
レコードプレーヤーの新たなフラッグシップモデル「DP-3000NE」開発者 岡芹 亮インタビュー 前編

デノンのレコードプレーヤーの新たなフラッグシップモデル「DP-3000NE」。デノンオフィシャルブログでは開発者、岡芹亮にインタビューを敢行!カタログや他の記事などには掲載されていない開発秘話を含めたインタビューを前後編でお届けします。
レコードプレーヤーの新たなフラッグシップモデル「DP-3000NE」開発者 岡芹 亮インタビュー 前編
デノンから新たなレコードプレーヤーのフラッグシップモデルDP-3000NEが発売となりました。今回はDP-3000NEの開発担当であり、デノンブログでは何度も登場している 岡芹 亮に開発の経緯などをじっくり聞きました。インタビューは前後編でお送りします。
GPD エンジニアリング・スペシャルプロジェクト・シニアプロフェッショナル 岡芹 亮

デノンブログでは以下のコンテンツで岡芹にインタビューしています。あわせてご覧ください。
「DP-3000NE」、伝説の品番が蘇る
●岡芹さん、デノンブログ編集部です。本日はDP-3000NEの開発者の岡芹さんにインタビューさせていただきます。よろしくお願いします。最初に開発コンセプトを教えてください。
岡芹:よろしくお願いします。以前このブログでも取り上げていただいたレコードプレーヤーのDP-400、DP-450USBの発売から、もう5年ほど経ちました。そこで、そろそろデノンのレコードプレーヤーのラインアップをもういちど見直して再構築しようということになりました。
●DP-3000NEという品番にも、このモデルに込められた思いを強く感じます。
岡芹:往年のデノンファンの方なら「3000」という品番に、「おお」と思われるのではないでしょうか。というのもデノンのレコードプレーヤーの「3000」という品番は、栄光の背番号なんです。
デノンはもともと業務機器メーカーで、放送局でのレコードプレーヤーのシェアは9割以上でした。その後民生機器を手掛けるようになって最初に出したのが、現在も生産を継続しているカートリッジの超ロングセラー「DL-103」です。そしてその後、レコードプレーヤーも発売しました。最初は1971年にDP-5000というモデルを発売しました。性能はすばらしかったのですが、非常に高価なものでした。そこから工夫し、手の届きやすい価格で発売したのがDP-3000(1972年発売)です。このモデルが今も語り継がれるぐらいの伝説的なヒットとなりました。ですからジャイアンツの背番号「3」というか、もう永久欠番みたいな品番だったんです。その番号を継承したのが、今回の「DP-3000NE」です。
DP-5000、DP-3000が掲載された当時のカタログ
●それだけの伝説の品番を背負った製品の開発は、ハードルが高かったのではないでしょうか。
岡芹:そこも悩んだところです。私はこの会社の社屋が三鷹(東京都三鷹市)にある時代に入社しました。その三鷹の事務所でDP-5000やDP-3000を設計していた先輩の背中を見ながら仕事をしていました。今、そのころのことを知っている人間で会社に残っているのは、おそらく私だけだと思います。ですからおこがましいとは思いましたが、3000番をつける製品を作るのであれば、私がやるしかないし、やる以上は誰もが納得ができるものにしなきゃいけない、という思いを抱きつつ、開発に着手しました。
1972年に発売され「納品まで数ヶ月待ち」というほどの人気を博したDP-3000についてはデノンブログのこちらのエントリーをぜひご覧ください。
ACモーターではなくDCモーターを採用した理由
●デノンのレコードプレーヤーといえばダイレクトドライブで、モーターはACモーターでしたが、DP-3000NEではDCモーターのダイレクトドライブ方式を採用しています。これはどうしてですか。
