AVC-X6500H、AVR-X4500H開発者インタビュー
「モンスター」と呼ばれ、高い評価を得ているデノンのAVアンプのフラッグシップモデル「AVC-X8500H」の思想を継承した、AVC-X6500HとAVR-X4500Hが発売されました。モンスター譲りのポイントや特長、新フォーマット IMAX Enhanced への対応について開発者にインタビューしました。
13chモノリス・コンストラクション・パワーアンプ搭載、同時出力約1,600Wという驚異的な能力で「モンスター」と呼ばれ、高い評価を得ているデノンのAVアンプのフラッグシップモデル「AVC-X8500H」。
その音質と設計思想を継承したAVアンプ、AVC-X6500HとAVR-X4500Hが発売されました。モンスター譲りといわれる特長や機能、さらに新フォーマット IMAX Enhanced への対応などについて開発者にインタビューしました。
GPD プロダクトエンジニアリング
高橋佑規(右)AVC-X6500H開発担当 渡辺敬太(左)AVR-X4500H開発担当
2018年モデルが出そろい、イマーシブオーディオのラインナップが完成形に
AVC-X6500H開発担当の高橋さん、AVR-X4500H開発担当の渡辺さん、今日はよろしくお願いします。最初にAVC-X6500H、AVR-X4500Hの開発コンセプトについて教えてください。
高橋:はい。AVC-X6500H、AVR-X4500Hはいずれも500番台のデノンのAVアンプで、AVC-X8500Hをフラッグシップとするラインナップがこの2台が登場することで完結しました。両モデルはいずれもAVC-X8500Hの設計思想を継承しているのでしょうか。
高橋:はい。たとえばAVC-X6500Hに関しては、AVC-X8500Hが「モンスター」という開発コードだったのに対して、AVC-X6500Hは「リトルモンスター」と呼んでいました。まさにAVC-X8500Hの直系の弟機モデルとして開発されました。
渡辺:AVR-X4500Hもコスト的な制約はありますが、AVC-X8500Hの設計で培ったノウハウや手法を活かして開発を行ないましたので、設計思想を継承しています。
AVC-X8500Hと同様にAVC-X6500Hはチューナー非搭載で「AVC」という型番になっていますね。
高橋:はい。デノンのAVアンプは従来から高級機はチューナーを搭載せず、AVアンプに特化しており、AVセンター(Center)を意味する「AVC」という型番が付けられてきました。
AVC-X6500HもAVC-X8500Hに次ぐハイグレードなモデルということで、AVCという型番が与えられました。
実際AVC-X6500Hは一世代前のデノンAVアンプのフラッグシップモデルであるAVR-X7200WAより仕様としては上回っています。
AVC-X6500HはAVC-X8500Hと並んで、2018年のシリーズを代表する高級モデルとして位置づけられたといっていいでしょう。
↑AVC-X6500H開発担当の高橋佑規
先ほどの「イマーシブオーディオが完成形となった」とはどういう意味でしょうか。
高橋:Dolby Atmos、DTS:X、Auro-3Dなどのイマーシブオーディオは、上方向からのスピーカーを使うことが特徴です。
シーリング(天井)もしくはハイトのチャンネル数が4つあれば、十分に理想的な再生が可能になります。
AVC-X6500Hであれば11ch構成ですから「7.2.4」が、AVR-X4500Hであれば9ch構成ですから「5.2.4」がアンプを追加することなく完結します。
その上の13chを搭載したAVC-X8500Hを加えて、この3モデルでホームシアターのイマーシブオーディオのラインナップとして完結したと言えるでしょう。
渡辺: Dolby AtmosやDTS:X、Auro-3Dが発表された当初は対応ソフトも少なかったのですが、今ではソフトがかなり増えてきましたので、イマーシブオーディオもホームシアターでは一般的なフォーマットとして認知され、使われはじめていると思います。
