デノン創業110周年記念コンテンツ7 CDプレーヤー開発者 平山 広宣&大塚 旬インタビュー Part.2
デノンは2020年10月1日に創業110周年を迎えました。デノンオフィシャルブログでは110周年を記念しデノンの歴史や音に対する哲学、ものづくりへの思い、記念碑的なプロダクト、キーパーソンへのインタビューなどをシリーズでお送りしています。今回はCDプレーヤーの開発に携わってきた平山 広宣と大塚 旬のインタビューPart2!(※本インタビューはリモートで行われました)
平山 広宣 D&Mホールディングス GPD COREビジネス3 マネージャー(左)
大塚 旬 D&Mホールディングス GPD Premium2 マネージャー(右)
デノン創業110周年記念コンテンツ7 CDプレーヤー開発者 平山 広宣&大塚 旬インタビュー Part.1から続く
S1シリーズでデノンCDプレーヤーの根幹技術となる「アルファプロセッシング」を開発
●次にデノンのCDプレーヤーの歴史に必ず登場する銘機、S1シリーズについて教えてください。
大塚:私がデノンのCDプレーヤーで一番エポックメイキングなモデルだと思っているDP-S1、DA-S1が1993年に登場します。
DP-S1はCDを回転させてデジタル信号を取り出すCDトランスポート、そしてDA-S1はD/Aコンバーターというセパレート型です。デノンのCDプレーヤーの歴史上でS1シリーズが重要なのは、現在のデノンのCDプレーヤーの根幹技術となっている「ALPHA Processing」と「Gen-Lock(DACマスタークロック)」が初めて搭載されたからです。
CDトランスポート DP-S1
D/Aコンバーター DA-S1
DP-S1、DA-S1についてはデノンブログ「銘機探訪」をご覧ください。
●「アルファプロセッシング」は、それまでのデノンのCDプレーヤーに搭載されていた「スーパーリニアコンバーター」とはどうちがうのでしょうか。
大塚:CDに記録されたデジタルデータは16bitです。それまでのスーパーリニアコンバーターは、ゼロクロス歪みをなくすことで、16bitの信号をできるだけ歪みなく16bitで再生しましょう、という技術でした。一方S1シリーズに搭載されたアルファプロセッシングは、CDの16bitをデータ補完によって20 bitにまで拡張し、よりアナログ波形に近づけようという発想の技術です。
CDで一番音量が小さい時って-90dBなんですけど、その時の歪みが非常に大きいんです。簡単に言うと、その歪みを1/10に改善したということです。
●そんなことがプロセッサーを使った演算でできるのですか。
大塚:できるんです。波形のアルゴリズムを解析して、もともとCDに録音されている16bitのデータ自体を20bit精度で補完するということをやっています。
●アルファプロセッサーの技術は、その後デノンのCDプレーヤーには必ず搭載される根幹技術となっていきますね。
大塚:はい。アルファプロセッサーは16bitを20bitに拡張する技術ですが、さらに24bitまで拡張するAL24 Processingが1998年に登場します。そして2004年にはAdvanced AL24 Processingが出てきます。Advanced AL24はbit方向の拡張だけではなく、44.1kHzという帯域の方向の拡張を行います。
その後、2008年には32bitまで拡張した Advanced AL32 Processingが登場し、2015年には Advanced AL32 Processing Plusに進化します。こちらは最大32 bit、サンプリングレートが384kHzまでのハイレゾ音源の入力に対応しました。
