AVC-X6700H、AVR-X4700H開発者インタビュー
デノンから発売された世界初8K対応のAVアンプAVC-X6700H、AVR-X4700H。デノンブログではその開発コンセプトや8K対応の影に隠れた製品の特長について、AVC-X6700H、AVR-X4700Hの開発担当者である高橋佑規、渡辺敬太に話を聞きました。
AVC-X6700H、AVR-X4700Hについてはデノンオフィシャルブログのこちらのエントリーもご覧ください。
D&Mホールディングス GPD プロダクトエンジニアリング
高橋佑規(右)AVC-X6700H開発担当
渡辺敬太(左)AVR-X4700H開発担当
AVC-X6700H、AVR-X4700Hはフラッグシップモデルと同じDSPを搭載
●世界で初めて8Kに対応したAVアンプとして発表されたAVC-X6700H、AVR-X4700Hですが、まず製品の開発コンセプトを教えてください。
高橋: おっしゃるようにAVC-X6700H、AVR-X4700Hの特長は第一に8K対応をはじめとするビデオ系デバイスのアップデート、そして第二にDSPのグレードアップです。特にDSPに関してはデノンAVアンプの最上位機種であるAVC-X8500Hと同じ最新型の32bitデュアルコアDSPを採用しています。
↑AVC-X6700H、AVR-X4700H新製品発表会資料より
●そのDSPは、どんな機能を担っているのでしょうか。
高橋:DSPはマルチチャンネルのプロセッシングを行っており、具体的にはDolby、DTS、Auro-3Dという3種類のイマーシブオーディオのデコードや自動音場補正機能であるAudysseyの演算を行います。この回路は先代のモデルであるAVC-X6500H、AVR-X4500Hでは11.2chプロセッシングでしたが、AVC-X6700Hは13.2chプロセッシングとなりました。
↑AVC-X6700H開発担当 高橋佑規
●つまりAVC-X6700Hは最上位モデルと同じDSPを持ち、同じく13.2chのプロセッシング能力を持っているんですね。
高橋:はい。このDSPはフラグシップ機であるAVC-X8500Hで開発されたものをそのままここに入れています。AVC-X6700Hは最大出力250W、11chのパワーアンプを搭載していますが、13.2chプロセッシングに対応しているのでパワーアンプを追加すれば7.1.6chやフロントワイドを含む9.1.4chまでシステムを拡張できます。
渡辺:そしてAVR-X4700Hも同じDSPを使っています。最大出力235W、9chのパワーアンプを搭載しているので、単体で9.2chまで再生できます。AVR-X4700Hのプロセッシングは11.2chとなっていますので、パワーアンプを追加することで最大11.2chまで拡張できます。AVC-X6700Hのようにプロセッシングの最大チャンネル数は従来からの変更はありませんが、演算処理能力の向上やMPEG4 AAC 5.1chやAuro-3Dの7.1.4の対応などが実現できました。
↑AVR-X4700H開発担当 渡辺敬太
↑AVC-X6700H、AVR-X4700H新製品発表会資料より
↑AVC-X6700HのDSPを搭載した基板
●DSPはAVC-X8500Hと同じものということですが、イマーシブオーディオの膨大な信号を演算するためには、それだけのDSPパワーが必要ということなのでしょうか。
高橋:イマーシブサラウンドのコンテンツが一般的になったことで、音声信号の情報量は飛躍的に増えています。また、Dolby、DTS、Auro-3Dと3種類のフォーマットに対するデコーダを積んだことでDSPに必要とされる演算量も増えています。それと今後AVC-X8500Hの8K対応アップグレードも予定しており、それも見据えてそのアップグレードの開発資産をAVC-X6700H、AVR-X4700Hに落とし込むことで、トータルの開発コストを抑えています。
世界初の8K対応への挑戦
●AVC-X6700H、AVR-X4700Hは世界初の8K対応AVアンプですが開発に苦労があったのではないでしょうか。
渡辺:そうですね。まだ世の中に8Kに対応したAVアンプが存在しませんから、参考にできるものはありません。全て自分たちで計算、設計していかなくてはなりませんでした。そこにはかなりの苦労がありました。
↑AVC-X6700H、AVR-X4700Hは8K対応のHDMI端子を装備
高橋:ある程度実績がある8K対応のチップが存在すれば、それを採用すればいいわけですが、今回の開発ではそのチップ自体がありませんでした。ですからICメーカーさんの開発スケジュールと併せて我々の製品も開発が進み、発熱や動作、性能などの問題が生じればその都度一緒に対処しながら開発を進めました。
●8K用のチップはやはり発熱も大きいのでしょうか。
高橋:かなり発熱量は大きいです。AVC-X6700H、AVR-X4700Hの基板を見るとパワーアンプの冷却用のヒートシンクとは別に黒いヒートシンクが立っていますが、これは熱を持つ8Kのデバイスを冷却するためのものです。今までデジタルボードにこんな大きなヒートシンクを立てることはありませんでしたが、8K用のチップの発熱量が大きかったので大型ヒートシンクを採用しました。
