SX1 Limited Edition開発ストーリー
デノンHi-Fiシステムの新たなフラッグシップモデルSX1 Limited Editionが発表されました。このモデルはデノンのサウンドマネージャー山内慎一が、自らの理想とする音を具現化するための開発用リファレンスモデルが製品化されたもの。今回は開発から製品化に至るまでの経緯についてインタビューしました。
技術試作のコンセプトモデル「MODEL X」を製品化したSX1 Limited Edition
●ついにベールを脱いだSX1 Limited Editionですが、まず開発の経緯についてお聞かせください。
山内:私がサウンドマネージャーに就任したのが2015年ですが、その時に私がサウンドマネージャーとして今後のデノンが目指す理想とする音のコンセプトを「Vivid(ビビッド)」と「Spacious(スペーシャス)」という言葉で示しました。ただ、それは単に言葉でしかありませんから、実際にどういう音であるかを示さなければいけないと思っていました。それでベースモデルとしてSX1を選び、技術的な試作モデルを作り始めました。それが後のコンセプトモデル「MODEL X」となります。MODEL Xは昨年のTIASや、今年のOTOTENでもデノンブースでデモの時に使いましたが、その後、会社としてこれを世に出そうということになり、製品化されたのがSX1 Limited Editionとなります。
↑2018TIASでデモンストレーションされた時のMODEL X
東京国際オーディオショー2018でMODEL Xが出展された時のレポートはこちら
●そもそも山内さんが提唱した「Vivid & Spacious」は、どんなところから発想されたのでしょうか。
山内:私がサウンドマネージャーになった頃、ちょうどオーディオではハイレゾオーディオが話題になっていました。ハイレゾ音源の情報量を余すところなく体験したいというニーズが高まっていた時でしたが、ハイレゾによってより豊かに表現できるその空間感や解像度と、音楽そのものが持つエモーション、パッションや音楽性を高次元で提示することこそ自分がオーディオで実現したいことでした。それで「Vivid & Spacious」というコンセプトを提唱したのです。また、ここから必然的につながっていくものがあります。それは「音楽に没頭できる音」、あるいは「曲を聴き始めたら、終わりまでずっと聴いていたいと思える音」というような音楽再生でもあり、「Vivid & Spacious」はそれをめざすための指標ともいえると考えます。
●MODEL Xはどのように開発されていったのでしょうか。
山内:当初は製品化するつもりはなかったので、自由研究じゃないですけど、就業時間後にコツコツと作り始めました。それがサウンドマネージャーに就任した4年前です。そのころは仕事が終わってから、あるいは土日に出て来てコツコツやってました。
↑SX1 Limited Editionのプリメインアンプ PMA-SX1 Limited
↑SX1 Limited EditionのスーパーオーディオCDプレーヤー PMA-SX1 Limited
●製品化が決まったのはどんな経緯だったのですか。
山内:社内の経営陣にサウンドマネージャーとしてどんな音を目指すのかをプレゼンをする機会が何度かありました。その時に「MODEL X」を聴かせていたわけですが、MODEL Xが年々進化していくうちに「これは面白いものになりそうだから、さらにブラシュアップしてみては?」と言われるようになり、最終的に製品化が決定しました。それが1年ほど前です。
開発期間や想定販売価格などを設けず、デノンサウンドの理想を徹底的に追求した4年間
●SX1 Limited Editionは、山内さんがたった一人で企画、開発した製品ということになりますね。このようなケースは珍しいのではないでしょうか。
山内:はい。通常の製品なら、まずマーケティングがあり、それを基にした製品企画があり、開発期間が定められて製品化というスケジュールになります。たいてい企画立案から1年ぐらいで設計、開発、製品化までいってしまいますが、SX1 Limited Editionは、製品化は決まりましたが、納得がいくまでやれ、ということで開発期間も、想定販売価格も定めずに、開発を続けました。
●通常の製品開発とはまったく違うプロセスなんですね。
山内:こうやってある意味で勝手に試作したものが製品になるというのは、デノンでも今までありませんでした。世界規模でオーディオ製品をディストリビュートしている規模の会社としては、非常に希なケースだと思います。結果的に開発期間は4年にわたり、新規パーツもプリメインアンプ、CDプレーヤーともに400点以上にのぼりました。
●新規のパーツがそれぞれ400点以上! それはすごいですね。
山内:パーツだけでなく、シャーシやフットなど、あらゆる部分に手を入れていますので、SX1 Limited Editionとは言っていますが、事実上SX1とは全く別の製品になったと言っていいと思います。
カスタムパーツを多用し、天板とフットに超々ジュラルミンA7075の採用
●SX1 Limited Editionで、いくつか特徴的な点を挙げていただけますでしょうか。