そして2020年、先頃発表になった110周年記念モデルであるDCD-A110ではついに「Ultra AL32 Processing」となりました。ビット数で32bit、そして周波数では1.536MHzへのアップサンプリングを行っています。
↑DCD-A110に搭載されたUltra AL32 Processing回路
アルファプロセッシングの開発秘話はデノンオフィシャルブログ「Advanced AL32 Processing Plusとは何か」をご覧ください。
ジッターを排除する「DACマスタークロック」
●もうひとつのデノンCDプレーヤーの根幹技術である「DACマスタークロック」の基となったGen-Lockとはどういうものですか。
平山:S1シリーズのプレーヤーは先ほどご説明したとおり、DA-S1とDP-S1に分かれています。CDトランスポートでCDから取り出した信号を、ケーブルを使ってD/Aコンバーターに送るわけです。その時、D/A変換に使用するクロックの精度を良くしないと音質が劣化してしまいます。
大塚:D/Aコンバーターは、CDから読み取ったデジタルデータをトランスポート側からもらいます。通常であればトランスポート側にあるクロックでデータをDACに流します。でもそれだと伝送している間にジッターが発生して音質劣化の原因となります。できればDACのすぐ近くにあるクロックで動かしたい。プレーヤーから送られるデータの転送レートを、DACのクロックに合わせて転送するようにすることでジッターをなくすことに成功しました。
↑DP‐S1とDA-S1(デノンミュージアム展示品)
●データをトランスポートからDACに送る際に、ジッターが起きるとデータが欠落するということですか。
平山:ジッターはデータの欠落ではなく、テープで言うワウフラッター、いわゆるゆらぎを発生させてしまいます。
大塚:それを防ぐために、DACをマスターとしてクロック供給を行い、デジタル回路を正確に同期させるわけです。これがデノンのCDプレーヤーのDACマスタークロックの考え方です。
●アルファプロセッシングとDACマスタークロック、この2つの技術でデノンのCDプレーヤーの高音質が実現しているということでしょうか。
大塚:CDプレーヤーには振動を抑える対策や筐体の強固さなど、さまざまな要素が重要ですが、このDP-S1、DA-S1で私たちがしたことは大きく二つあります。まずはアルファプロセッシングで波形の振幅の縦軸の精度を上げたことがまず一つです。そしてもう一つは、Gen-Lock(DACマスタークロック)によって、今度は時間軸方向の精度も上げたことです。縦軸と横軸の両方を良くすることで、CDプレーヤーの音質は劇的に改善しました。
●ダイナミックレンジを稼ぐのと同時に、時間軸の精度を上げる、つまりゆらぎをなくすことで、縦と横で精度を上げていったということですか。
大塚:まさにそうです。縦と横が決まったら完璧だよね、という発想でした。
Quad-DAC構成とUltra AL32 Processingを搭載した「DCD-A110」の実力
●大塚さんは10月から発売が開始された110周年記念モデル「DCD-A110」の開発にも携わったそうですね。
大塚:はい。今回のモデルはすごくいいですよ。私が特にDCD-A110でいいと思っているのは、差動電流出力型DACを4基使用したQuad-DAC構成を採用した点です。
平山:4DACはたぶん20年ぶりぐらいじゃない?
大塚:2002年のDCD-1650SRが4DACだったから、だからそれ以来じゃないかな。18年ぶり。
平山:SACDが再生できるプレーヤーとしては初の4DAC?
大塚:そうです!
