デノン創業110周年記念コンテンツ6 AVアンプ開発者 高橋佑規インタビュー
デノンは2020年10月1日に創業110周年を迎えます。デノンオフィシャルブログでは110周年を記念しデノンの歴史や音に対する哲学、ものづくりへの思い、記念碑的なプロダクト、キーパーソンへのインタビューなどをシリーズでお送りします。今回はAVアンプの開発に携わってきた高橋佑規に話を聞きました。(※本インタビューはリモートで行われました)
2001年に入社して2005年からAVレシーバー開発チームへ
●高橋さんには、いつもデノンオフィシャルブログのAVアンプの開発者インタビューでご登場いただいています。今回はデノン創業110周年企画ということで、デノンのAVアンプの歴史と現在、そしてそこに通底するデノンAVアンプの設計思想などについてお話を聞かせていただきます。よろしくお願いします。
高橋:よろしくお願いします。
D&Mホールディングス GPD プロダクトエンジニアリング
高橋佑規サウンドマネージャー
●高橋さんはいつ頃からAVアンプの設計に携わっているのでしょうか。
高橋:私の入社は2001年です。最初は川崎の研究開発センターに配属されました。京急線の多摩川のほとりにコロムビアのマークがドーンと見えていた頃です。研究開発センターでは先行開発や業務用機器の設計をしていましたが、2002年に白河工場に移りました。そして白河では2002年から2005年ぐらいまではHi-Fiの開発チームに所属しPMAシリーズのPMA-SA1、PMA-2000AE、PMA-1500AE、PMA-390AEなどのアンプの開発に携わりました。
↑入社当時の高橋氏 川崎の研究開発センターにて
●最初に携わったのはHi-Fi用のアンプだったんですね。
高橋:はい。そこでアンプ設計の勉強をさせてもらったという感じです。そして2005年にAVレシーバーのチームに入りました。AVアンプは昔も今もデノンのメインの製品カテゴリです。その開発は当時からスター選手が揃っている凄いチームだと思って横から見ていたので、そこに入れたときは嬉しかったです。
そして2014年からはAVのサウンドマネージャーとしてデノンのAVアンプの全てのモデルのサウンドをまとめ上げる仕事を担当しています。
デノンは1985年からオーディオビジュアルに進出、それはチャレンジだった
●この110周年記念コンテンツのシリーズはレコードプレーヤー、Hi-Fiアンプ、ヘッドホンなどさまざまな製品を切り口としてデノンの110周年を語っていただいていますが、AVレシーバーは、デノン110年の歴史からすると、比較的若いジャンルの製品ですよね。
高橋:若いです。ホームシアター自体が世の中に出て来たのが1980年代半ば頃からでしょうか。DENONがAVアンプに参入したのは、1985年のAVコントロールセンター「AVC-500」からです。
デノンはもともと2チャンネルのHi-Fiオーディオをやっていて、1970年代の業務機器そして民生機にも参入していくわけですが、民生機への参入からわずか15年程度の1985年に、よくマルチチャンネルのAVアンプにも参入したなと思います。
それまで放送用の業務機器から民生用のオーディオ機器に進出し、DL-103など人気を博したカートリッジやターンテーブル、アンプも発売し、世界に先駆けてCDプレーヤーも発売して、Hi-Fiオーディオの世界ではすでに高い評価を得ていたデノンが、Hi-Fiオーディオのユーザーからは外連とも見られがちだったオーディオビジュアルの世界にも積極的に打って出たのは、今考えると驚きです。
●AVアンプに対する先見の明があった、ということでしょうか。
高橋:そうかもしれません。結果的にAVアンプに進出したことが成功して、市場で大きなシェアを得ることができました。デノンのAVアンプは日本国内のみならず、海外でも高く評価されていて、北米だけで日本の約10倍以上の売上があり、デノンの製品群の中でも大黒柱といえるでしょう。とはいえ、白河工場ができたのが1983年で、そのわずか2年後の1985年にはAVアンプを立ち上げているわけですから、その立ち上げには相当な苦労があったのではないでしょうか。