↑AVR-X4500H開発担当の渡辺敬太
音質を徹底的にブラッシュアップ
AVC-X6500H、AVR-X4500Hは音質をブラッシュアップしたと聞きました。
高橋:はい。基本的な音質改善のために、AVC-X8500Hの開発で培ったノウハウを生かし、細かい部分まで徹底して工夫を凝らしています。こうした音質改善は、今までの記者発表やカタログなどでは「音質のブラッシュアップを行いました」という表現で終わってしまうのですが、今日はいままであまり公開してこなかった部分を、あえてみなさんにお伝えしようと思います。
よろしくお願いします。たとえばAVC-X6500Hでは具体的にどんなことをして音質を改善しているのでしょうか。
高橋:数多くありますが、今回はその中から2つに絞ってお伝えしましょう。まず1つ目としては低域の伝送特性を改善しました。
設計上でどんなことをすると低域の伝送特性が向上するのですか。
高橋:伝送路の結合コンデンサーの強化や信号経路の抵抗成分の低減、ショットキーバリアダイオードの採用によるパワーアンプ用の電源の高速化、そしてプリアンプなど各種電源のコンデンサーの容量の拡大です。これらはいずれもAVC-X8500Hの開発で培った手法です。
低域の伝送特性が向上することにより、結果的に低域が出るようになったのでしょうか。
高橋:低域だけではなく、全帯域において音質が改善します。
デノンは伝統的に低域のエネルギッシュなサウンドが特長ですが、低域の伝送特性を向上することで、低域の力強さだけでなく、中域、高域を含めた全帯域において応答特性が改善し、より原音に忠実な再生が可能となります。
低域の伝送を良くすると、なぜ全帯域での音質が向上するのでしょうか。
高橋:まず下の図を見てください。たとえば矩形波ですが、こういう波形を再生する際、低域が不足していると、図の左側のように右肩下がりになってしまいます。またこの状態で同じくサイン波(トーンバースト波)でも低域成分が不足すると左図下のようなふらつき、揺らぎが瞬間的に発生し中高域の音質にも影響が出ます。そこで低域の伝送特性を向上させると、こうした現象を抑えることができ、あらゆる帯域で波形の歪みやふらつきを低減します。それによって細部まで克明に描き出す表現力が向上し、同時に俊敏さ、駆動能力も改善されます。
↑記者発表資料より
そのほかに音質面での工夫はありますか。
高橋:2つ目は DACのポストフィルター回路の改良です。AVC-X8500Hは非常に高性能なDACを搭載していますが、AVC-X6500Hではコスト面で同じDACが使用できませんでした。では、どうしたかといいますと、DACチップ自体は先代のモデルと同じ型番ですが、フィルターに定電流負荷回路を追加することで、オペアンプの動作点を変えています。
DACのオペアンプの動作点を変えると、どんな変化があるのですか。
高橋:オペアンプの出力回路に電流をしっかりと供給することでクロスオーバー歪みが減り、素子の潜在能力を最大限まで引き出せるようになるため、音に厚みが出ます。動作点を細かくチューニングできるという点では、ディスクリートでアンプを組んでいるイメージに近く、結果的にAVC-X6500HはAVC-X8500Hの音にかなり近づいたと思います。
「DACのフィルターに回路をアドオンして音質を改善する」という手法は以前のモデルでも使ったことがあるのでしょうか。
高橋:いや、初めてです。しかし、これは最新技術というわけではなく、まだ70年代にモノリシックICの特性がオーディオ用途として不十分だった時代にすでにあった手法です。ちょっと昔の技術文献にあった手法を適用してみました。
↑ペンの先にある小さなパーツが今回フィルターに追加された回路
AVR-X4500Hは新規開発のブロックコンデンサーを搭載
渡辺さん、AVR-X4500Hではどんな点で音質改善が図られているのでしょうか。
