやロック、そしてジャズやクラシックも自分ではわりと幅広く聴いている方だと思っていましたが、世の中にはこんなにもいろんな楽器があって、こんなにも素晴らしい演奏家たちがいることを知り、自分の音楽的な見識の狭さが恥ずかしくなりました。
シルクロード・アンサンブルも初めて聴きましたが、まず自らが各々のルーツである文化を大切に継承すること、そしてそれらの文化を交差させ、アンサンブルさせるところから、文字通りグローバルな新しい音楽」が生まれる、ということを実際に音楽で証明しているように思いました。
この映画を見ること自体が感動的な音楽体験でした。
見れば見るほど、いろんなことがくみ取れそうな映画ですので、私ももう一度見たいと思います。
みなさんもぜひ、彼らの音楽と、その生き様を映画館の大きなスクリーンで味わっていただきたいと思います。
ちなみにヨーヨー・マのご子息がインタビューで「小さい頃、父は○○の職員だと思っていた。だってしょっちゅうそこに出かけていくから」とコメントしていて、それがとても面白かったです。答えはぜひ映画館で!
Sing Me Home
Yo-Yo Ma, Silk Road Ensemble
シルクロード・アンサンブルの最新作。
(Denon Official Blog 編集部 I)