2007年のAVC-A1HDがひとつのピーク
●デノンで歴史に残るAVアンプというと、どんなモデルが挙げられますか。
高橋: 2007年にDolby TrueHD、DTS HD Master Audioといったサラウンドフォーマットが出た時、それに対応して発売されたA1HDシリーズ、一体型AVセンターの「AVC-A1HD」、そしてセパレート構成の 「AVP-A1HD」「POA-A1HD」が一つのピークだと思っています。Dolby TrueHD、DTS HD Master Audioはフォーマットは圧縮音源でしたが、とはいえロスレスで、それまでの非可逆圧縮音源であるDolby Digitalと比べて飛躍的な高音質化を実現しました。そして、それらのロスレスのサラウンドフォーマットが持つ高音質の再生に応えるべく、当時の技術とノウハウを結集したモデルがA1HDシリーズ でした。
↑白河オーディオワークスに展示されているAVP-A1HD
↑AVC-A1HD内部写真
●かなり重量級のアンプですね。
高橋:A1HDシリーズは機構系、電気系問わず、投入した物量が本当に凄かったです。それだけに設計者としてもやりがいのあるシリーズでした。
特にAVP-A1HDはプリアンプ、ボリウムに自分が図面を書いた回路が初めて載ったということもあり、私としても非常に印象深い製品となりました。やはり回路やアイデアが製品に採用されるというのは、設計者冥利に尽きると言いますか、開発者をやっていてよかったと思える瞬間です。
●その後は印象的なモデルにはどんなものがありますか。
高橋: 2015年に発売されたAVR-X7200Wが印象深いです。これがデノンのフラグシップ機として初めてイマーシブオーディオに対応した製品でした。
それに先駆け2014年にDolby Atmosが世に出た際に、AVR-X5200W(北米向けモデル)を発表しました。これがまさに民生機で世界初となるDolby Atmos対応モデルでした。
Dolby社ではで民生機に載ったDolby Atmosについて様々な検証を行うということで、最初に作ったAVR-X5200WをDolby社に向けて5台出荷したことを今でもよく覚えています。そして、その1年後に上位モデルとして発表したのが当時のフラグシップ機AVR-X7200Wです。フラグシップ機のオーディオグレードで初めて聴いたイマーシブサラウンドの感動は今でも忘れられません。
↑AVR-X7200W
AVR-X7200Wの開発秘話はデノンオフィシャルブログ「AVR-X7200W開発者インタビュー」をご覧ください。
↑AVR-X7200W内部写真
イマーシブオーディオについては詳しくはデノンオフィシャルブログ「イマーシブサウンドについて」をご覧ください
「伝統的なオーディオマインド」と「最新のサラウンドデコード技術」の融合
●デノンのAVアンプにおけるフィロソフィーはどんなところにあると思いますか。
高橋:先ほど民生機では世界で初めてDolby Atmosに対応したとお話ししましたが、デノンのAVアンプは常に最新のサラウンドデコード技術をキャッチアップしています。それと同時に、その基本にはデノンがHi-Fiオーディオで培った伝統的なオーディオマインドがあります。先進と伝統、この2つの要素が融合している点がデノンのAVアンプにとって重要な点だと思います。
●「伝統的なオーディオマインド」はどんなことですか。
高橋:2チャンネルであってもマルチチャンネルでも、アンプの原理は基本的に同じで、入力信号をできるだけ忠実に増幅することです。そこには長年Hi-Fi機器で培った技術とノウハウ、たとえばパーツの選定や、回路の吟味、ノイズ対策、筐体の強固さなどのノウハウが多く踏襲されています。ただ、AVアンプは内蔵しているアンプの数が非常に多く、最近のモデルでは11チャンネル、あるいは13チャンネルにも及びます。これらのアンプをすべて同一クオリティで作り上げ、良い音で鳴らすということがデノンAVアンプならではの信念です。