渡辺:はい、AVR-X4500H もAVC-X6500Hで改善した内容を、多数盛り込んでいます。さらに AVR-X4500Hに関しては今回新規開発したブロックコンデンサーの搭載が音質面では大きく寄与していると思います。
どんなコンデンサーなのでしょうか。
渡辺:今回のこのコンデンサーは2年ぐらいかけて開発をしました。トータルで30個ぐらい試作品を作り、試聴を重ねて開発したもので、正直言って、AVR-X4500Hのクラスではあり得ないぐらいのコストをつぎ込んでいます。
↑右側が従来のコンデンサー、左側のロゴ入りのものがAVR-X4500Hで使われているデノン専用に開発した新しいコンデンサー。
以前のコンデンサーとどんな点が違うのでしょうか。
渡辺:比べてみると分かるのですが、まず大きさが違います。AVC-X8500HやAVC-X6500Hも径の大きいコンデンサーを使用しており、AVR-X4500Hでもそれに次ぐ大型のコンデンサーを採用しました。
高橋:私は実際にコンデンサーを作っている工場まで見に行きました。このコンデンサーの開発の方々は私たちがやりたいことを汲み取ってくれて、非常に熱心に協力してくださいました。このコンデンサーはそういう信頼関係を築く上で開発されたものです。
渡辺:内部材料の音を吟味した結果、新しいオーディオ用の電解紙を採用し、ESR(等価直列抵抗値)を約10%改善しました。コンデンサー内部の抵抗値を下げると、充放電の電流によるコンデンサー自身の発熱が低減し、ロスも少なくなります。よって効率的にパワーアンプへ電流を供給できますし、結果的にコンデンサー自身の耐久性も向上しました。それと外装であるスリーブの材質も変更しています。
↑AVR-X4500Hの筐体内部。大型の新開発ブロックコンデンサーが2基搭載されている。
コンデンサーのスリーブの素材は音に関わるのですか。
渡辺:はい、コンデンサーのスリーブの素材の硬さや厚みは、音に関係してきます。今回のコンデンサーのスリーブはHi-Fi製品の高級機で使われている、固有振動が少なく音質に定評のあるポリオレフィンを採用しました。このような変更を行なうことでロスの少ないクリアな音と、低域の量感、中低域のエネルギーなど大幅な音質改善を実現しました。
ワールドファーストのポリシーでいち早くIMAX Enhancedに対応。
2018年9月5日に、AVC-X8500H、AVC-X6500H、AVR-X4500Hの3モデルは世界で初めてIMAX Enhanced対応することが発表されました。
高橋:はい。これらの3モデルは今後のファームウェア・アップデートにより「IMAXモード」が追加されます。このフォーマットは制作者が意図したように、シャープな4K HDR映像と、DTS社のオーディオテクノロジーを組み合わせて、ご家庭でIMAXシアターさながらの迫力あるサウンドと没入感のあるシネマ体験をお楽しみいただけます。
IMAX Enhanced作品は、IMAXによって開発された独自のプロセスを用いて、より鮮明な色、コントラスト、明瞭な映像が表現できます。また、家庭用向けにアスペクト比が拡大され、従来と比較してより大きな映像を表示することができます。
Auro-3Dの時もそうでしたが、IMAX Enhancedも世界初ですね。デノンは世界に先駆けて新しいフォーマットに対応していますが、それって大変ではないでしょうか。
高橋:世界初対応は、確かに大変ですが最新フォーマットにいち早く対応する「世界初=ワールドファースト」は、デノンAVアンプのチャレンジでもあります。デノンは今までも1996年のDolby Digital AC-3/THXから、2014年のDolby Atmos、Auro-3D(海外先行、日本では2017年)、そして2016年のDTS:Xなど最新のAVフォーマットについて世界に先駆けて対応してきました。
渡辺:実際「世界初」で開発するには先例がありませんから、試作を何度も作り、検討にも多くの時間が必要です。
高橋:でもそのリスクを負ってでも、そこはやっていこうと思っています。なぜなら、それがデノンAVアンプのポリシーである「ストレートデコード」の基礎になるからです。
