サウンドマネージャー山内セレクションVol.5
大好評企画、デノンのサウンドマネージャー山内がHi-Fiオーディオシステムで味わってほしい音楽をセレクトする山内セレクションのVol.5。試聴会などでも使う音源を中心に、ジャンルを超越した独自の美意識でご紹介します。
大好評企画、デノンサウンドマネージャー山内がHi-Fiオーディオシステムで味わってほしい音楽をセレクトする山内セレクションのVol.5。ジャンルを超越した独自の美意識でよりすぐりの音源をご紹介します。
GPD エンジニアリング デノンサウンドマネージャー 山内慎一
●山内セレクション、非常に好評につき、ついに第5回目となりました。今回もよろしくお願いします。
山内:よろしくお願いします。
●恒例ですが、音源をご紹介いただくまえに、今回の試聴環境を教えてください。
山内:今日はPMA-1600NEとDCD-1600NEで聴きましょう。スピーカーはB&Wの最新世代800 D3シリーズの「802 D3」で、これも前回と同様です。
↑試聴室の様子。試聴で使用したのは前列右端のDCD-1600NEと後列中央のPMA-1600NE。
●では1曲目をお願いします。
山内:今日はまず、SUSUMU YOKOTAさんというDJ系の方のアルバムを聴いてみましょう。アルバム「sound of sky」から「nothing time」という曲です。
アーティスト名:SUSUMU YOKOTA
アルバム・タイトル:Sound of Sky
●(試聴が終わって)素晴らしいですね。エレピの音色の印象と曲全体から感じられるリラックス感からでしょうか、昔の番組で恐縮ですが、私はNHKのFMの音楽番組「クロスオーバーイレブン」を思い出しました。
山内:これはチルとかアンビエントミュージックの要素もクロスオーバーしているといっていいと思うのですが、とにかく非常に才能を感じます。繊細さがありますよね。ただ残念なことに、ご病気か何かで、2015年にわずか54歳で亡くなってしまったそうです。ご本人はDJだったそうです。初期のNew OrderやThe Durutti Columnが好きだということをインタビューで読んだことがあって、自分の好みと共通するものがあるなと思っていました。
●The Durutti Columnのニュアンスは、わかる気がします。
山内:SUSUMU YOKOTAさんはたくさんCDを作られていて、いろんなトラックがあるんですが、ちょっと東洋的な美意識を感じるところがあります。音をむやみに詰め込みすぎないんです。静寂感がある、というか。
●静寂感、ですか。
山内:そうです。オーディオの表現でも同じく「音が出ていない部分=静寂感」は重要だと思います。
これにより音楽のコントラストもより生きてくるというか。
●ご本人がDJであることが関係しているかも知れませんね。演奏家だとどうしても自意識があるので『弾いてしまう』と思うのですがDJタイプのクリエイターはもっと音をデザイン感覚でレイアウトしていく気がします。
山内:そうですね。余白を持った音楽である、と言う言い方をしてもいいかもしれません。YOKOTAさんの独特な美意識、東洋的な「間」は、数多くのミュージシャンからも高く評価されているようです。
●なるほど。では次の曲をお願いします。
山内:現代最高峰のジャズピアニストのひとりであるブラッド・メルドーと世界的なメゾソプラノ歌手、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターの共演盤で「ラブ・ソングズ」というアルバムがあります。そこからビートルズの「ブラック・バード」をお聴きください。
アーティスト名:アンネ・ゾフィー・フォン・オッター&ブラッド・メルドー
アルバム・タイトル:ラブ・ソングズ
●(試聴が終わって)ピアノと歌だけだからでしょうか、非常に空間感があります。
山内:そうなんです。ピアノとボーカルなので、音数が少ないのです。私はこの曲はよく試聴会の最初のほうで使うんですが、その理由の一つはオーディオシステムやその場の音の傾向がチェックできるというのもあります。いっぱい音が詰まった音源よりも音数が少ない方がオーディオシステムの調子が確かめやすい時があります。それと、この曲あたりから試聴会をはじめると、お客さまのほうでも会場の音響の雰囲気にすんなり入っていけるようです。
●録音の感じも面白いですね。
山内:クラシックとポップスを複合したような録り方をしているように思いますね。このアルバムはピアノのブラッド・メルドーも、歌のアンネ・ゾフィー・フォン・オッターも、それぞれの良さが非常によく出ていると思います。曲そのもののシンプルさが根底にありますが、ピアノのソロのところなど、シンプルさの中においてもうまくアクセントがつけられている、つりソングライティングの良さと演奏者のイマジネーションの素晴らしさを感じます。
ほかにもジョニー・ミッチェルの曲などもやっていますが、それもすごくいいです。
●今度ゆっくり聴いてみます。次の曲はなんでしょうか。
山内:1997年にリリースされたプリファブ・スプラウトの「アンドロメダ・ハイツ」というアルバムをご紹介します。
●懐かしいです。
山内:彼らはネオアコブームの頃から活躍していたバンドなので、リリースされた1997年は、もう円熟期にさしかかった頃だと思いますが、このアルバムは音響的に凝っている部分があって、なかなか面白いです。アルバムのハイライトというわけではありませんが、音響的に面白いので「Steel your thunder」という曲を聴いてください。