●「全チャンネル同一クオリティ」はデノンのAVアンプの重要なコンセプトだと思います。フロントのアンプだけを高音質化するという考え方もあると思いますが、全チャンネル同一にこだわる理由はなんですか。
高橋:たとえばコンテンツクリエイターが5チャンネルを使って映画を制作したいと考えているとしたら、そのクリエイターの意図をそのまま忠実に再現するためには、全チャンネルが同じクオリティでスピーカーを駆動できる必要があります。正面のスピーカーの音が重要だから、そのアンプだけ音がいい、というわけにはいきません。コンテンツに入っている音声を、そのまま再生する。そこで初めてサラウンドフォーマットに対する「ストレートデコード」の考え方が活きてくると思います。
デノンこだわりのモノリス・コンストラクションを採用されているAVC-X6700H(2020年新製品)のパワーアンプ部。全11ch同一クオリティのディスクリート・パワーアンプをそれぞれ独立した基板にマウントし、電源供給もそれぞれ独立させている
●それはデノンHi-Fiの「音楽が持つ情報をそのままありのままに伝える」という考え方と近いですね。
高橋:そうです。ブランド名を聞いて音のイメージが浮かぶことは大切なことだと思います。私は「デノンサウンド」というものがあると信じています。それは言葉で言えば「安定した力強いドライブ力」と「繊細な表現力」の両立です。デノンのAVアンプは、そのデノンサウンドを基に、ストレートデコードと全チャンネル同一クオリティを実現することで、コンテンツ制作者の意図をお客様のシアターで忠実に再現します。
●Dolby Atmos、Auro-3Dなどのオーディオフォーマットへの対応や、今回発売されたAVC-X6700H、AVR-X4700Hの8K対応など「世界初」が多いのもデノンのAVアンプの特長ですね。
高橋:デノンのAVアンプは、たしかに「世界初」にこだわっていますが、「世界初」自体が重要ではないのです。私たちは、新技術をいちはやく取り入れて、すぐにお客様に届けたいという思いを込めて設計しています。
世界で初めての8K対応AVアンプ、AVC-X6700H、AVR-X4700Hについてはこちらをご覧ください。
デノンAVアンプのサウンドは、白河とヨーロッパとのチームワークで作り上げられる
●AVアンプの開発で大変なのはどんな部分でしょうか。
高橋:Hi-Fiと比べ開発規模が膨大なことですね。ステレオアンプであれば少人数でも作れますし、そういったガレージメーカーも存在しますが、AVアンプは開発要素が非常に多く、チームワークでの開発が必要となります。
たとえば最新のビデオフォーマットへの対応、オーディオ系などのアナログ部分の設計、DSPなどのデジタル関連、Wi-FiやBluetoothなどの無線関連、さらに品質管理に関しても、チャンネル数の増加に伴ってクリアすべき項目数が増えます。これらは、決して少人数でできるものではありません。
デノンは白河オーディオワークスという同じ拠点に設計部門も製造部門もあって、日々緊密に連携をとりながら優れたチームワークでAVアンプを生産しています。たとえば設計が図面を引く時も、生産効率の視点や品質保証は製造コストにかかわってきますから重要です。生産技術部門、製造部門、品質保証部門のサポートがあるからこそ、お求めやすい価格で、よりよい製品が作れるわけです。
●高橋さんにとってAVアンプ開発の醍醐味はどんなところにあるのでしょうか。
高橋:私はオーディオファンであり、音楽ファンであり、そして映画ファンでもあります。いい音楽、いい映画を見るための機器が作りたくてデノンに入りました。ですから仕事ではありますが、会社の試聴室の素晴らしい環境で、好きな音楽やいい映画をいい音で聴けることは大変な幸せだと感じています。
たとえば新しいサラウンドフォーマットができた時も、まだ世の中でほとんど誰も聴いていない時期に私は製品開発を通じて、自分が設計した製品で新しいサウンドが楽しめます。その歓びは大きくて、自分はこのために開発しているんだな、と思います。
↑D&M 白河オーディオワークス内の試聴室
