田林正弘 × 冬木真吾
リスニングスタイルがCDなどのメディアから、ダウンロードやストリーミングへと変化しつつある一方で、レコードの人気が高まっています。レコードが持つ独特の魅力とは何か。
レコードの作り方の視点から語っていただきました。
冬木:一言で言うと、レコードの「モノ」としての魅力が再発見された、ということではないでしょうか。CDはリッピングする時だけに使って、あとはPCなりスマホなどで聴くというスタイルが普通になってしまいましたが、レコードには、レコードを所有し、レコードで聴く楽しみがあると思います。
田林:最近はスマホやPCでダウンロード配信やApple Music、Spotifyといったストリーミングサービスを聴くという方向へシフトしつつあり、CDなどのメディアは日本でも主役の座を奪われつつあります。最近はスマホやPCでダウンロード配信やApple Music、Spotifyといったストリーミングサービスを聴くという方向へシフトしつつあり、CDなどのメディアは日本でも主役の座を配信に奪われつつあります。その一方で、レコードにはCDや配信などデジタル化された音楽メディアでは表現できないアナログ独特の「あたたかさ」「ふくよかさ」といった魅力があり、そこを音楽ファンに再発見されて人気を集めているのではないでしょうか。
田林:測定しても出ないでしょうね。数値では表現できない感性的な領域になると思います。もし数値で分かればデジタル音源の音もレコードのように変えることができるはずですから。データには現れない部分にレコードの魅力があるのだと思います。
冬木:同じ音源とはいえ、実はCDとレコードではダイナミックレンジが全然違うので、それぞれ別のマスタリングをすることが多いのです。CDはデジタルの特徴を生かして、比較的音の輪郭を強調したマスタリングがされる傾向にあります。音としては、はっきり、くっきりした感じです。一方でレコードでは大きな音を入れると歪みやすいので、メリハリの効いた音というよりも、滑らかで自然な音が聴けるように仕上げられることが多いです。このあたりはアナログ時代から長年培ってきたマスタリングの経験をもとに作り込んでいます。それが結構大変なんですけどね(笑)。
田林:それは事実です。CDには20kHzという高音まで収録されていますが、規格上20kHzを超える高音はスパっと切られてしまっています。その点ハイレゾ音源は40kHz以上の音が入っているのでレコードに近い感触があると言われています。
田林:違います。音のナチュラルさなどに影響します。ですからレコードやハイレゾ音源が、CDよりもより自然な音に聴こえたり、細かい表現までが緻密に再現できたりすることは、高い周波数まで入っていることが大きな要因だと思います。
冬木:ハイレゾが登場した当初よく言われていたのが「高い音がどれだけ入っているか」でしたが、それに加えて、今は時間軸上の分解能の高さによる滑らかさも重要だと言われています。
冬木:つまりCDで言えば44.1kHzというサンプリングレート(1秒間にどんな間隔でデータを読み込むか、という時間軸の細かさ)でデータ化されています。ハイレゾではサンプリングレートがその倍以上の96kHzなどと細かくなっており、その細かさがより滑らかで自然な音につながっています。その点、レコードであれば、まさにアナログ=連続値であり、つまり無段階ですから、究極的に非常に滑らかだと言えるでしょう。
冬木:私の印象では、たとえば歌手のブレスや息づかい、あるいは細かいビブラートのニュアンスなどが、レコードの得意なところだと思います。「スタジオで聴いていた音が、そのままレコードに刻まれ、お客さまのところまで届いている」という感じがします。
冬木:聴き手の能動性というか、手をかけるところがたくさんあるところ、ですかね。いい意味で面倒くさい機械です(笑)。
田林:極論を言えばCDならスイッチを入れる、スマホやPCならタップやクリックをするだけでよいですが、レコードプレーヤーは一生懸命手をかければかけるほど音が良くなりますし、いろいろな楽しみ方が味わえます。
田林:たとえば、レコードプレーヤーは、レコードの溝をトレースするパーツであるカートリッジを選ぶことができます。カートリッジには大きく分けてMM型とMC型の2種類のタイプがあって、まずここで大きく違いますし、さらにそれぞれの型でも製品ごとにかなり音が変わってきます。
田林:全然違いますね。
CDの場合は電源やD/Aコンバータを変えることで音が変わりますが、その差とは比べものにならないぐらい大きく変わります。
正直言ってまったく違う音楽として聴こえるぐらいのカートリッジもあるほどです。
ですから私たちコロムビアでは、基準としてデノンで現在も生産されている銘機、DL-103というカートリッジを使用しています。
冬木:レコードプレーヤーをずっと使ってきたオーディオファンの方だとクラシックを聴くときはこのカートリッジとか、ジャズならこのカートリッジ、と使い分けている方もたくさんいらっしゃいます。そういうことができるのは、デジタル音源にはない楽しみ方だと思います。
冬木:それはいくらでもあります。レコードプレーヤーは設置場所やクリーニング、メンテナンスなどで音が大きく変わってきます。たとえば設置場所でいえば、まず水平で振動を拾いにくい安定した場所に置く。それだけで音が良くなります。デジタル音源なら再生機器の知識は必要ないかもしれません。しかしレコードプレーヤーでいい音を出すには、調整やメンテナンスのためにある程度レコードプレーヤーの構造を理解する必要があります。それは手間がかかりますが、ここがまた楽しいところでもあるわけです。
田林:アナログの音の独特なあたたかみや艶といった魅力を味わうなら、いわゆる「歌モノ」を聴くことをおすすめします。
普段聞いているデジタル音源の曲をアナログ盤で聴くと、「へぇ、こういう印象なんだ」と感じてもらえると思います。
数値的じゃない、感性どころの違いを感じてもらうことができれば一番いいですね。
冬木:私が考えるレコードの魅力は、「音楽を聴く姿勢」にあると思います。
レコードプレーヤーでアナログ盤をかける時って、ちゃんと回っているか、針がきちんと置けているかなど、プレーヤーの状態も見ている必要もあります。
だから自然と「何もせずちゃんと音楽を聴く態勢」になりますよね。
デジタル音源って、何かをしながら聞いていることが多いと思うので、あまりそういう聴き方がされていないと思うんです。レコード盤にはランダム再生もリピートもありませんから、曲順もアーティストが決めた順番ですしね。
それとジャケットも大きなポイントで、素敵なジャケットを見たり、ライナーノーツを読んだりしながら音楽を聴くのも楽しい体験だと思います。