山内:まずはカスタムパーツをたくさん使ったことだと思います。カスタムパーツは回路設計と同じぐらい重要だと私は思っています。サウンドマネージャーになる前、私は開発者をやっていたのですが、その当時からたくさんカスタムパーツを作っていました。あまりに出来上がりがいいコンデンサーができた時は感激して、自分の名前をつけてしまい、会社から怒られたこともあります(笑)。SYコンデンサーというんですが、SYは私の頭文字なんです。そのほかにも新しく起こしたコンデンサーが約30種類あり、開発者の時代から含めると約10年にわたって作ってきたカスタムパーツを多用しています。
↑SX1 Limited Editionで使用されているカスタムパーツのコンデンサー
↑PMA-SX1 Limited Editionの内部。約37種類ものカスタムパーツがふんだんに使用されている
●その他にはどんな特徴があるのでしょうか。
山内:今回「Vivid & Spacious」の究極まで実現できなければ製品化はない、と思っていましたが、そのキーとなったものとして挙げたいのが、天板とフットの素材です。これはアルミ合金なんですが、アルミ合金にも、本当にたくさんの種類があって、2000番台とか6000番台などいろいろあります。その中でもA7075という素材を選びました。
●A7075という素材は、そんなに音がいいのでしょうか。
山内:A7075は良かったですね。特に高音の冴えが素晴らしかったです。これしかない、と思いました。A7075は住友金属が開発した合金で超々ジュラルミンというものなのですが、歴史は古くて、なんと、ジブリの映画『風立ちぬ』の主人公の堀越二郎が零戦の主翼の材料として採用した素材でした。オーディオメーカーでよく素材について「航空グレード」と謳うことがありますが、たいて6061など6000番台のことが比較的多いんです。この7000番台になると加工も難しく価格もまたグッと上がってきます。
↑A7075が使われているSX1 Limited Editionの天板。
山内:また天板の仕上げも音に関係していて、最初はサンドブラストという艶消しの仕上げにしてみたんですが、音が変わってしまいました。不思議なことに仕上げが渋くなると音もやや鈍くなったんです。それで今の光沢がある仕上げにしました。
山内:フットはA7075の削り出しですが、スペーサーにはハネナイトを採用しました。スペーサ―にもけっこう苦労があって、様々な素材を20種類近く検討したんですが、A7075の特性を生かすべく素材を厳選していますし、サイズ自体も通常のものと比較すると、相当小さなものにしていますが、これも素材の音を殺さないための工夫です。
↑A7075の削り出しによるフット。スペーサーにはハネムナイトが採用されている
●フットの下のゴムの素材でも音が変わるのでしょうか。
山内:変わります。他の材質だとクセが出てしまうことがあります。具体的には例えばやや中低域がややふっくらするものもあるんですが、どうしても違和感がありました。その点、最終的に採用したハネナイトは素直です。あとの特徴でいえば、回路の面でしょうか。
●回路というと、新しい回路があるのでしょうか。
山内:いえ、むしろより、回路を減らし、シンプルでストレートな回路構成にしています。音の純度が上がってくると、今まで見えなかったものが見えきます。たとえば、この回路、この部品がなくてもいいんじゃないかということが起きてきて、それらを外していくと、さらに音の純度が上がっていきます。これはデノンの設計の基本であるシンプル&ストレートということに、結局はつながっていくんですね。
↑DCD-SX1 Limited Editionの内部基板
音楽を再生した時、美しさやスリルが前面に出てくるような音
●音質評価で、他の方からはどんな感想があったのでしょうか。
山内:ほぼできあがったあたりで社内の人間だけでなく、さまざまなオーディオ評論家の方にレビューをしていただいていますが、今のところ、私としてはとても励みになる言葉をいただいています。そのいくつかご紹介すると「音場がワイドで広々としている」「静寂だが艶やかでリリカル」「国産機の枠からはだいぶ離れている」「こういう風に音楽が聴きたい、と思わせる音」「SNや分解能などから完全に超越した、その先の次元の音だ」「とにかくかっこいい音」「グルーヴを感じる音」「アンプとCDプレーヤーの組み合わせがいい。1+1が5、あるいは6になっている」などというものでした。みなさんに褒めていただいており、嬉しく思っています。
●4年という異例に長い開発期間を経て、ついに製品化されたわけですが、製品としてできあがってみて、音の印象はいかがですか。
山内:特に仕上げの段階では結構苦しみましたが、最終的には納得のいく仕上がりになりました。
●最後に一言、SX1 Limited Editionの開発で山内さんが最も大切にしたのはどんなことですか。
山内:このモデルで私がやりたかったのは、音楽や音楽再生の持つ美しさやスリル。こういう感触が全面にでてくるようなモデルを作り上げたいと思っていました。また、気に入らないという人が多くいても、一方で熱烈に理解してくれる人がいればそれで良いとも考えていました。でも予想以上に多くの人に気に入ってもらっているので、よかったと思っています。
最後にもう一つ、ある社内の人がlimitedの音を “孤高のサウンド” と称してくれたことがありました。確かにこういった開発スタイルで作り上げた音はDENONの過去~未来で考えてもごくまれなものであることは確かで、まさに ”孤高のサウンド” と言い得るものと考えます。これを終わりの言葉とさせてください。
(編集部I)