●4DACってそんなに音がいいんですか。
大塚:いいですよ。1650シリーズは4DACっていうイメージがあるから、今回は4DACにこだわりました。しかも新しいUltra AL32 Processingが載っていることもあって、測定上の特性も素晴らしいです。本当にトップクラスの実力です。
●しばらく4DACのCDプレーヤーが出なかったのはコストの問題ですか。
大塚:普通は2DACでCDプレーヤーは作れますからコストの問題はあります。それと基板レイアウトの問題が大きいですね。4DAC の場合、4つのDACをきれいにシンメトリーに並ばせたいわけです。4つのDACから同じ距離でライン出力まで引っ張りたい。それを考えると今まではレイアウト的にメカが大きすぎるとかいろいろ障害がありました。今回のDCD-A110は筐体の奥行きが長くなったので、理想的なレイアウトで4DACを収めることができました。
↑DCD-A110の内部
ストリーミング時代になってもアナログ変換技術は絶えず必要とされる
●最後にデノンのCDプレーヤーの開発に携わってきて忘れられないエピソードやこだわりなどがあったら教えてください。
平山:私が開発に携わっていた当時は、いい音を出すために、いろいろと贅を尽くさせてもらったというのが一番いい思い出です。とはいえ、泥臭いこともいろいろやりましたよ。量産試作までいくと、品質保証の試験で、実際にエージングを100時間かけるんですけど、問題が出ると、そこからまた原因究明と対策をするんです。これが大変でした。まあ、CDプレーヤー開発に関わった人間ならみんな経験しているけどね。
●品質保証のための耐久テストは何万回ってやらないといけないんですよね。
平山:メカの信頼性テストだと1万回やります。
●特にCDは高速でディスクを回すわけですから、物理的なトラブルが生じる可能性も高いですよね。
平山:はい。トラッキングがずっこけるとかね。
大塚:トレイ閉まらないとかね。
●CDプレーヤーの開発をやっていて良かったことはありますか。
平山:幸い、毎年何がしかの形で製品にアワードを頂いていますよね。海外を含め。そしてお喜びいただいたお客様の声もいただきます。これらが励みになりました。
●大塚さんはいかがですか。
大塚:私は平成元年に入社したのですが、平山さんは実は私の中学高校時代の二学年上の先輩で(笑)。入社する前に「ここはどんな会社なの」って教えてもらって入ったんです。でもCDプレーヤーに関しては、逆に私の方が先で、1995年まで私がやり、平山さんにバトンタッチして、今回DCD-A110で久々にCDプレーヤーの設計に戻って、私がこだわっている4DACを実装させてもらいました。担当したDCD-A110基板が美しく仕上がったのが嬉しかったです。
●基板を美しくまとめるのは、大塚さんのポリシーなんですか。
大塚:基板は美しくなきゃダメだと思ってます。DACからラインアウトに行くまで等長配線などの音質重視の考え方は、基板の美しさにも反映するんです。
なんとなく設計しても絶対きれいな基板にはならないので、私の場合は基板設計をする前に、必ず部品を筐体の大きさを書いた紙の上などに立体的に置いて、綺麗にレイアウトして「こうしよう」と決めてから基板設計を始めます。
●最近は日本でもリスニングはApple MusicやSpotifyなどの音楽ストリーミングサービスなどで聴くことも増え、CDプレーヤーを持たない人も増えてきていますますが、CDプレーヤーは、今後どうなっていくのでしょうか。
平山:オーディオファイルの方々は、自分が持っているディスクを大事にされていると思います。ですからCDを愛するお客様に寄り添っていけるように、今後もCDプレーヤーを提供できるようにしていきたいと思っています。あとはデジタルオーディオを扱う技術ですよね。そこは大塚君が得意なとこだよね、大塚君どうですか。
大塚:CDやSACDであろうと、ストリーミングサービスであろうと、デジタルオーディオデータをアナログデータに変換することは変わりませんし、そこはむしろ増えていくように思います。ですからデジタルオーディオを質のいいアナログオーディオに変換する技術を磨いていくことはこれからも大切だと思います。
●CDやSACDが聞かれる機会は減っていくかもしれませんが、ストリーミングでもデジタルデータをアナログのオーディオ信号に変えるわけですからアルファプロセッシングなどの技術やDACの技術は進化していくんでしょうね。
大塚:進化は続けると思いますね。たとえばHDMIの音声も最初はとても音が悪かったんです。我々の基準から言えば、ジッターが非常に多かった。それで、新しいソリューションを考え、さっき言った縦軸と横軸を改善することで、ジッターの改善などを行っていく。そういう進化は今後もどんどんしていくでしょうし、アルファプロセッシングによる波形補完もますます進化すると思います。
あと、これは個人的な話ですけど、今年アルファプロセッサーをやりたいという新入社員が入ってきたんです。私にとってこれはすごく感慨深かったですね。私は平成元年入社でアルファプロセッシングをやったわけです。令和になって初めての新入社員が、アルファプロセッシングをやりたいと言ってくれて、私としては、バトンタッチができるかなという気持ちになっています。今後はそういう若い技術者に今まで培って来た技術を伝承してもらいつつ、新たな技術を開花させてほしいと思います。
●本日はありがとうございました。
(編集部I)