映画「ソング・オブ・ラホール」
厳しい政治状況から窮地に立たされていたパキスタンの伝統音楽家たちがジャズに挑戦。やがてトップジャズメンと共演するまでの様子を描いた音楽ドキュメンタリー映画『ソング・オブ・ラホール』をご紹介します。
『ソング・オブ・ラホール』
©2015 Ravi Films, LLC
配給:サンリス、ユーロスペース
8月13日(土)より渋谷・ユーロスペースほかにて公開
ポップスターが登場するわけでもなければ、世界的に有名な演奏家の生涯を描いたわけでもない音楽ドキュメンタリー映画ですが、音楽を愛するすべての方にぜひご覧いただきたく、ご紹介したいと思います。
まず映画の背景からご紹介しましょう。
ソング・オブ・ラホールのラホールとはパキスタンの都市です。
ラホールはかつてパキスタンの映画産業の中心地であり、伝統楽器を使った映画音楽も多く使われたため、ラホールは伝統音楽の文化が栄えた街でした。
しかし70年代後半からパキスタンにイスラム化の波が訪れ、90年代から台頭した過激なイスラム原理主義の影響や、タリバンによる歌舞音曲への迫害などもあって、栄華を誇った映画産業もついに衰退してしまいました。
そして音楽家たちも音楽で身を立てていくのが困難となり、別の仕事をする者が増え、パキスタンの伝統音楽は存亡の危機を迎えていました。
そこで、とある人物がパキスタン伝統音楽の再生のために立ち上がります。
それがラホール出身であり、イギリスで成功した実業家、イッザト・マジード。
彼は私財を投じて優れた音楽家たちを集め、サッチャル・アンサンブルを結成し、パキスタン音楽のアルバムを録音します。
しかしパキスタンには伝統音楽に市場がないことがわかり、一念発起して世界に打って出ることにしました。
そこで彼らが演奏したのが、ジャズです。
彼らがシタールやタブラなど古典的な楽器を使って演奏したジャズをyoutubeで公開したところ、なんと100万以上のアクセスを記録しました。
さらにイギリスのBBCでも紹介されるなど、そのユニークなサウンドと卓越した演奏技術が世界的な話題となりました。
突如世界のジャズシーンに現れたサッチャル・アンサンブルを高く評価したのが、現在のジャズシーンを牽引する最重要人物であるジャズトランペッターのウィントン・マルサリスでした。
彼は世界最高峰のビッグバンドであるジャズ・アット・リンカーンセンター・オーケストラを率いており、ニューヨークでの共演をオファーしました。
このチャンスを生かすべく、彼らはサッチャル・ジャズ・アンサンブルとしてラホールからニューヨークへ向かいます。
そしてリハーサルがはじまって……。
とここまでがこの映画のあらすじです。
これ以上はネタバレになってしまいますので、あらすじ紹介はこのくらいにしておきましょう。
そしてこの映画の見どころですが、まずはなんといってもパキスタンの古典音楽の演奏家たちの技術の凄さです。
演奏者の家に生まれ、小さい頃からその楽器を極めてきた彼らの音楽性は驚くほど高度で豊かであり、演奏技術も圧倒的です。
サッチャル・ジャズ・アンサンブルが演奏して話題を集めたデイブ・ブルーベックの「テイク・ファイブ」は5拍子の曲ですが、この曲の醍醐味はアドリブをしながら5拍子をどう自由自在に乗りこなすか、という点だと思うのですがパキスタンの古典音楽に精通している彼らは難なくこなしており、表情を観ていると「どこが難しいのか分からない」といった風情すら感じられます。
伝統的なパキスタンの音楽や北インドの音楽は非常に複雑なリズムと音階があり、それらを自在に組み合わせて演奏する、と聞いたことがありますが、それらを習得した彼らにはジャズの5拍子ぐらいはなんでもないのかもしれません。
そうはいってもサッチャル・ジャズ・アンサンブルは、それまでジャズを知らなかった音楽家たちが急に見よう見まねでジャズをやっているわけですから、長年の伝統を持つジャズの演奏方法やジャズ的な音楽の進め方に慣れているわけではありません。
ですから急にニューヨークに呼ばれて、世界最高峰のビッグバンドと共演することになって、さぁ、いよいよリハーサルだ、となると、やっぱりスムースには進まないわけです。
現代ジャズの巨人であるウィントン・マルサリスですら、このままではお客さんの前で演奏できないのではないか、と焦るほど。
このリハーサルがうまくいかないイヤーな感じは、バンドをやっている方なら痛いほどわかるでしょう。
私は見ていて本当に辛くなってしまいました。
ちなみにいちジャズファンとしては、ステージで演奏している以外のウィントン・マルサリスの様子、特にビッグバンドへの指示やリハーサルの進め方などを見られたのも興味深かったです。
結局ウィントン率いるビッグバンドサイドとサッチャル・ジャズ・アンサンブルがなかなか噛み合わないまま、本番を迎えてしまうわけですが……、
ここからはぜひ映画館でご覧いただきたく、詳細を説明するのは映画の感動を減じてしまいそうなので、やめておきます。
ただ、本番のシーンを見ていて強く思ったのは、音楽の神様はやはり存在し、音楽にすべてを捧げた者たちには艶然と微笑むのだと言うこと。
そしてその演奏は見る者すべてに深い感動を与えると言うことです。
ぜひ劇場でご覧いただきたい名作です。
と蛇足ですが、一つだけこの映画でデノンのファンにお伝えしたいことがあります。
映画館で、私がたった一人「あッ」と言ってしまったシーンがあります。
それは映画のわりと前半の、サッチャル・ジャズ・アンサンブルのレコーディングシーン。
スタジオでジャズをレコーディングしている時に、ミックスルームにいたイッザト・マジードがモニター用として使っていたのがデノンのヘッドホンでした。
おそらくあれはオーバーイヤーヘッドホンAH-D600かと思います。ほんの一瞬ですがデノンのヘッドホンがこの素晴らしい映画に登場しています。
そのあたりにもちょっとご注目を!
(Denon Official Blog 編集部 I)