岡芹:デノンのレコードプレーヤーといえば、ダイレクトドライブです。ダイレクトドライブは非常に短時間で安定した正確な回転を生み出せます。デノンが放送機器の標準機になったのは、ダイレクトドライブ方式によるところが大きいと思います。そしてデノンは歴代ダイレクトドライブにはACモーターを使っていて、先ほどお話が出たDP-5000、DP-3000もACモーターを使ったダイレクトドライブを採用していました。そしてさらに源をたどると、第二次世界大戦の敗戦の時に天皇の御声を録音したデノン製円盤録音機でもACモーターを使っていました。ですから、デノンはACモーターを制御する高い技術を持っていて、デノンといえばACモーターのダイレクトドライブということになったのだと思います。私はそれを否定する気は全くないし、自分としてもやりたい気持ちはありました。
ただ、現在、ACモーターで信頼性があるものを作ろうとすると、もう作れないんですよ。以前お願いしていたモーターのメーカーに「今こういう渦電流型のACモーターは作れますか?」って何度もしつこく打診したんですよ。そうしたら最終的にデノンのACモーターを作っていた当時をご存じの年配の方が出てきて「私はもう引退しましたけれども、そのACモーターのことは覚えてます。今では絶対できません」と断られてしまいました。
●DP-3000NEにはDCモーターが搭載されましたが、この結論にはすぐに到達したのですか。
岡芹:いやいや、私にも憧れがあったから、すぐACモーターを諦めたわけじゃないんです。その後結構悩んだんですよ。でもACモーターって実は効率が悪いんです。電力がより多くかかる、これが今の世の中にはあわないので、世界的にはACモーターはなくなりつつあります。
それでどうしたらいいのか悩んでいる時に、過去のレコードプレーヤー開発時の資料を探してみたんです。そうしたらデノンが初めて放送局に納めるレコードプレーヤーを開発している頃の開発者のブレインストーミングをした資料が見つかりました。この資料は2011年の東日本大震災の後、白河工場(現在の白河オーディオワークス)のガレキの中から見つけて回収したものです。
●これは岡芹さんご自身が震災直後に白河の工場に出向いて回収したのですか。
岡芹:そうなんですよ。知らない人が見ても内容がよく分からないから、このような資料や図面が捨てられちゃうかもしれないと思い、出かけて行って工場のガレキの中から、できる限り資料や図面を回収しました。
で、話は戻りますが、今回悩んでいる最中に目にした資料に、「放送機器としてのターンテーブルって何をやればいいのか」ということについて先輩たちが論議した結果が書いてあったんですよ。そこにはこうありました。
- ターンテーブルは、円盤再生装置の一部である。
- ターンテーブルは、レコードを回転させるものである。
- 負荷に対して安定であること。
- 操作が簡単にできるものであること。
- 信頼度の高いものであること。
これだけです。モーターの種類はもちろん、方式のことなんて何にも書いてない。これがレコードプレーヤーの原理原則であり、デノンのレコードプレーヤーの原点なのだと再確認することができました。
当時(1970年代)の開発者たちがブレインストーミングをした資料
●そこでデノンが考えるレコードプレーヤーの原点に立ち返ったと言うことですか。
岡芹:そうなんです。レコードプレーヤーはつまるところレコードを正確に回せばいい。実は私もドライブ方式にはこだわっていないんです。じゃあ、なんでダイレクトドライブか。それは放送機器の必然だったんです。放送機器って絶対に自動化されていくのでやっぱり直接電気で制御ができる必要があります。全部を電気で制御するためには、ダイレクトドライブでなくてはならない。それだけだったんです。
●なるほど、では原理原則を満たせば、古い方式にこだわる必要は無いということですか。
岡芹:そのとおりです。技術はどんどん進展します。最初は私も昔のやり方を追いかけましたが、やはり最新技術で、より正確に信頼度の高い製品を作る、それがデノンのものづくりだと思い至りました。
●ヴィンテージのクラシックカーを復刻するような方向性ではなく、現在の技術で最高のレコードプレーヤーを作る、ということですね。
