睡眠と音楽が出会う。音楽ドキュメンタリー映画「SLEEP マックス・リヒターからの招待状」
ここのところザ・バンド、モータウン、マイルス・デイヴィスなど、音楽ドキュメンタリー映画の話題作が続々と公開されています。今回デノン公式ブログでご紹介するのはクラシックと電子音楽を融合させた「ポスト・クラシカル」の第一人者、マックス・リヒターの8時間に及ぶコンサートを記録したドキュメンタリー『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』(2021年3月26日よりロードショー公開)です。観客は寝てもいいし自由に歩き回ってもいいという型破りなコンサートを、ぜひ映画館で体験してください。
『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』公式サイト
https://max-sleep.com
ポスト・クラシカルの旗手、マックス・リヒター
ポスト・クラシカルというジャンルをご存じでしょうか。クラシック音楽の素養を持ちつつ現代音楽とアンビエントミュージック、電子音楽などが融合したジャンルという感じでしょうか。日本人アーティストで言えば坂本龍一はまさにポストクラシカルのアーティストと言えるでしょう。
この映画はポストクラシカルの旗手と呼ばれるマックス・リヒターの「SLEEP」という作品がどのように生まれたのか。そして「SLEEP」が実際にライブで演奏されるまでを記録したドキュメンタリー映画です。
©2018 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin All Rights Reserved
マックス・リヒターは1966年にドイツのハーメルンで生まれてイギリスで育ちました。英国でピアノと作曲を学んだ後、イタリアで現代音楽の巨匠、ルチアーノ・ベリオに師事して2002年にアルバム『メモリーハウス』でデビュー。クラシックとエレクトロニック・ミュージックを融合させた「ポスト・クラシカル」を代表する作曲家として注目を集めました。一方で映画やテレビのサントラを数多く手掛け、『戦場でワルツを』(2008年)がヨーロッパ映画賞作曲賞。『メアリーとエリザベス ふたりの女王』(2018年)、『アド・アストラ』(2019年)など。そしてエイミー・アダムスが主演した『メッセージ』(2016年)のテーマ曲「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」は日本のiTunesのクラシック・チャートで第1位を獲得しています。
アーティスト名:マックス・リヒター・オーケストラ & ロレンツ・ダンゲル
アルバム・タイトル:オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト (オーケストラ・バージョン)
アーティスト名:マックスリヒター
アルバム・タイトル:ブルー・ノートブック
『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』とは、どんな作品か
そんなマックス・リヒターが手掛けた「SLEEP」とはどんな作品なのでしょうか。
「SLEEP」が生まれたきっかけは、マックス・リヒターの妻が、時差の都合で深夜にウェブ配信されたマックス・リヒターのコンサートを聴きながらウトウトしてしまったときに、その音楽が特別なものに感じられたという体験だったそうです。彼女がマックス・リヒターに「寝ながら聴く音楽を作って」と言ったら、本人もそれを考えていた、と答えるシーンが出てきます。
既に構想を持っていたマックス・リヒターは、まず睡眠のための作曲を始め、8時間の音楽を作ります。それだけでもすごいですが、それを実際に演奏し、お客さまには寝て聴いてもらう、という趣旨のコンサートの企画も同時にはじめます。
コンサートの開始は真夜中、終了は明け方。観客は会場に並べられたベッドに横たわり、8時間以上に及ぶ睡眠のための曲を、聴きながら、寝ながら、時には歩き回ったりしながら自由を鑑賞できるという全く新しいスタイルのコンサートです。
©2018 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin All Rights Reserved
映画「SLEEP」はそんなコンサートのシーンと、マックス・リヒターへのインタビューが収められています。コンサートのシーンは2018年、ロサンゼルスのグランドパークで初めて「SLEEP」の野外公演が行われた時の映像がメインですが、その他にもシドニーのオペラハウス、アントワープの聖母大聖堂など世界各地で開催された「SLEEP」のコンサートの様子が挿入されています。
映画館に響くサブウーハーの重低音で味わいたい
この映画の見どころは、マックス・リヒターの音楽にぴったりとマッチした、ナチュラルで美しい、リリカルな映像です。コンサートシーンだけでなく映画全編でマックス・リヒターの音楽が流れますが、音と映像の美しさは「ポストクラシカル」という音楽を見事に視覚化していると感じました。本作は南アフリカ出身の女性監督ナタリー・ジョンズの作品です。彼女は、サム・スミス、チャイルディッシュ・ガンビーノ、モリッシー、ジョン・レジェンドなど、様々なミュージシャンたちとコラボレートしている監督で、音楽への造詣の深さが感じられます。
©2018 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin All Rights Reserved
そしてこの映画の聴きどころは、もちろんマックス・リヒターの音楽です。「SLEEP」はCDでも音楽ストリーミングサービスでも聴くことができますが(ちなみにCDは8枚組!)、実際に映画館で見て感じたのは(編集部Iは試写室で観賞)、マックスリヒターの音楽は静謐で端正であるにもかかわらず、映画館のサブウーハーがガンガン鳴るぐらいの重低音が鳴っているということでした。これはヘッドホンや自宅で小音量で聴いていては実感できないぐらいの重量感です。おそらくピアノの低音弦にシンセの低音を加えた音色でしょうが、これは大変面白いと思いました。
この重低音は、決してロックやヘビメタの、急き立てられるようなテンポで聴く人の興奮をかき立てるものではなく、極めてスローなテンポで淡々と繰り返される単音なので、延々聴いていると安心感というか何かに守られている感覚が生まれます。この映画中にSLEEPでの低音の使用についてマックス・リヒターが言及していますが、人間が初めて聴くのは羊水に満たされた子宮の中で聴く母親の心音で、それはくぐもった低音なのだそうです。眠りと覚醒は、毎日繰り返される「死と再生」だとすれば、眠りながら聴く重低音は、母親の心音のメタファーなのかもしれません。
この低音を味わうために、ぜひ映画館でご鑑賞ください。またいずれBlu-ray化した時にはぜひイマーシブオーディオで聴いてみたいと思います。
アーティスト名:マックス・リヒター
アルバム・タイトル:SLEEP
Spotify
(編集部I)