↑8Kデバイスを冷却するための黒いヒートシンク
●AVアンプの場合「熱との戦い」の比重は大きいのでしょうか。
渡辺:熱対策はAVアンプの大きなテーマです。Hi-Fiアンプなら2チャンネルだけですが、AVC-X6700Hでは11ch、AVR-X4700Hでは9chのパワーアンプがあります。これらの発熱源に加えて8Kチップも発熱量が多い、ということでかなり設計では気を使いました。多くの条件のシミュレーションを行った上で、最も厳しい条件でも安定した動作が保障できるように、今までにない大型ヒートシンクの採用に至りました。
新規パーツの採用などで徹底的に磨き上げられたサウンドクオリティ
●8KやDSPなどの華々しい特長に目がいきがちですが、AVC-X6700H、AVR-X4700Hは音質面ではどんな進化を遂げているのでしょうか。
高橋:私はAVC-X6700Hを担当しましたが、もともと6000シリーズの音質面でのコンセプトは、フラッグシップモデルのAVC-X8500Hに迫る音をおおよそ半分の価格で実現するということです。実際に回路的に言えばAVC-X8500Hの中身を全部だして、ちょっと小さい4000シリーズの筐体にパズルのように詰めていくようなイメージで、ギュッと押し込んでいます。
●AVC-X6700Hに関して今回、音質面でのフィーチャーはありますか。
高橋:2つ挙げるとするならば、まずDACの出力回路。そして二つ目が、パワーアンプの定数(じょうすう)を見直して抵抗を下げたことです。
●具体的な内容を教えてください。
高橋:DACに関してはパワーアンプに送り出す信号の低域がいままでよりさらにしっかりとしたサウンドになるように、低域のカップリングコンデンサーの容量を上げて直流に近いところまで信号が伝送できるように回路を設計しています。今回はCDプレーヤーの出力と同じぐらいのレベルまで上げました。
●パワーアンプの定数の見直しとは?
高橋:信号経路の抵抗値ですね、例えば最終段のパワートランジスター(出力デバイス)のベース抵抗や、パワーアンプの入り口の抵抗値をできるだけ下げてロスがない設計を目指しました。パワーアンプの入力抵抗値としては従来比3分の1ぐらいまで下げていますし、最終段のパワートランジスターのベース抵抗は前回のモデルに対して5分の1ぐらいまで下げています。
これによってパワーアンプの瞬発力を上げることができ、先ほどのDACの出力回路とあわせると、先代のAVC-X6500Hよりもさらにワイドレンジが再生を実現しました。
●渡辺さん、AVR-X4700Hに関して音質面でのフィーチャーはありますか。
渡辺:AVR-X4700Hでも2つ挙げますと、1つは新規の部品を採用した件、もう1つは、もちろん毎年なんですけど、基板を新しく書き換えました。
●新しい部品とは何ですか。
渡辺:パワーアンプの入力で使用する高域ノイズをカットするローパスフィルター部分のコンデンサーです。
高橋:このコンデンサーに関しては渡辺がずいぶんいろいろなバージョン、いろいろな材質を考えて、メーカーに試作依頼をしたオリジナルのコンデンサーです。
渡辺:複数のメーカーから数多くのサンプルを取り寄せ、一つずつ試作して試聴し、高橋といっしょに我々が目指す音に合うものを探しましたが、取り寄せて一発でこれだというのがありませんでした。それでメーカーにいろいろ相談をし、外装の素材や柔らかさ、内部の電極の接続の仕方、リード線の材質、さらには外装の色までいろんなパターンを作ってもらって選びました。
↑基板上にある右側の黒い艶のあるパーツがオリジナルで新規開発されたコンデンサー
高橋:決め手はこの黒くて柔らかい外装の樹脂でした。非常に柔らかく、振動や共振を抑えてくれるため、通常のフィルムコンデンサーのカチカチの外装とはちょっと音の質感が違います。癖がないナチュラルな傾向を持ったコンデンサーが出来上がりました。
渡辺:外装をチューニングして耳障りな音をカットしただけでなく、中身のフィルムの素材を従来のポリエステルフィルムからポリプロピレンフィルムに変更しました。ポリプロピレンフィルムは、温度に対してコンデンサーが持つ容量の変化量が少ないことや、コンデンサー自体のエネルギーの損失が少ない傾向があります。そのような面も音質向上に貢献しています。
●新しいフィルムコンデンサーによって音質面ではどんなメリットが生まれたのでしょうか。
渡辺:このコンデンサーはAVC-X6700HでもAVR-X4700Hでも使用していますが、今までのような力強い表現に加えて、芳醇で柔らかい感触を出すことができ、聴いていて心地のいい鳴り、耳障りでない音になっています。
信号の品質を高めるために基板のラインを書き換え。
●さきほど出た「基板の書き換え」について教えてください。それは回路の接続をなるべく短くするといったことでしょうか。
高橋:信号の品質、我々は「シグナルインテグリティ」と呼んでいますが、できるだけ忠実度の高い信号を伝送するため、AVC-X6700H、AVR-X4700Hともに新しいデジタルボードの設計に関しては、配線を全面的に見直しています。