岡芹:そうです。その資料にはこうも書いてありました。「ターンテーブルの形態がどうであろうと、再生装置の一部であることに変わりない。基本的な機能を満足させるものであれば、できるだけシンプルな方がいい」と。ああそうか、そうであれば最新の3相16極DCブラシレスモーターを採用して、非常に精度の高い制御が行えるベクトル制御でコントロールしようと。それがDP-3000NEでのドライブ方式の結論でした。もし先輩たちに「ACモーターじゃないのか」と言われたら、自分としては、これが今できる最良な回転式方式であると、自信を持って説明できます。
DP-3000NE発表会資料より
引退された先輩にアドバイスをもらいながら作ったトーンアーム
●ドライブの次のこだわったのはどこですか。
岡芹:トーンアームですね。これはDP-3000NEのためのオリジナル設計ですが、以前デノンが発売していたトーンアームを参考にした物です。DP-3000NEの開発にあたり、この製品に必要なアームは、以前作っていたユニバーサルトーンアームの「DA-308」、あるいは「DA-309」だな、と思いました。
ユニバーサルトーンアーム「DA-308」、「DA-309」が掲載されている当時のカタログ
DP-3000NEのトーンアーム
●トーンアームDA-308、あるいはDA-309がいい、と思ったのはどうしてですか。
岡芹:シンプルだし、使いやすい、とても良いアームだったからです。それと個人的にあのアームが好きだったというのもあります。ただアームの現物はありましたが、図面は先ほどお話した東日本大震災の被災で失われてしまいました。
●でも製品そのものがあれば、図面がなくても設計できるんじゃないですか。
岡芹:製品があれば、形の絵は描けます。でもこのアームのどこが重要なのか、どんなポイントを押さえなきゃいけないかといったキモの部分で、いろいろ分からないことがあります。特にデノンのトーンアームは非常にユニークなので。それで私の三鷹時代の先輩を頼って開発した方を教えてもらって、その方のもとに通いました。この方が、まぁ製品のことをよく覚えてるんですよ。当時かなり苦労されたのだと思います。公差とか、アッセンブルの仕方とか、いろんなことを教えてもらいました。
●デノンのアームはどういうところがユニークなんですか。
岡芹:たとえば「アームは剛体であるべき」という考え方があるんですが、デノンはそうは考えない。
●DP-3000NEのアームはガチガチの剛性ではないんですか。
岡芹:ちがいます。端的に言うと板バネで釣られてるんですよ。板バネで介してパイプが保持されている。板バネはサスペンションとして機能します。ですからこの部分は動くんです。
●アームの途中にサスペンションがあって動くことにメリットがあるんですか。
岡芹:振動系は動いてはいけない、だから剛体であるほうがいいという考え方があります。そしてそういうトーンアームもたくさんあります。でもどうしても素材って鳴くんですよ。デノンはそれを良しとしなかった。鳴きを抑えるためには、どこかでその振動を切らなくてはならない。それで本体を2つに分割することで振動を切っています。その部分をバネで支持しているわけです。
●アーム1つをみても長年培って来たデノンのフィロソフィーが詰め込まれているんですね。
岡芹:ほかにもアンチスケーティングや、トラッキングエラー、有効長、オーバーハングなど様々アームにかかわるあらゆるノウハウがここにつまっています。もちろんこれらも私が一人で考えたものではありません。デノンの先輩たちが編みだした技術とノウハウが詰まっています。実際、DP-3000NEの図面を退職された先輩に見てもらって、さんざん図面を直されましたから。
●トーンアームは高さも変えられるそうですね。
岡芹:はい、これがトーンアームの高さ調整機構です。これは垂直のトラッキングアングルに効きます。元来の目的は、世の中にはいろんな高さのカートリッジがあるので、その時々の水平をとるためのものです。もちろん盤の厚さに合わせても調節できます。またこの高さで針の角度が変わるので音も変わりますし、そういったニーズもありました。
※後半に続きます
(編集部I)
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