またその一方で、私はデノンの全てのAVアンプの音を仕上げる立場ですから、自分の感性だけではなくデノンのAVアンプを使うお客様に満足していただく。それが私の大切な仕事です。
デノンのAVアンプは海外市場が国内と比べて非常に大きいので、サウンドチューニングの時もヨーロッパに出向き、現地のスタッフの意見も聞きながら音質検討を重ねます。
私がサウンドマネージャーになる前ですが、はじめてヨーロッパに出張してAVアンプのサウンドチューニングしたときは今までと違う意見をもらって、カルチャーショックを感じました。ヨーロッパのエンジニアやマーケティングのスタッフと真剣に音を聴き、しばしば厳しいことも言われる中で共に音作りをしていったことでエンジニアとしての視野は確実に拡がったと感じます。
↑デノンのヨーロッパ拠点でスタッフと音質検討を重ねる
●ヨーロッパのスタッフは音に対して違う感性を持っているのでしょうか。
高橋:ヨーロッパがクラシック音楽の本場ということもあるかもしれませんが、音楽に対してやはり我々とは違う視点があり、いろいろ刺激されます。デノンは今年110周年を迎える古い会社ですから、ある意味保守的な部分もありますが、ヨーロッパのスタッフは歴史や既成概念にとらわれずオープンマインドなんです。また実際にヨーロッパでデノンのAVアンプが使われていることを実感することで、自分の先には世界中の音楽ファンの耳があるんだ、ということを感じることができました。
5G時代を迎えストリーミング、配信にAVアンプの新たな可能性を
●今後AVアンプの開発にあたって、やっていきたいことはありますか。
高橋:コロナ禍で、この数カ月、今まで想像もしなかった日々を過ごしたわけですが、在宅で仕事をしつつ感じたのは「ストリーミングの可能性」でした。
緊急事態宣言下でのステイホーム期間、日本を代表するジャズピアニストである小曽根 真さんが「Welcome to Our Living Room」と題して自宅からピアノソロの演奏を毎日インターネット配信しました。53日間連続でのインターネット中継でしたが、私はChromeキャストを使ってその音源を自宅のホームシアターに流し込んで毎日聴きました。
小曽根 真さんの「Welcome to Our Living Room」第53夜(最終夜)
“Borderless Music” by Makoto Ozone
Welcome to Our Living Room #53 (the Final)
収録は小曽根さんのピアノの上においた2本のマイクだけのワンポイントでしたが、毎日配信の音が少しでも良くなる様にセッティングを微妙に変えていたようでした。それで初めは「なかなか良い音だな」くらいの印象でしたが、10日目を過ぎた頃には、かなりいい音に仕上がっていて驚きました。僕も毎日ストリーミングで配信される音楽を聴きながらホームシアターのチューニングを重ねていき、まるで僕のホームシアターが小曽根さんのリビングルームになったような、本当に心地よい体験ができました。
↑高橋氏の自宅のホームシアター
●小曽根さんがストリーミング配信したYouTubeの2チャンネルの音源を、自宅のAVアンプでサラウンド化して聴いたということですか。
高橋:はい。AVアンプで11(7.2.4)チャンネルにアップミックスして聴きました。本当に良いステレオの音源はアップミックした時により効果を発揮します。今まではパッケージメディアをいかにストレートにデコードしてリアルに再現するかがAVアンプの仕事だと思っていましたが、昨今は配信される音源のクオリティが格段に向上していますから、その音源をAVアンプでアップミックスして聴くことに、AVアンプの新しい可能性を感じました。
今や5G、8Kの時代になりました。音楽も映画などの動画もストリーミング配信のクオリティは飛躍的に向上するでしょうし、PlayStationやXboxなどの次世代ゲーム機やChromeキャストなどのサウンドも進化しています。それらのサウンドを単にテレビにつないで楽しむだけでなく、ぜひ一歩踏み込んでAVアンプをつないでいただき、豊かな再生音を楽しんでいただけると嬉しいです。
今日はありがとうございました。
(編集部I)