●(試聴が終わって)歌の存在感があって、声がクッキリと出ていますね。
山内:20年前ですから、結構古い音源ですが、今でも音質検討で使っています。時代を経ても変わらない渋さ、良さがあると思います。位相に凝ったりして、面白い効果をいろいろ使っていますし、ソングライティングの面でも頻繁に転調していて、スティーリー・ダン並みに技巧を凝らしているんです。
リーダーはパディ・マクアルーンという人なんですが、彼が「ディズニーやブロードウェイの音楽が好き」と言っていました。ちょっとわかる気がしますね。ディズニーの曲も完成度が高いですからね。別の曲を聴いてみても、聴き手には意識させないで、ずっと転調し続けていくような曲があって。どこかで戻るかなと思っても戻らないんですよ(笑)。
”スティーブ・マックイーン” とか初期のアルバムほどは売れなかったと思いますが、かなり良質で楽しめるアルバムだと思います。
●よく聴くと凝っていますが、ポップだから聴きやすいですね。次は何をご紹介してくださいますか。
山内:アンビエント系で、エメラルズの「Just feel anything」というアルバムを聴いてみましょう。
アーティスト名:エメラルズ
アルバム・タイトル:Just To Feel Anything
●(試聴が終わって)音が非常に俊敏で反応が早いというか、卓球のようにパンパン音を返してくるような感じを持ちました。
山内:今聴いたのは「Adrenochrome」という曲でしたが、ここまでくるとオーディオシステムのキャラクターが良く出るというか、システムの反応の俊敏さを試されているような面白さがあります。今日は非常にレスポンスがいい1600NEで聴いているのでキレがあってすごく面白いですが、多少ゆったりした傾向のオーディオシステムで聴くと、今聴いているような面白さはなくなってしまうかもしれません。
↑PMA-1600NE
↑DCD-1600NE
●クラフトワークへのリスペクトも感じられる気がします。
山内:近年は音楽が細分化して枝分かれしていますが、その末端ではまたつながっている、という気がします。普通のコマーシャリズムとは縁がないところでしょうが、これはこれで面白さがありますね。
●この俊敏さはスピーカーの能力も関係ありますか。
山内:大いにあります。802 D3はハイエンドクラスのスピーカーなので、味以前に、俊敏さ、つまりスパッと出てスパっと止まる能力が物理的に優れていて、曖昧さがありません。この音源なら、どこまで俊敏に音の信号に反応できるかをご自宅のオーディオで試すこともできると思います。オーディオの傾向が変わると、音楽もかなり変わって聞こえると思います。
↑試聴室で使用しているBowers & Wilkins 802 D3
山内:冒頭のSUSUMU YOKOTAの音楽には東洋的な間、つまり余白があったとすると、エメラルズの音楽は絶え間なく均一に音が来ます。その中で緩やかに音が動いていくという感じがして、対照的な気がしますが、ある種の高揚感みたいなところは共にあるかもしれませんね。
●では次をお願いします。
山内:ゲルギエフ指揮のショスタコーヴィチのバイオリンコンチェルト1番を聴きましょう。この曲はバイオリニストにとっては非常な難曲で、たしか難曲のベストスリーに入る曲だと聞いています。
●(試聴が終わって)ものすごい演奏ですね。
山内:バイオリンはカヴァコフさんというギリシャの方ですが素晴らしい演奏です。こういう難曲は、バイオリニストがそれをこなした場合、オーケストラがどこまで追従できるかが見どころだと思いますが、この演奏では両方上手く機能して、最終楽章ではいっしょに疾走するという(笑)。ゲルギエフの指揮なので、そのあたり密度の濃いスリルが楽しめます。
●オーケストラも指揮者も上手いんですね。
山内:オケも指揮者もいいですね。ただ、ソロの人とのバランスも重要で、ソロの人が突出してしまっても難しいところがありますが、これはいいバランスだと思います。そろそろ次で最後にしましょうか。
●お願いします。
山内:最後は教会で録音した合唱曲のアルバムです。これはSACDで聴いてみましょう。
アルバム・タイトル:HIMMELRAND
アーティスト名:Uranienborg Vokalensemble, Inger-Lise Ulsrud & Elisabeth
●(試聴が終わって)声がとても気持ちいいですね。これはSACDの高域成分が気持ちいいのでしょうか。
山内:それもあるかもしれません。教会で録音しているので天井が高く、天井方向のマイクでも音を拾っているので教会という音場が良くわかり、空気感が伝わってきます。以前有名なケルンの大聖堂に行ったことがあるのですが、天井が高くてすごく遠くから声が聞こえるんです。
距離がありすぎて明瞭ではなかったのですが。教会などで録音すると、響きやアンビエントノイズも入ってしまいます。レコーディングや再生する側のオーディオとしてもできるだけ音像をくっきり再生したいということもあるかもしれませんが、アンビエントノイズを過度に抑えてしまうと、同時に子細なディテールも出てこなくなってしまいます。
この録音はディテールまでよく収録されていると思いますので、オーディオ側での再現性も気にしたいところですね。
●まるで教会にいるような深い響きの音場が味わえました。今回もありがとうございました。第6回も、ぜひよろしくお願いします。
(Denon Official Blog 編集部 I)