●「シグナルインテグリティ」=信号の品質とは具体的にはどういうことですか。
高橋:8Kとなってデータ量が飛躍的に増えたわけですが、信号の品質を上げて高速で伝送した際にエラーが出ないようにする、ということです。その品質を保つための大きな要素のひとつが基板設計です。もともとデノンはしっかりと基板設計を行っていますが、今回8Kとなってデータ量が膨大になったので、より細部まで徹底した基板設計を行いました。
たとえば基板のパターンって非常に面白いんですけれども、このDSPとメモリの通信ラインのように曲線を描いてクネクネと曲がっているんですよ。
●確かにイラストみたいなクネクネとしたユニークなラインが見えます。
高橋:これは単に見た目がきれいな曲線を描いているのではなく、コンピューターで緻密に計算された値を基に引かれたラインです。高速で信号を伝送する際、例えばカクカクとした直角のラインで信号を送ると信号の反射が起きてエラーの原因になります。ですからできるだけ滑らかにラインを描く必要があるのです。
渡辺:また「等長配線」といって、各々の信号の長さも同じになるように計算されています。
●デジタル信号の伝送に関してもアナログ回線のように信号経路の長さが関係してくるのでしょうか。
高橋:高速伝送路における基板設計の領域ではデジタル伝送とはいえ回路としてはアナログです。HDMIの信号線は映像の信号、音声の信号などがあって1本ではありません。複数の信号を伝送するわけですが、複数の信号経路の長さが異なると、信号が到達する時間がズレたり、波形の品位が変わってしまうことがあります。そうしたことを防ぐため信号経路の長さが同じ等長配線とし、どの信号もほぼ同じタイミングで伝送できるようにしています。
渡辺:デジタルボードだけでなく、アナログオーディオ信号の基板も新しく設計しています。こちらも従来のモデルから機能の追加に伴い変更が必要になりましたが、それに併せて従来の基板をベースに信号、グラウンド、電源のそれぞれのラインを見直し、信号ラインに対してよりノイズを受けにくいレイアウトや接続に改善しました。カタログ値のスペックに差はありませんが、実際の測定ではSN比の値がわずかに向上しています。
今回デジタルボードの中のDSPとHDMIという2つが非常に大きな特長ですが、その影には細密な音質設計へのこだわりや基板の書き直しといった地道な開発もあることを、ぜひお伝えしておきたいと思います。
完成度が高かったベースモデルをいかに超えていくか
●今回のAVC-X6700H、AVR-X4700Hの開発的で特に苦労した点などがあったら教えてください。
高橋:私が担当したAVC-X6700Hで言えば、ベースモデルに先代のAVC-X6500Hがあったわけですが、これがよく仕上がったモデルだったんです。ですから、そこからどうグレードアップするか、どうすればよりフラッグシップモデルのAVC-X8500Hに近い音が実現できるか、そこが私の挑戦でした。
●先代のAVC-X6500Hはできがかなりよかったということでしょうか。
高橋:そうなんです。ですからある種の完成形であるAVC-X6500Hに対し、さらに丁寧にブラッシュアップを重ねていくという作業でした。
音質を詰めていく上ではパーツ選定やDAC、パワーアンプの定数の調整などは開発室がある白河オーディオワークスで渡辺と一緒に詰めていった部分もありましたし、デノンのヨーロッパ拠点まで実機を持ち込んで、いい耳、いい感性を持った現地スタッフと一緒に聴いて詰めていくというプロセスもありました。チャレンジングではありましたが、開発が非常に楽しかったモデルでもありました。
今回はベースモデルがよかったので、8Kなどの新機能を載せればあとは何もしなくても新製品として成立したのかもしれませんが、最終的には音質の面でAVC-X6500Hをはるかに超えるワイドレンジな再生を実現できました。
●渡辺さんはAVR-X4700Hの開発的で特に苦労した点はありますか。
渡辺:先ほども言いましたが、8K関連の開発に関しては世界初だったので開発メンバーは非常に苦労しました。やはり世の中にまだ出ていないどころか規格も決まってないところからどう製品を作り上げていけばいいのか、そこに膨大な労力かかりました。でもその結果世界初の8K対応モデルとして発売でき、とても良かったと思います。
AVR-X4700Hの音質面に関しては高橋と同じ感想で、先代のAVR-X4500Hがいいモデルだったわけですが、やっぱり使える時間はフルに使って、少しでも良いものを作りたいと思い、勇気を持って変えていきました。出来がいいモデルに手を加えることは、実はリスクもあるんです。たとえばパワーアンプの定数を変えましたという話も「変えた」という一言で終わりなんですけども、実際にはいろいろな定数のパターンで音質検討を行い、さらに音だけでなく性能上の問題はないか、安全基準上の問題はないか、壊れないかという検証も行います。そんなリスクを負いながらも今回は音質面でもチャレンジを行い、その結果AVR-X4500Hよりかなり良いものに仕上がったのではないかと思っています。
●ありがとうございました。
(編集部I)