デノンの新ミドルグレードプリメインアンプ「PMA-1700NE」開発者 新井孝インタビュー
デノンのミドルクラスのプリメインアンプとして高い評価を得ているPMA-1700NE。今回は数々のデノンのアンプを開発に参加しPMA-1700NEの開発にも携わった新井孝にインタビューしました。
●本日はPMA-1700NEの開発について、デノンブログでアンプ開発者としていつもご登場いただく新井さんにお話をうかがいます。新井さんはデノンのアンプに関わってどのくらいですか。
新井:入社してしばらくは業務機器をやっていました。ブラウン管式のパソコン用のモニターです。そこからアンプ開発のグループに異動したのが1995年で、それ以来28年、ずっとアンプの開発を手掛けています。
●新井さんは約30年にわたってデノンのアンプ作りを支えてきたわけですね。アンプの技術はすでにある程度確立された技術だと思いますが、そんな中でデノンのアンプはどのように進化してきたのでしょうか。
新井:確かに一般論で言えばアンプにおける技術革新は40~ 50年も前に開発された、スイッチングアンプの発明、いわゆるデジタルアンプの登場が最後で、それ以降革新的な技術は出てきていません。しかしデノンのパワーアンプは、スピーカーをドライブするという観点においては独自に開発したUHC-MOS(Ultra High Current MOS-FET=大電流型半導体素子)増幅回路や、それに伴う電源部の強化により、より理想的にスピーカーをドライブできるように進化してきたと思っています。
UHC-MOSについてはデノンオフィシャルブログの以下のコンテンツで詳しく解説しています。
PMA-1700NEで目指したのは、アンプとDACの両方が理想に近い形で動かせること
●今回開発を手掛けたプリメインアンプ「PMA-1700NE」の開発コンセプトはなんですか。
新井:設計の視点で言うと、PMA-2500NEからデノンとしてはプリメインアンプにDACを搭載してきたわけですが、その後プリメインアンプにDACを搭載することに関してのノウハウも蓄積してきましたし、DAC周辺の回路設計にも手馴れてきたこともあり。PMA-1700NEではもっとレベルアップしたい、という思いがありました。
PMA-1700NE
●「プリメインアンプにDACを搭載するノウハウ」とは、具体的にどんなものですか。
新井:具体的には、アンプとDACの両方が理想に近い形で動かせる電源構成です。PMA-1600NEでは同じような電圧の電源を共通化していた部分がありましたが、PMA-1700NEではトランスの巻き線から分離することでノイズがアナログ回路に混入しないような工夫などを施しています。
PMA-1700NEでレコードを聞くときにはぜひアナログモードで聴いてほしい
●PMA-1700NEにはデジタル回路の電源を切る「アナログモード」がありますね。
新井:アナログ回路へのノイズ対策として、デジタル入力を使わない時にはデジタル回路に余計な電流を流さないことが重要なので、PMA-1700NEではそのために2種類のアナログモードを搭載しています。「アナログモード1」ではデジタルオーディオ回路がオフになりアナログ入力信号への干渉を防ぎます。「アナログモード2」に切り替えると、デジタル回路に加えてディスプレイも消灯し、信号増幅回路だけが稼動する純粋なアナログアンプとして動作します。
●アナログ音源を聴く場合はアナログモードの方がずっと有利になるのですか。
新井:はい。特にPHONO入力では有利になります。アナログレコードの再生では、非常に小さい信号を大きな信号へと増幅しますので、ノイズを徹底して排除するアナログモードは大きなメリットになります。もしPMA-1700NEとつないでレコードを聴くのであれば、ぜひアナログモードを使っていただきたいです。
●アナログモード2ではDACだけでなくディスプレイ表示もオフになるんですね。
新井:実はディスプレイの表示管からって結構ノイズが出るんです。もちろんそのノイズは信号系のグラウンドに流れないように分離はしていますが、もしディスプレイの電源切っていいのであればその方がノイズは減ります。ちなみにPMA-1700NEではPHONO回路も見直しを行って、音が良くなっています。
●PHONO回路はどんな点が変わったのですか。
新井:部品の配置や基板のパターンです。これまで特に問題がなかったので初代のPMA-1500(1997年発売)からずっと同じ部品配置でやってきました。かれこれ25年以上同じだったのですが、今回全面的にグラウンドを見直し、部品配置も大幅に変え、ノイズやハムの影響をさらに排除することができました。
PMA-1700NEのAUDIO IN端子。一番上にあるのがPHONO端子
PMA-A110譲りの電子ボリュームを搭載
●PMA-1700NEにはデノンの110周年記念モデルのプリメインアンプ「PMA-A110」で採用された技術も投入されていますそうですね。
新井: はい。その一つが電子ボリュームの採用です。ただし電子ボリュームそのものが音質的に有利、というわけではないんです。
電子ボリュームを採用したPMA-A110
●では電子ボリュームにはどんなメリットがあるのですか。
新井:まず一つはギャングエラーがないことです。ギャングエラーとはステレオの左右のチャンネルの音量差が出てしまうことなんですが、機械式のボリュームはどうしても音が出るか出ないかという限界の音量のところで、片方チャンネルの音だけがちょっと聞こえるんです。これは組立精度の技術的な限界によるものです。しかし電子ボリュームは半導体素子の中に抵抗を作るので、抵抗のバラツキが少なくギャングエラーはほとんど無視できるレベルに抑えられます。また、機械式のボリュームの場合、左右のバランスを変えるためのバランス用のボリュームも使います。つまりボリュームが2段になっていて、メインボリュームの前段か後段にもう一段バランス用ボリュームが入ります。これも電子ボリュームの左右のチャンネルを別々に設定できるようにすることでバランス用のボリュームは不要になり回路を簡素化できその点でも音質的に有利です。