改めてですが、「ストレートデコード」とは何ですか。
高橋:ストレートデコードとは、それぞれのフォーマットに従って、入っている信号を加工することなく、そのまま高品質なレベルで再生する、という意味です。信号に対して、何も引かない、何も足さない。つまり色付けをしない、ということです。
↑記者発表で使用された「デノンのストレートデコードの歴史」に関する資料
渡辺: かつてはLDやDVDなどソフトに保存できるデータ量に多くの制限があったため、コンテンツの音が圧縮収録されていて、実際の映画や音楽に対して情報量が少なかった事情もありますから、失われたものを補正する意味での色付けは必要だったのかもしれません。でもロスレスやイマーシブオーディオにまで進化した今は、補正や色付けの必要はないと思っています。
入っている信号をそのまま楽しむ方がいいということですね。
「すべてはダビングステージの音を再現するために」。
高橋:このストレートデコードで我々が何を目指しているのか、というと「ダビングステージ」の音を再現することなんです。
「ダビングステージ」とは何ですか。
高橋:映画の制作プロセスにおける、いわゆる「音入れ」「音録り」のことですね。
日本ではMAということもありますが、台詞や効果音、BGMなどをサウンドトラックに録音するプロセスです。映画制作における録音スタジオで行う作業で、「録音スタジオで制作者が意図した=ダビングステージ」の音をそのまま再現する、というのがデノンのAVアンプのコンセプトです。
それはデノンのHi-Fiオーディオの「音楽制作者の意図をそのまま再現する」と同じ姿勢ですね。
高橋:そうです。そしてダビングステージの音を再現するために必要となるのが「ストレートデコード」であり、「ティンバーマッチング」です。
「ティンバーマッチング」とはなんでしょうか。
高橋:サラウンド再生で使用する複数のスピーカーの音色を合わせるということです。
もともとは建築用語で「室内の板材の木目を合わせる」といった意味だそうですが、それが転じてホームシアターでは複数のスピーカーの音色をマッチングさせるという意味で使われています。
つまりストレートデコードをしても、最終的にスピーカーの音色がマッチングしていないとダビングステージの音は再現できないということですね。
高橋:そうです。そのためにデノンのAVアンプは「全チャンネル同一クオリティ」をコンセプトとしています。例えばAVC-X6500Hでは11chのアンプをすべて独立した基板にマウントし、電源供給もそれぞれ独立させている「モノリス・コンストラクション・パワーアンプ回路」を採用することで、全てのチャンネルにおいて同一クオリティの増幅を行っています。
渡辺:AVR-X4500Hはコストの面からチャンネル個別の基板にはマウントしていませんが、AVC-X8500H、AVC-X6500Hと同じく、どのチャンネルも同一クオリティでの増幅を行えるように回路構成やパターンニング、部品レイアウトを検討するなど様々な工夫を凝らしています。
↑AVC-X6500H、AVR-X4500Hのパワーアンプブロック。AVC-X6500Hは11chのアンプがそれぞれ1枚の基板に搭載されたモノリス・コンストラクションとなっている。
今お聞きした数々の技術や手法はいずれも「制作者の意図を再現する」ためのもの、ということでしょうか。
高橋:その通りです。繰り返しになりますが、私たちは制作者の意図が反映されたダビングステージの音をそのまま再現することを目標としています。そのためにいち早く新しいフォーマットに対応すること。そのフォーマットの音を忠実にデコードすること。そして、その信号を全チャンネル同一クオリティで増幅しスピーカーを駆動すること。この3点を追求することで、最終的に得られる音をダビングステージに限りなく近づけているのです。
デノンAVアンプのフィロソフィーがよくわかりました。本日はありがとうございました。
(編集部I)