新井:そして電子ボリュームのもう一つのメリットは信号経路の短縮化です。機械式ボリュームの場合には、操作部分と信号経路が一体なのでどうしても信号はパネル面のボリュームからトーン回路までの距離を通る経路になります。でも電子ボリュームなら操作部分と信号経路を別々に配置できるのでトーン回路も同じ基板にまとめることで信号経路を短くできます。ノイズ源になりやすい電源回路から信号経路を離して設置できるので、その点でも電子ボリュームは非常に有利です。
●電子ボリュームを採用するにあたり苦労した点はありますか。
新井:ありました。まず一つはボリュームを回したときの人間の感覚です。デノンはAVアンプで電子ボリュームを採用していますが、AVアンプの電子ボリュームは「ロータリーエンコーダー」なので、エンドレスにどこまでも回転します。ボリュームの数値はツマミの横の小さなLEDに表示されます。一方PMA-A110やPMA-1700NEで採用した電子ボリュームは、アナログボリュームと同じ感覚で使えるものにしました。
ただそうなると、これまでのプリメインアンプの機械式ボリュームでの操作感と違う、と使う人が違和感を抱く場合が出てきます。たとえばアンプで一番よく使うボリュームの10時から11時ぐらいの位置での操作感をどこまで機械式ボリュームと同じにできるか。実は設計的にはこれがなかなか難しかったんです。電子ボリュームって、仕組みとしてはたくさんある抵抗をスイッチで切り替えているんです。この精度は、0.5dBステップでかなり細かく制御をすることが可能なので、機械式ボリュームのカーブを割り出して電子的に制御します。数値上は機械式ボリュームと同じ数値なんですが、試作段階で何人かから「今までのアンプのボリュームと感覚的に違う」という声があり、そこを人の感覚に合わせて修正するのにけっこう苦労しました。
グラウンドの回路を分離することで低ノイズでピュアな増幅を実現
●電子ボリューム以外で設計上特に苦心した点はありますか。
新井:わかりやすい新機能ではないのでカタログなどでは謳いにくいのですが、今回私がPMA-1700NEで重視したのはグラウンドの設計でした。このグラウンド設計をきちんとやりなおしたことで、結果的にPMA-1600NEより微細な音まで緻密に再現できるようになったのだと思います。
●「グラウンドの設計がうまくいくと」とは、どういうことですか。
新井:回路というのは、電源から流れた電流が回って帰ってくるんです。だから回路というんですが、その帰り道を「GND(グラウンド)」といいます。PMA-1700NEではグラウンドをきちんと分離しました。
アンプは増幅することが仕事ですが、その増幅はグラウンドを基準に行います。電気的には最終的にグラウンドという一点でつながっているので、そこに余計な電流が流れないようにしないと、正確な増幅はできない。よく言うんですけど、グラウンドは下水ではないので、汚れたものをグラウンドに流してはダメなんです。もしグラウンドに余計な電流が流れると、それはノイズの元になります。そういったグラウンドの流れを今回は最初に検討してから具体的な設計に入りました。
●「GND(グラウンド)」って見て分かるところにあるんですか。
新井:PMA-1700NEのようなアンバランスタイプのアンプで一番分かりやすいのは、スピーカーのマイナス端子です。マイナス端子に対して信号が振れるので音が出る。入力で言えば入力のピンジャックも、外側の部分がグラウンドです。増幅の時には入力側のグラウンドです。アンプは常にグラウンドに対して増幅を行うので、グラウンドが振られてしまうと、入力信号がなくてもノイズが出てしまいます。ですからグラウンドが安定しているということは非常に重要です。
PMA-1700NEのスピーカー端子。プラスとマイナスが並んでいる
半導体不足などの逆境を克服し、PMA-1600NEを超える高音質を実現
●PMA-1700NEの開発で特にうまくいったと思う点はどこですか。
新井:技術的にうまくいったのはS/N比などの数値ですね。今回はグラウンドを見直したので、試作ができあがった後のS/N比などの性能面に関しては苦労せず、目標の数値がすぐに出せました。
●逆に苦労した点はどんな点でしたか。
新井:今回に限って言えば、最大の苦労は設計ではなく半導体の調達でした。世界的な半導体不足なので仕方ないことではありましたが、選定した半導体の納期が1年以上だったケースもあり、入手可能なパーツからサウンドマスターの山内と相談しながら選定しなおしたものもあります。
●PMA-1700NEは発表後、非常に高い評価を得ています。サウンドマスターの山内さんも「山内モデルの第2世代としてよりブラッシュアップすることができた」とおっしゃっていました。その点、新井さんはどうお感じですか。
新井:アナログ回路はディスクリートで作られていますが、デジタルで入力されたソースと音質が違ってはいけないので、アナログとデジタルのクオリティを揃えるのかなり苦労したと思います。また電子ボリュームが回路構成に入って回路が大幅に変わりましたし、部品の急な変更もありました。さらに言えば国際的な規制の関係でシャーシの変更も行いましたが、これでも音がガラガラ変わってしまいました。そうした状況の中でサウンドマスターとして元々評価が高かった先代のPMA-1600NEよりも音質を磨いていくのはかなり大変だったんじゃないかなと思いますが、結果的に山内はPMA-1700NEを素晴らしいモデルに仕上げてくれたと思っています。
音質評価を行う試聴室でのPMA-1700NE
●新たなデノンのミドルクラスのスタンダードモデルは、様々な逆境を克服して開発されたことが良くわかりました。本日はありがとうございました。
(編集部I)